「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
4 天使を吊るせ(完結)
天使を吊るせ 9-1
9
わたしが座れたのは、ホールの中でもかなり後ろのほうだった。ホールは合理的に作られていたことは認めなくてはならないが、それでもこんな席に座らされるくらいなら立ち見のほうがまだましかと思われた。
思っただけだ。わたしは前言を撤回する必要に迫られた。わたしの後からも、人が次々と入ってきていて、最後方のスペースは立ち見の人間で立錐の余地がなくなっていたからだ。
これで講師が人類愛なんか説いたら、参加者全員が少しでも前の席を得んものと押し合いへし合いのダーウィン流の過酷な生存競争をしている、この現状を突きつけて金返せコールでもしてやるか、と考えるのが普通のわたしだが、今回ばかりはちょっと勝手が違っていた。
わたしはこれから起こる事態に興味津々だったからだ。
いったいあの美しい人がなにを説いてくれるのか。ほかには何も考えられなくなっていた。
裏を返せば、わたしは完全に相手の術中に陥っていたのだろう。
それでもいい、と、そのときのわたしに聞いたら答えるはずだ。人間が誰かの心の虜となるとき、そこには知性も教養もなんらの影響力を持たない。
照明がゆっくりと落ちた。
ざわざわとしていたホールの中から、刷毛でひと撫でするかのごとくさっとおしゃべりが消えていった。
音楽が鳴りはじめた。
誰の曲だろうか? ゆったりとした、それでいて奇妙に心を上向きにさせる、不思議な曲だった。後から調べてみると、なんとかいう有名な作曲家の作品だった。信者なのだろう。
スポットライトが点いた。同時に、音楽が転調し、激しい、踊り狂うようなメロディーに変わった。
スポットライトの中には。
ああ中には!
沢守澄麗の姿があった。闇の中で光を受け、ひときわ目立つ白のスーツを着て、ゆっくりと舞台上を歩いていくその姿に、わたしはこれだという安心感のようなものを得た。
ホール中から激しい拍手の嵐が巻き起こった。
わたしも手を叩いていた。叩かないなんて考えることもできなかった。
明治時代の人が、天皇陛下を迎えたらこんな対応をするのだろうか? それとも、ナチス台頭時のヒトラーを迎えるドイツ国民のそれか?
沢守澄麗は静かに舞台を横切り、中央の演壇の前で立ち止まった。
拍手が一段と大きくなり、音楽が止んだ。
わたしが座れたのは、ホールの中でもかなり後ろのほうだった。ホールは合理的に作られていたことは認めなくてはならないが、それでもこんな席に座らされるくらいなら立ち見のほうがまだましかと思われた。
思っただけだ。わたしは前言を撤回する必要に迫られた。わたしの後からも、人が次々と入ってきていて、最後方のスペースは立ち見の人間で立錐の余地がなくなっていたからだ。
これで講師が人類愛なんか説いたら、参加者全員が少しでも前の席を得んものと押し合いへし合いのダーウィン流の過酷な生存競争をしている、この現状を突きつけて金返せコールでもしてやるか、と考えるのが普通のわたしだが、今回ばかりはちょっと勝手が違っていた。
わたしはこれから起こる事態に興味津々だったからだ。
いったいあの美しい人がなにを説いてくれるのか。ほかには何も考えられなくなっていた。
裏を返せば、わたしは完全に相手の術中に陥っていたのだろう。
それでもいい、と、そのときのわたしに聞いたら答えるはずだ。人間が誰かの心の虜となるとき、そこには知性も教養もなんらの影響力を持たない。
照明がゆっくりと落ちた。
ざわざわとしていたホールの中から、刷毛でひと撫でするかのごとくさっとおしゃべりが消えていった。
音楽が鳴りはじめた。
誰の曲だろうか? ゆったりとした、それでいて奇妙に心を上向きにさせる、不思議な曲だった。後から調べてみると、なんとかいう有名な作曲家の作品だった。信者なのだろう。
スポットライトが点いた。同時に、音楽が転調し、激しい、踊り狂うようなメロディーに変わった。
スポットライトの中には。
ああ中には!
沢守澄麗の姿があった。闇の中で光を受け、ひときわ目立つ白のスーツを着て、ゆっくりと舞台上を歩いていくその姿に、わたしはこれだという安心感のようなものを得た。
ホール中から激しい拍手の嵐が巻き起こった。
わたしも手を叩いていた。叩かないなんて考えることもできなかった。
明治時代の人が、天皇陛下を迎えたらこんな対応をするのだろうか? それとも、ナチス台頭時のヒトラーを迎えるドイツ国民のそれか?
沢守澄麗は静かに舞台を横切り、中央の演壇の前で立ち止まった。
拍手が一段と大きくなり、音楽が止んだ。
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