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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 1-3

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    第一章(承前)

    …………

     あれは、三ヶ月前のことだった。というよりも、まだ三ヶ月しか過ぎていなかったのかという思いのほうが強い。
     当時、まだ研修医の身分だったわたしは、眠い目をこすりながらT大学病院の廊下を歩いていた。深夜三時。研修医の仕事に朝も夜もないことはわかっているが、夜勤となるとずっしりと疲労がのしかかってくる。
    『またあの爺さん、徘徊を始めやがって……』
     声に出さずに心の中でつぶやいた。五階のC号室、5‐Cの男性患者を看護師が見つけて自室に連れ戻したのだが、夜中だというのにわけのわからないことを叫んで、興奮が止まらない。落ち着かせるために簡単な診察をというわけで、ついさっきまで呼び出されていたのだ。人手が少ないときには、それくらいのことをさせられる。
     結局、鎮静剤を少量投与するということになった。薬漬けというそしりはあるかもしれないが、こんな大病院ともなると、ある程度の規律というものが必要なのだ。
     すっきりしないまま部屋に戻ろうとした。
     ふと見ると、廊下の先を誰かが歩いていた。看護師のシルエットではない。
     わたしは早足でその影に近づき、声をかけた。
    「患者さんですか?」
     影は足を止め、こちらに振り返った。
    「あの……はい。ええと……」
     ばつの悪そうな顔。だが、美しい娘だった。夜目にもそれがわかる。わたしは、出来る限りの威厳を取り繕った。
    「困りましたね。もう消灯時間はとっくに過ぎてますよ。どうしたんですか?」
    「いえ……眠れなくて。飲み物を買いに行こうとしていたんです」
     廊下の先を見た。自動販売機が、ぼんやりとした明かりをともしている。わたしは、忘れていた喉の渇きを覚えた。
    「そういうことなら、部屋に戻るまで、特別に、ついていてあげましょう。何号室のかたです?」
    「4‐Eの、小笠原です」
     それがわたしと小笠原登志子の出会いだった。

    「それでどうしたの? 桐野先生」
     朝。病院の詰め所で、ベテラン看護師の、島田春江が声をかけてきた。この人にはいつも呑まれてしまう。経験の差だ。
    「どうもこうもないさ。小笠原さんは、レモンスカッシュを買って、わたしはガブノミコーヒーを買った」
    「あの缶がひとまわり大きなもの? だめよ、あれは甘いし、水みたいに薄いから、コーヒーとしての風格に欠けるわ」
    「いいすぎだよ。それに、あれは百二十円でも飲みでがあるんだ。ええとどこまで話したっけ。そう、小笠原さんと飲み物を飲みながら、五分ほどたわいない話をして、部屋まで彼女を送っていった。それだけだ」
    「ならいいけど。患者さんに手を出したりしたら、再起不能にするからね」
    「おっかないなあ」
     わたしはひょいと肩をすくめた。
    「あの人はどこが悪いんだい?」
    「悪いというか。よくいるでしょう、どこも悪くないのに、ノイローゼみたいになってやってくる人。不眠症って本人はいってるけれど、ぐっすり寝てるのをあたしは知ってるんですからね」
    「じゃあ退院させてもいいんじゃないのかな」
     島田春江はかぶりを振った。
    「本人が入院したがっているんですよ。悪夢を見るっていって」
    「悪夢を?」
     わたしの声のトーンが変わったのだろうか。
    「桐野先生、どうかしました?」
    「い、いいえ。しかし、悪夢ねえ。ゆうべ、話した限りでは、頭もいいし、美人だし、悩みなんかないように思えたんだが」
    「かえって、そういう人だからストレスなんかに苦しめられるんですよ。桐野先生も、医学部に合格したとき、どんな悩みからも無縁でした?」
    「すまない。失言だった」
    「机の上で勉強ばかりしてるからそんな鈍い人になるんですよ」
     だいたい医者というものは、と島田春江は続けようとした。
    「桐野君、ちょっと」
     石垣教授の声がした。
    「ごめん、行かなくちゃ」
     わたしは島田春江の説教を逃れて部屋を飛び出した。
    「なんでしょうか石垣先生」
     今日はお連れの面々はいないらしい。
    「5‐Dの田中さんの件なのだが……」
    「はあ」
     石垣教授はわたしの顔を一瞥した。ぼさぼさの白髪頭と度の強い眼鏡がトレードマークの老教授。だが、そのレンズの下には、知性と精気に満ちた鋭い眼があるのはこの病院に勤める誰もが知っていることだ。
    「……いや、なんでもない。あの人も無事退院だな。どうだ、一部でも自分の受け持った患者が退院していく姿を見るというのは」
    「素晴らしいことだと思います」
     石垣教授は再びわたしの顔をまじまじと見た。
    「桐野君、君は、まじめなのかバカなのかその両方なのか……」
    「どういう意味ですか?」
    「この世の中は、道理が通っていて正しいものが勝つとは決まっていないということだよ。まあいい。今晩も夜勤だったはずだな?」
    「はい」
    「仕事を逸脱しないぶんには仮眠をとっても結構だが、くれぐれも起きるべきときには起きていてくれよ」
    「はい」
    「それでは、仕事に戻りたまえ。君は若い。学ぶことがまだまだたくさんあるんだからな。医学のことも、人生のことも。この病院の研修もあと半月か。峠は越したからといって気を抜くんじゃないぞ」
     そういうと、石垣教授はくるりと振り向き去って行った。
     わたしはなんとも後ろめたい気分で、その背中を見送っていた。
     わたしの秘密はどこまでみんなに知られているのだろうか。目立たないように努力はしていたつもりだったが。
     あと半月。その間に、出来る限りのことをしなければ。
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    ~ Comment ~

    Re: 有村司さん

    わたしは腕を骨折して(スキーなんて嫌いだ……(^^;)入院していたとき、眠れなくてトイレに行くふりをして病院内の自販機でジュース買って飲んでました。

    我ながらひどい患者もいたもので(笑)

    おはようございます。

    大学病院の精神科医だったわけですね。桐野先生は…。

    これから秘密の一端が明かされていくようで、ワクワクします。

    ところで、夜の病院ってどんなにきれいで清潔な病院であっても怖いんですよねえ…。

    >佐槻勇斗さん

    いや、わたしはわたしで、
    「どうしておれの小説は会話文しかないんだろう」
    と悩んでいる状態でして……(^^;)
    要はバランスなのでしょうが、なかなかうまくはいかないものですとほほほ(^^;)

    こんばんは(*'-'*)

    続きを開きたくなる終わらせた方ですね。
    登志子のこと、桐野先生のこと、いろいろ気になることはありますが明日からのお楽しみにします。

    ふと思ったのですが、佐槻の小説と、ポール・ブリッツさんの小説を比べてみて、圧倒的に佐槻の小説は会話文が少ないんだなと気づきました。だからあんなにきつきつな感じになるんですね……(=ω=。)
    すいません、独り言です;;

    また来ます♪ それではノシ

    >神田夏美さん

    書いたときには「連載」を意図していなかったので非常にスロースターターなのはご勘弁ください(汗)。
    連載のつもりでやっていれば、こんな回想と現在がいったりきたりする妙な構成にはしなかったでしょうね(汗)。
    ここまでカテゴリから毎回たどってこられる苦労を考えますと、やっぱり目次を作るべきでありました(汗汗)。反省……。でもいまいち作り方がよくわからん(汗汗汗)。

    過去の回想に入りましたね。ここまでではまだ平和で、何が起きるかわかりませんが……この先大きな「何か」が起こるのだろうなあとドキドキさせられます。「悪夢」というのがキーワードなんでしょうかね。
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