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    傳次郎のまぼろし

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    「甲州殺陣篇?」
     わたくしがすっとんきょうな声をあげてしまったのも、ほんの少しでも無声映画についてくわしいおかたならご理解いただけるでしょう。
    「甲州殺陣篇って、あの、『忠次旅日記』の、甲州殺陣篇ですか?」
    「さようです」
     どこか見覚えのある顔をした、相手の老紳士は、うなずきました。
    「戦災と人災とで、ことごとくフィルムが尽きてしまったと思われていた、あの『忠次旅日記 甲州殺陣篇』です」
     なんということでしょう。日本映画史上最高傑作といわれる、今は断片しか残っていないあの作品! しかも、それを。
    「わたくしごときが、弁士をやっていいのですか?」
     活弁士という、無声映画に声を当てる職業について二十年、こんな千載一遇のチャンスなど、ほかにはありません。
    「そのつもりでご依頼に参ったのです」
    「そ、それは、それはもちろん……」
     わたくしは、タダでもやりたい、というつもりでした。日本中の活弁士が、そういうことでしょう。
     しかし、老紳士は、指を一本立てたのです。
    「しかし、それには、条件があります」
     条件ですって?
     わたくしは、ふと、悪い予感にかられました。だいたい、こういうことをいう人というのは……。
    「まず、これについては、完全に秘密にしておいてほしいということです。これをやるということについては、一切の口外をしてはいけません」
    「……どなたが、ごらんになるかを聞かせてもらってはいけないでしょうか?」
    「政財界において、日本に大功のあったかた、とだけ覚えていただければ……」
     そう聞いて、わたくしも、老紳士の顔の見覚えの源に気がつきました。
    「そういえば、あなたは、政府与党の代議士のひとりにお顔が似てらっしゃいますね」
    「あれは遠縁のものです」
     老紳士はうなずきました。わたくしは、気持ちが冷えていくのを感じました。
    「すみませんが、あなたは、重要文化財レベルのフィルムを、一般に公開せず、一握りの映画ファンの間だけで楽しもう、とおっしゃられるのですか?」
     わたくしの声は、友好的から百万キロは遠ざかっていたと思います。活弁士をやっていていいことのひとつには、こういう声が自在に出せるようになることもあるのです。
    「まあ、いいにくいですが、そういうことです」
    「お帰りください」
     あまりにも腹が立ったので、わたくしはぴしゃりといいました。
    「そんな人の道から外れた行いをする映画マニアなどに、わたくしは関わりたくありません」
    「お礼は充分な額をお払いいたします」
    「銭金の問題ではありません!」
     わたくしは、頭に沸騰した血液が上り、耳や目などの穴という穴から、シャワーのように吹き出るのではないかと思いました。
    「あなたも映画について、無知ではないでしょう! 現代に残されている戦前の無声映画は、一割も残っていないということを知らないはずがありません! マツダ映画社が、地方を丹念にまわって、地道に発掘活動を行っていますが、それでもその歩みは、ほとんど実りのない、微々たるものなのです。それを……それを……」
     老紳士は、怒りのあまりに言葉に窮するわたくしを見て、にっこりと微笑みました。
    「合格です」
    「え?」
     不意打ちを食らったようにぽかんとした顔のわたくしに、紳士はしゃべり始めました……。


    「今回は、このような集まりにお招きいただき、まことにありがとうございます。昭和二年に封切られて絶賛を博したものの、戦災と、映画会社の無節操により、完全に失われたと思われていた、『忠次旅日記 甲州殺陣篇』を、こうしてやらせていただきますことは、活弁士として冥利に尽きます」
     部屋には、わたくしと、伴奏のほかには、三人の観客しかいませんでした。一人は、わたくしのもとにやってきた老紳士、もうひとりは、話では、このフィルムを『発見』した映画マニア、そしてもう一人、黒眼鏡の九十を越えたような老人。

    『わたしの父です』
     と老紳士はあのとき話したものです。
    『小さいころに見た漫画映画に、父は大きく感銘を受け、映画というものが大好きになりました。しかし……おわかりでしょう? 当時、映画は子供や、教養のない大衆に見せるための娯楽に過ぎず、教養がある上流階級にふさわしい芸術ではないと思われていました。そのため、父は、成人するまでろくに映画を見られませんでした』

     わたくしは、スクリーンと脚本を見ながらしゃべり続けました。一般の映画と違って、無声映画は、活弁士が脚本も書くのです。どこでなにをしゃべるか、これひとつで映画に与える印象はガラッと変わってしまいますから、たいへんです。
    「主演、大河内傳次郎。監督、伊藤大輔。このゴールデンコンビは、以降の映画に重要かつ決定的な影響を与えましたが、それはもうご存知のことだろうと思います。それでは、そろそろ、本編が始まるころだろうと思います。どうかゆっくりおくつろぎください」

    『成人したころになると、戦争で、映画どころではなくなってしまいました。父が映画を見られるようになったのは、戦後のことです。事業と政治の成功で、湯水のように入ってきた金を、父は映画の振興と保護のために使いました。もちろん、映画を見まくったことはいうまでもありません。しかし、いくら父が財力を持っていようと、失われてしまった映画を見ることはできません』

    「ときは天保のころであります。上野国国定村に、忠次という男がおりました。演ずるは大河内傳次郎……」

    『今になって、父は糖尿病を悪化させました。もはや余命はいくばくもないでしょう。そこへ、『忠次旅日記』の再現に成功した映画マニアがいるという噂を聞いたのです。わたしは、これだ! と思いました』

     わたくしはスクリーンを見ました。そこには、映像は流れていませんでした。ただ、ト書きと、字幕指定が出ているだけでした。わたくしがやっていることは、それに合わせて、もっともらしい活弁をあてているだけでした。わたくしがこの数日、徹夜で仕上げた入魂の脚本がものをいうでしょう。なぜなら、主人の、この九十を越えた老人は。

    『父は合併症で完全に失明してしまったのです。だが、効果的に用いられた音楽と、先生の迫力の活弁があれば』
    『盲目の老人に、映像のまぼろしを見せることができると?』

     わたくしは自分でも十本の指に入るような入魂の演技をしました。観客席の老人は、微動だにしませんでしたが、泣いているように見えました。
     スクリーンに目を戻します。この仕事、タイミングを逸してはいけません。
    「?」
     スクリーンに、にやりと笑う大河内傳次郎のアップが映りました。目をしばたたいたときには、傳次郎は消えていました。見間違いだったのでしょうか?
     そんなことはどうでもいいでしょう。わたしは仕事をするまでです。芸術にもなるほどの。
    「てめえらッ! この小松五郎は触れれば切れるぜッ! 馳走するぞッ!」
     わたくしは忠次と一体になりました……。
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    ~ Comment ~

    ありがとうございます

    >よかいちさん

    寛大な感想をありがとうございます。
    日本ならではの映画ミステリが書きたくてついやってしまいました。
    本職であられるマイミクさんの某氏にも読んでいただきましたが、プロの目から見るとツッコミどころ満載だそうです(汗)。
    修行せんとなあ……。

    No title

    僕も「傳次郎のニヤリ」は見ましたよ!
    昨年フィルセンで行われた「新版大岡政談」再現プロジェクトがまさしくそうでした。
    僕は助平なので、伏見直江の色っぽい太腿も浮かんでしまいましたが、視力がなければ映画は観られない、というのは大間違いですよね。
    昔は目が見えない人も活動小屋に通って楽しんだにちがいないです。きっと周りの人と同じように笑い、涙したんじゃないかなあ。
    「傳次郎のまぼろし」を実際に観た者だけが書ける素敵な小説です。

    文字を大きくしてみました

    朝日新聞っ……ではなく、知人から「文字が小さくて読みにくい」といわれたので大きくしてみました。一行ごとのすき間も大きくしてくれといわれたのですが、やりかたがわかりませんでした。

    ……どうでしょ?
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