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    哲学者になれなかった男の語る哲学夜話

    ソクラテスとプラトン

     ←ライプニッツの暗鬱 →地獄への道
     ソクラテスという男がいた。

     この奇妙な男は何一つ書物を残していたわけではないが、ある日、ふとした疑問にかられたらしい。

     その疑問とは、こういうことであった。

    「人間は、自分のしゃべっている、もしくは、相手がしゃべっている言葉の意味を理解した上でしゃべっているのだろうか?」

     この疑問を解決するのは簡単なことのように思えた。実際に、ものをしゃべっている人びとの中へ行き、自分がなにをしゃべっているのかの意味を聞いてみればいいのである。

     ソクラテスは、さっそく、市中へ向かった。

     何日もの日々をかけ、何人もの人間に質問をした結果、出てきた結論は恐るべきものであった。

     「このアテナイにおいて、自分がなにをしゃべっているかを理解した上でしゃべっている人間はひとりもいない」ということが、ありありとわかってきたのである。

     ソクラテスは躍起になってこの結論を打ち消そうとした。「誰も~でない」という結論をひっくり返すには、ただひとつの反証があればいい。ソクラテスは市中にさらに飛び込み、さらに問答を続けた。

     なぜ、ソクラテスがこれ程までにむきにならねばならなかったのか、それは、当時のアテナイが「民主制国家」であったことが大きいだろう。民主制国家では、自由民による自由な討論が国家の意思決定にとって最重要のファクターとなる。もし、討論をしている自由民たちが、自分がなにを話しているのかまったく理解していないならば、そのような討論にはなんの意味もないことになる。アテナイを動かしているシステムに大義名分がないとなれば、それはアテナイを盟主とするすべての民主国家にとって、国家の根幹自体に正当性がないことを意味するのだ。

     ソクラテスはがんばったといっていいだろう。現にこうして「会話によるコミュニケーションが成立している」以上、どこかにそうしたコミュニケーションを可能にしているなにかがあっていいはずだ、ソクラテスはそう考えていたらしい。だが調べれば調べるほど、コミュニケーションの成立条件についてわかるのは、「コミュニケーションが成立しているわけがない」というネガティブな事実ばかりである。

     あまたの問答を繰り返したあげく、政府から秩序破壊者と見なされるまでに至ったソクラテスは、裁判にかけられ死刑となる。それを怒りと悲しみだけでなく、上品なユーモア精神を持ってひとつのドラマとして描いたのがソクラテスの弟子であるプラトンであった。

     ソクラテスは一切書物を残さなかったが、プラトンは違った。彼もまた師と同じく天性の思索者であったが、読みやすく面白い物語を作るストーリーテラーでもあったのである。プラトンは書いた。師匠であるソクラテスを知のヒーローとして、なにもわかっていない俗物を論争でもってこっぴどくやっつける痛快な対話編を次から次へと書いたのである。

     同時に、彼はこの「会話を分析すればコミュニケーションが成立するだけの理由は何一つないのに、それでもコミュニケーションが成立しているのはなぜか?」という問題を徹底的に考え抜いた。この問題に対する解答が示せれば、師であるソクラテスの無念を晴らすことができると同時に、そんな師を死刑に追いやったアテナイ民主制がなぜダメなのかの解答を示すことにもつながることになるだろう。そしてプラトンは、その解答にたどり着くのである。

     「人間は、自分がしゃべっている内容についての純粋な「それそのもの」にアクセスする能力を、先天的に持っている。例えば三角形であったら、「三角形とは何か」ということが先天的にわかっているのだ。説明はできなくとも先天的にわかっている人間同士が話しているのだから、相手の話していることも理解できて当然である。この純粋な「それそのもの」を「イデア」と呼ぶことにしよう」……世にいう「イデア論」である。

     「たとえ現在わかっていなくても、説明すればわかるようになるのは、説明されることによって、説明の対象になっているものの「イデア」にアクセスする方法を「思い出す」からである。コップを見たことがない人間にも、「コップというものはこういう形をしていて、このように使う」と説明することにより、相手は「コップ」のイデアにアクセスすることが可能となって、「コップ」を理解することができるようになるのだ」……「想起説」である。

     プラトンの思索の成果は他にも山ほどあるが、「コミュニケーション」のシステムに関することに絞ってみれば、このふたつだけでなんとかなるだろう。いずれにしても画期的な説明である。プラトンはこれによりソクラテスの疑問に完全に答えたと信じた。……最初のうちは。

     プラトンが気の毒なのはここからである。さらに思索を続けたあげく、プラトンは自分のこのイデア論がどうしようもなく破綻していることに気づいてしまうのだ。

     例えば、「醜い」ものについて考えてみよう。イデア論に従えば、「醜いものが醜いとわかるのは、「醜さ」のイデアに人間がアクセスできるから」ということになるはずだ。だが、「「美」が欠如しているから醜い」、とも考えられるのではないか、とプラトンは考える。「美の欠如と醜さとはどう違うのか」プラトンはこの問いに答えねばならない。同時に「あの醜さとこの醜さは違うのではないか」などと考え出したら、イデアの数はべらぼうに増えていく……どう考えても屋上屋を架すようなどつぼである。

     政治に手を出して、自分の思想に基づく哲人政治をやろうとして見事に失敗したりと実践面でもうまくいかない。プラトンの文名は高まる一方であったが、ギリシアの政治状況はただただ混迷の一途をたどり、アテナイはひたすらに落ちぶれていくのであった。現在確認できる中で、プラトンの真筆と思われる最後の作品が対話編「法律」であるが、読んでいて非常につらいらしい。

     誰だったかが、「西洋哲学の歴史は、プラトンの思想と、それにつけられた脚注の集合体にすぎない」みたいなことをいっていたが、,まさに「イデア論は正しいかどうか」というのが、哲学の最重要課題のひとつであった。

     いくつもの解答が示されたが、その中でも恐ろしいものを二つ挙げれば、「コミュニケーションが成立しているのは、「コミュニケーションが成立していない」からだ」とでもいうかのような、ライプニッツの「単子論」と、後期ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」あたりだろうと思う。そのあたりまで行くととてもひとくちでは説明できないので、興味がわいたら、お好きな出版社の「西洋哲学史」でも読んでください……。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    最高傑作とまではいかんまでも、プラトンのデビュー作である「ソクラテスの弁明」は、いいところも悪いところもプラトンの魅力が全開してる作品ですので、読んでおいたほうがいいです。ソクラテスかっこいいですよ(^^) 同様のタイトルのクセノフォンはひたすら退屈だそうですが。

    NoTitle

    「対話篇」にちょっと興味が出ました^^
    いつか読んでみようかな。
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