「範子と文子の驚異の高校生活(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)」
範子と文子の三十分一本勝負(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)
範子と文子の三十分一本勝負:FIGHT・39
いつもの紅恵高校。二人の少女、宇奈月範子と下川文子は、顔をつきあわせて楽しく話をしていた。
「だからね、文子。ミステリというのは、なにかの趣向を凝らさなくちゃいけないのよ」
「トリックってこと?」
「トリックだけじゃないわ。トリックを含めた上での、趣向よ」
「趣向かあ」
首をひねる。
「例えば?」
「一例を挙げれば、倒叙(とうじょ)もの、というのがあるわ。普通のミステリでは、謎の犯人を、名探偵やら捜査陣が追い詰めていくのを、名探偵や捜査陣がわの視点から描くでしょう。それに対して倒叙ものでは、事件を起こした犯人の視点で物語が進行するわけ。テレビの、『刑事コロンボ』みたいなものが代表選手かしら。コロンボもそうだけど、うまく描くとサスペンスフルな傑作になるわね」
「なにか面白い小説はない?」
「ぱっと思いつくのは、オースチン・フリーマンのソーンダイク博士ものかしら。この方式で最初にミステリを書いた作家よ。創元推理文庫の短編集に入っている、『計画殺人事件』なんか、何度読み返してもぞくぞくするわね。最近訳出された長編の『ポッターマック氏の失策』も、面白い作品だったわ。でも活躍したのが二十世紀初頭だから、ちょっと古くなっているのがつらいところだけど」
「ほかには?」
「F・W・クロフツの『クロイドン発12時30分』もいい小説よ。『殺人者はへまをする』も面白い短編集だったわね。冗長じゃないぶん、『殺人者はへまをする』のほうが楽しく読めるかも。それと、この手の本で外せないのが、アイラ・レヴィンの『死の接吻』。詳しくは書けないけど、寝転がってぼーっと読んでいると、途中で思わず跳ね起きるような小説よ」
「ふうん……」
「趣向としては、意外性のある人物を登場させる、というのもあるわ。歴史ミステリによくある手法だけど、偉人が探偵役だとかワトスン役だとかを務めるなんてのが代表例ね。海渡英祐の『伯林――一八八八年』みたいなものとか、作者は忘れたけど、『ダンテ・クラブ』とか。でも、個人的には、この手法が効果を発揮するのは、短編よ。カーの『パリから来た紳士』とか、山田風太郎の『黄色い下宿人』なんかは、最後の一行であっと驚くわね。わたしたちの小説の作者も、苦労して一本書いたみたいだけど……あれはダメね。ダメなところを指摘したらきりがないのでやめるけど」
「ほかには趣向はないの?」
「回文だらけの作品とか、全編暗号で書いてあるとか、SFみたいなシチュエーションだとか、ファンタジーみたいなシチュエーションだとか、いろいろあるわね。ほかにも、読者のみに対して罠をしかける、狡猾なタイプの趣向もあって、それは普通、『叙述トリック』と呼ばれるわ」
「例えばどんなふうになの?」
「どんなふうにって……。くっ、くくくくく、ダメだよもう限界だよ範ちゃん!」
範子と文子は二人して、お腹を抱えて大笑いした。
「範ちゃん、範ちゃんの真似をしてしゃべるのは疲れるよお」
「文子、よくがんばったわ。わたしだって、笑いをこらえるのにどれだけ苦労したことか。いくら読者をだますためとはいえ、やりすぎよねえ」
「地の文でわざとどっちがどっちかを書かなかったし。でも、みんな気づいてるんじゃないかなあ」
「でも、怒らないかなあ、読んだ人……」
「だからね、文子。ミステリというのは、なにかの趣向を凝らさなくちゃいけないのよ」
「トリックってこと?」
「トリックだけじゃないわ。トリックを含めた上での、趣向よ」
「趣向かあ」
首をひねる。
「例えば?」
「一例を挙げれば、倒叙(とうじょ)もの、というのがあるわ。普通のミステリでは、謎の犯人を、名探偵やら捜査陣が追い詰めていくのを、名探偵や捜査陣がわの視点から描くでしょう。それに対して倒叙ものでは、事件を起こした犯人の視点で物語が進行するわけ。テレビの、『刑事コロンボ』みたいなものが代表選手かしら。コロンボもそうだけど、うまく描くとサスペンスフルな傑作になるわね」
「なにか面白い小説はない?」
「ぱっと思いつくのは、オースチン・フリーマンのソーンダイク博士ものかしら。この方式で最初にミステリを書いた作家よ。創元推理文庫の短編集に入っている、『計画殺人事件』なんか、何度読み返してもぞくぞくするわね。最近訳出された長編の『ポッターマック氏の失策』も、面白い作品だったわ。でも活躍したのが二十世紀初頭だから、ちょっと古くなっているのがつらいところだけど」
「ほかには?」
「F・W・クロフツの『クロイドン発12時30分』もいい小説よ。『殺人者はへまをする』も面白い短編集だったわね。冗長じゃないぶん、『殺人者はへまをする』のほうが楽しく読めるかも。それと、この手の本で外せないのが、アイラ・レヴィンの『死の接吻』。詳しくは書けないけど、寝転がってぼーっと読んでいると、途中で思わず跳ね起きるような小説よ」
「ふうん……」
「趣向としては、意外性のある人物を登場させる、というのもあるわ。歴史ミステリによくある手法だけど、偉人が探偵役だとかワトスン役だとかを務めるなんてのが代表例ね。海渡英祐の『伯林――一八八八年』みたいなものとか、作者は忘れたけど、『ダンテ・クラブ』とか。でも、個人的には、この手法が効果を発揮するのは、短編よ。カーの『パリから来た紳士』とか、山田風太郎の『黄色い下宿人』なんかは、最後の一行であっと驚くわね。わたしたちの小説の作者も、苦労して一本書いたみたいだけど……あれはダメね。ダメなところを指摘したらきりがないのでやめるけど」
「ほかには趣向はないの?」
「回文だらけの作品とか、全編暗号で書いてあるとか、SFみたいなシチュエーションだとか、ファンタジーみたいなシチュエーションだとか、いろいろあるわね。ほかにも、読者のみに対して罠をしかける、狡猾なタイプの趣向もあって、それは普通、『叙述トリック』と呼ばれるわ」
「例えばどんなふうになの?」
「どんなふうにって……。くっ、くくくくく、ダメだよもう限界だよ範ちゃん!」
範子と文子は二人して、お腹を抱えて大笑いした。
「範ちゃん、範ちゃんの真似をしてしゃべるのは疲れるよお」
「文子、よくがんばったわ。わたしだって、笑いをこらえるのにどれだけ苦労したことか。いくら読者をだますためとはいえ、やりすぎよねえ」
「地の文でわざとどっちがどっちかを書かなかったし。でも、みんな気づいてるんじゃないかなあ」
「でも、怒らないかなあ、読んだ人……」
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Re: ネミエルさん、蘭さん
ええと、このように、叙述の文を使って人をだます方法を「叙述トリック」といいます。たいていは映像化不可能な作品が多いですね。小説を読んでいて、人間がいつの間にか入れ替わっていたりするとびっくらこきます。
この手のトリックを多用する作家に、中町信先生とか折原一先生とかいったひとがいます。日本語でしか書けない極めつけの傑作は、筒井康隆大先生の「ロートレック荘事件」でしょうか。海外では、フランスのフレッド・カサック先生の「さつ人交叉点」(みっともない表記だがFC2の禁止ワードにひっかかるのよしくしく(泣))なんかが有名ですね。
この手のトリックを読んで、怒る人とそうでない人を見分けるのには年季が必要で……。
だから蘭さんのコメントを読んでほんとに肝が縮むほどショックを受けました。策士策に溺るる(^^;)
この手のトリックを多用する作家に、中町信先生とか折原一先生とかいったひとがいます。日本語でしか書けない極めつけの傑作は、筒井康隆大先生の「ロートレック荘事件」でしょうか。海外では、フランスのフレッド・カサック先生の「さつ人交叉点」(みっともない表記だがFC2の禁止ワードにひっかかるのよしくしく(泣))なんかが有名ですね。
この手のトリックを読んで、怒る人とそうでない人を見分けるのには年季が必要で……。
だから蘭さんのコメントを読んでほんとに肝が縮むほどショックを受けました。策士策に溺るる(^^;)
おはようございます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
真剣に読んで来た私って一体・・・・・・・・
もう、ポールさんのブログにはお邪魔しませんっ!!
嘘
真剣に読んで来た私って一体・・・・・・・・

もう、ポールさんのブログにはお邪魔しませんっ!!


嘘

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Re: ひゃくさん
怒る人のほうが多かったかもしれません(笑)