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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 1-7

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    第一章(承前)

    …………

     わたしは半分虚脱状態で夜の街をさまよっていた。
     できれば大学に残りたかった。アカデミックな生活のほうが性に合っていると思うからだ。しかし、不祥事を起こした人間を積極的に採用しようという研究機関や病院があるわけがない。資金もなにもなければ、開業医になるのも無理な話だろう。
     将来の人生というやつが、音を立てて崩壊したら、人間はこうなるらしい。
     だが、そんなことはどうでもいい話だ。
     むしろ、わたしを、まるで鉛でも飲み下したような気分にさせていたのは、小笠原登志子のことだった。
     わたしのせいであの人は!
     自分を責めざるを得ない。
     飲もうと思った。安いバーかどこかで安い酒を、浴びるように飲んで全てを忘れるのだ。
     当然、足は盛り場のほうに向かった。
     ふと、目を上げると、とある街灯の下で、画板を持って椅子に腰かけた老人がいた。その前には空の椅子と、達筆な字で書かれた看板。
    「似顔絵描きます」と、看板にはあった。
     バカみたいなことに金を使いたい気分だった。わたしは椅子の前で立ち止まると、ヒマそうにしている老人に声をかけた。
    「似顔絵を描いてくれるのかい?」
    「ええ。なんでも描きますぞ。なにがいいですかな? ローレン・バコールからスティーブ・マックイーンからクリント・イーストウッドから、日本では三船敏郎から吉永小百合から石原裕次郎から、その他政治家から実業家までレパートリーは豊富でしてな」
     よほどの映画マニアらしい。しかもいうことが時代がかっている。目玉の松っちゃんとかアラカンとかいいださないだけまだマシだが。
    「いや、そういったものじゃないんだ」
    「じゃ、お客さんの顔ですか? 美男子に描きますぞ」
     わたしは苦笑した。
    「それでもないよ。わたしの記憶の中にある顔を、描いてほしいんだ。こっちが、目元の感じとか口元の感じとかをいうから、それを紙に……」
    「お安い御用」
     老人はどん、と胸を叩いた。
    「お客さんは運がいい。その手のことなら、慣れております。実はわたしはこう見えても、定年までは、警察の鑑識で似顔絵を描いておったもんで」
     その割には人当たりのいい人である。でも、元警察官がこんなところで店を出していていいのだろうか。
     わたしは椅子に腰かけた。
    「りんかく? 顔は全般的に四角い感じだったな。エラが張っていたように思う。それで、髪は短髪……」
     三十分後、最後にやぶにらみの目を入れてもらったときには、わたしが小笠原登志子の夢に入ったときに見た、あの夢魔の顔が出来上がっていた。
    「これはすごい。本物そっくりだ」
    「……失礼ですが、お友達のかたで?」
    「いや」
     老人の手に札を握らせ、絵を受け取った。
    「名前も知らない。ただ、憎んでも余りあるやつでね。この絵は、帰ってから、そいつを呪うのに使うのさ」
     あっけに取られたような顔をした老人を残して、わたしは立ち去った。

     そのバー「虎奇亜」を選んだのに、特に理由があったわけではない。強いていえば、小さくて落ち着いた雰囲気に、足が止まったからだというしかない。
     財布には万札がまだ幾枚か入っていたはずだった。
     暴力バーということもないだろう、と思って扉を開けた。
    「いらっしゃいませ」
     若い女性の声がわたしを出迎えた。
     カウンターしかない、暗くて狭い店内で、声の主である、年齢不詳の女性バーテンダーがグラスを磨いていた。年齢不詳というのは、こうも暗い店内にもかかわらず、顔の少なからぬ面積を覆うゴーグルのようなミラー・サングラスをかけていたからだ。これで革ジャンを着ていればターミネーターだ。
     客はわたしひとりだった。
    「ウォッカ・マティニを。オリーブは抜きで」
     腰を下ろして注文した。たまにはカクテルもいいだろう。
     バーテンダーはマティニを作り始めた。
     ウォッカとベルモットがステアされている間、わたしは、ただぼんやりと、場違いとも思えるサングラスを見ていた。
     マティニが目の前に置かれた。
    「どうぞ」
     ひとすすりした。うまかった。わたしは無言でマティニを干すと、グラスを置いていった。
    「うまいね」
    「ありがとうございます」
     二杯目をなににしようかと、少し考えた。
    「肴はあるかい」
    「簡単なものでしたら」
    「黒パンとバターは?」
    「あります」
    「じゃ、パンをトーストして、バターをこれでもかとばかり塗ってくれ。ストリッチナヤがあればそれをストレートで。冷凍庫に入っているやつがあったらなおいい」
    「かしこまりました。キャビアは?」
     わたしは苦笑した。
    「身なりを見てくれよ。キャビアなんか、わたしの予算じゃ、二、三粒が関の山さ」
     バーテンダーはその言葉にも無表情を崩さず、かがんでごとごととやり始めた。
    「そんなサングラスをかけて、見づらくはないのかい」
     わたしは背中に声をかけた。
     バーテンダーは身を起こした。
    「よく見えますよ。お客さんの顔も、そこにお持ちの巻紙も。なんですか、それ?」
    「ああ」
     わたしは紙を広げて見せた。
    「似顔絵だよ。よく描けているだろう?」
    「あら、本当。渋川さんのお友達でしたか」
     面食らった。
    「渋川さん?」
    「違うんですか? あたし、変なことしゃべっちゃったかしら」
     それはどうでもいい。
    「渋川さんとは?」
    「ここに一度だけ見えられたんですよ。すごいやぶにらみのかたで、強く印象に残ってます」
    「どこの人?」
     わたしは喉がからからになるのを感じた。
    「さあ……どこに住んでいるのかまでは。てっきり、お客さん……ええと?」
    「桐野だ」
    「桐野さんのお知り合いだとばっかり」
     焦げ臭い臭いが漂ってきた。バーテンダーは慌てた様子で再びかがみこんだ。
     出されたちょっと焼きすぎの黒パンを、氷のようなストリッチナヤで流し込みながら、わたしは自分の中でなにかに火がついたのを感じていた。
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    ~ Comment ~

    Re: 有村司さん

    ここまで来たらこの事件はすぐに決着がつきますが、それは単なる発端にすぎないのでありました。

    なにしろわたしの小説の主人公でも指折りの不幸を誇る桐野くんでありますから……(^^;)

    イッツアハードボイルド!

    ハードボイルドはこうでなくては…!
    という展開ですね。
    独自に調査を始めた桐野の行きつく先は…!?そして渋川とは…!?
    …って、まだまだ長そうです…。

    >れもんさん

    お読みいただいてありがとうございます♪

    これかられもんさんの長編にとりかかろうと思いますので、しばしお待ちを……。

    この女流バーテンダーさんの話は、第5シリーズで取り上げるつもりですが、いったい書き始められるのはいつになることやら……(^^;)

    なかなかコメントできずすいません;;

    今日はここまで読ませていただきました!
    どんどん展開が進んでさくさくと読めました(人〃∇〃)

    こういうバーの雰囲気とか大好きです
    バーテンダーもなんだかかっこいい・・
    これから、桐野さんがどうするのか、楽しみです★

    >佐槻勇斗さん

    ちょっとそこはご都合主義だと書いているわたしも思った(笑)。
    この女性バーテンダーも今後ちょこちょこと重要なところで顔を出してきます。
    この章は一種の顔見せ回というわけですね(^^)

    こんばんは、佐槻です。
    まさかバーテンダーが似顔絵の名前を知っていたなんて。
    でもそこで、「なんだか出来過ぎ」と思わせないところがすごいと思います。偶然がますますドキドキを増していくばかりです。これから桐野がどう動くのか、楽しみでなりません。
    また来ます!

    >神田夏美さん

    ありがとうございます。
    ハードボイルド大好きでして、一時期そればかり読んでいました(^^) 最近はクラシックな犯人当て名探偵小説ばかり読んでいますけど(^^)

    うまくまとまっていたらご喝采(^^)

    相変わらず緊迫感を絶やさない展開で惚れぼれします。
    「こいつを呪うために使うのさ」などの台詞まわしやバーの雰囲気などがハードボイルドな感じでかっこいいですね。
    何気なく描いてもらった一枚の似顔絵が、新たな情報を広げてゆくこととなる。桐野がこれから渋川をどうするつもりなのか、一層緊迫感が増しますね。なにかに火がついた桐野に期待です。
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