天使を吊るせ 15-3

　変な形でお鉢が回ってきた。
　わたしはとりあえずこの場は「はあ」といって頭を下げることにした。妙なことをいって心証を悪くすることもないだろう。ここにいる人間は、皆、この団体の上位にいるメンバーなのだから。
「桐野さんも、悩みを抱えてたいへんでしょう」
　人権派弁護士の言葉に、わたしはつい、「ええ」と答えそうになったが、あわてていい直した。
「この場で、そんな古典的な手を取ることもないでしょう、先生。わたしの悩みについてお知りになりたかったら包み隠さず全部話しますので」
　わたしの答えに、弁護士は大きく口を開けてあはははと笑った。部屋中の皆が、杉内も含めて、その笑いに加わった。
「なるほど、桐野さん、勉強はなさったようですな。うちの学生にも爪の垢を煎じて飲ませたいものです。いやまったく、感心いたしましたよ」
　老教授が涙をぬぐって笑いつつ語った。
　わたしはなんとか失礼にならないよう笑顔を作った。
「わざとあいまいな言葉で、自分の知りたいことを持ち出し、それに対しての相手の反応から情報を得る、というのは、コールドリーディングの基礎中の基礎みたいなものじゃないですか。そんな罠にひっかかるようだったら、わたしは皆さんに顔向けができるような人間じゃないことを証明してしまったことになる」
　参議院議員が大きくうなずいた。
「そういうことです、桐野さん。あなたが彼の誘いに乗ってべらべらしゃべっていたら、わたしたちはあなたを軽蔑していたでしょうな。普通だったら部屋からたたき出していたところです」
　時計を見る。
「もちろん、あなたがこれからやってくれるだろうことを考えると、たたき出すなんてことはとうていできたことではありませんがな。もしもそんなことをしたら、わたしは学長先生から退学処分を食らわされてしまうでしょう」
　意外な話を聞いた感じだ。
「学長先生はそこまで厳しいかたなんですか？」
　つい口に出してしまった疑問に、作家がフォローを入れた。
「場合によりけり、ケース・バイ・ケースですよ。桐野さんとのこの機会は、学長先生はかなり前から楽しみにしてらっしゃいました。だから、それが邪魔されると……怒りますよそれは。退学させられても意外ではありませんね。なにしろ、『真理に反する』行いであることは明白なんですから」
　真理か。この言葉が、この団体を読み解くキーポイントかもしれない。