天使を吊るせ 8-3

　宮沢りえなんて名前を聞くのは二十年ぶりくらいか。美人を引き合いに出すのならもうちょっと候補は他にもいるような気がした。
　それよりも。
「あの学長先生が、自らわたしたちに教えてくれるんですか？」
「もちろんです」
　尾道夫人は真剣な瞳でうなずいた。
「マンツーマンで？」
「まさか」
　安本夫人がくすくす笑った。
「そうすると、あたしたち全員にマンツーマンでやらなければならなくなりますわ。学長先生が、手に手を取って教えてくれるのは、最上等の特別研究課程に進んだ人くらいですよ」
「特別研究課程でなくても、第一研究課程段階でも選ばれた人には教えてくれるそうですけどね」
　中井夫人が付け加えた。
「でも、さっき、わたしたちにも教えてくれると……」
　わたしが反論しかけると、尾道夫人が粘り強くいった。
「講演ですよ」
「はい？」
「わかるでしょ、こ・う・え・ん」
　わかった。
　安本夫人が、後を引き取った。
「このビルに、大きなホールがあることは知っていますか？　そこに、会員を集めて、月二、三度の割合で大講演会を行なってくれるんですよ」
「聴講生でも参加できるんですか？」
　中井夫人はうなずいた。
「そりゃ、そうですよ。そうでなければ、この研究所の意味がなくなります」
　なるほど。教祖と信徒の間は、しっかりさせておかなければ組織自体ががたがたになってしまうからな。
「わたしも参加してみようかな」
　そのわたしの言葉に、三人は我がことのように喜んだ。
「それが一番ですよ！　そうすれば、妙な悪口なんかに影響されることもなくなりますからね」
　森村探偵事務所からの依頼が、わたしの心の中で首をもたげた。
「妙な悪口？」
　尾道夫人は顔をしかめた。
「……ほら、わかるでしょう？　よくあることですから」
「インチキ」
　安本夫人は指を折った。
「裏づけのない思い込みの信条。拝金主義。秘密主義。金儲けばかりして末端の人間にはなんの配慮もしない。デタラメの講義内容。腹黒い人間の行く団体……」
　安本夫人は次から次へと教団に対する批判らしいものを挙げながら指を折り続けた。