「範子と文子の驚異の高校生活(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)」
範子と文子の三十分一本勝負(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)
範子と文子の三十分一本勝負:FIGHT・56
その日、売れないフォト・ジャーナリストの下川文子は、愛用のカメラを手にして、ひとり夜の街をさまよっていた。
文子は小さく笑った。笑うしかなかった。原稿の締め切りは明日だった。明日までに、印象的な写真を一枚撮り、短い記事を書かねばならない。そうしなければ、今月は、不本意的なダイエット生活を送ることになるだろう。
文子は、シャッターをいつでも切れるようにしながら、魅力的な被写体を探した。
「……だから、どうして、『売れない』って、わざわざつけるのよ、範ちゃん」
「だって、それほど収入がなくてもいいっていったのは、文子のほうよ」
「そこまで貧乏がいいなんて、いってないよ。まったくもう」
とん、と、背中が誰かに触れた。不況下の夜の街とはいえ、それなりに人の流れはある。ぶつかるのも当然だった。
文子は、文句のひとつもいってやろうか、と、後ろを振り向いた。
「失礼……お嬢さん」
文子は、自分が求めていたものを見出したのを知った。
そこにいたのは、理知的な瞳の色をした、一人の美貌の若い男だったのだ。
魅力的な被写体だった。文子は、我知らずシャッターを切っていた。
「……範ちゃん、これじゃ、わたしDQNかなにかだよ」
「そうでもないでしょ。原稿を書くのが仕事の人間が、締め切り直前になったらなにをするかくらい、ちょっと想像力を駆使すればわかるでしょう」
フラッシュが焚かれ、一瞬の沈黙がふたりの間に流れた。
「おかしなお嬢さんだ」
若い男は苦笑いし、文子の手をつかんだ。
「なにを……」
「なにをとは、こちらの台詞ですよ。人の顔を勝手に撮って、肖像権の侵害もいいところだ。あなたが誰で、ぼくになにをしようとしているのかを聞くまでは、この手を離すわけには行かない」
男は片手を上げた。
「タクシー!」
ちょうど走ってきたタクシーが、ふたりの横で止まった。
文子は、抵抗もできずにタクシーの中に押し込まれた。
「範ちゃん、範ちゃんってこういう趣味があったの?」
「……えっ、だって、こうでもしないと話が進まないでしょう。ほら、続きがあるんだから、読む読む」
十五分後、ふたりはとある高級ホテルの最上階にあるレストランにいた。
文子には、初めて見る、初めて経験する世界だった。
「まずは、名前を聞かせてくれないか、お嬢さん」
男は、食前酒のグラスを傾けながら聞いてきた。
文子も、ある意味開き直って、シェリーをすすりながら答えた。
「下川文子。あやは文学の文です」
「文子さんが、どうして初対面というも愚かな男の顔の写真を?」
「……わたしは、フォト・ジャーナリストなんです。写真を撮って、記事を書くのが仕事なんです」
「それで、人をパパラッチしたわけか」
男は気を悪くしたようだった。
「パパラッチができるほど、わたしは売れてません。どちらかといえば、ちょっとした、印象的な風景を撮って、それに詩のような短文をつけて、小さなコラムにするのが仕事です」
「だいたいのところは読めてきたぞ。あなたにも、なにか事情があったんだろう」
「……明日が締め切りで、どうしても、印象的な写真を撮らなければならなかったんです」
「なるほど」
男は食前酒の杯を干した。
「ぼくは、宇奈月範。とりあえず、ここでこうなったのもなにかの縁だ。このレストランは、印象的な料理を出すことで有名だ。食べていこうじゃないか」
「……はい」
「そうしたら、今度は、さらに印象的なことをしよう。……いいかね?」
「範ちゃん! ちょっと、これ、アウト! アウトだよ!」
「えー、ここからが面白いんじゃない」
「そりゃ、恋愛小説って、そういうもんだけどさあ、品行方正な高校生が書くような内容じゃないって、絶対!」
「……そうかなあ? で、文子、わたし、小説家になれると思う?」
「なるには、そうとうの運が必要だね、範ちゃん……」
文子は小さく笑った。笑うしかなかった。原稿の締め切りは明日だった。明日までに、印象的な写真を一枚撮り、短い記事を書かねばならない。そうしなければ、今月は、不本意的なダイエット生活を送ることになるだろう。
文子は、シャッターをいつでも切れるようにしながら、魅力的な被写体を探した。
「……だから、どうして、『売れない』って、わざわざつけるのよ、範ちゃん」
「だって、それほど収入がなくてもいいっていったのは、文子のほうよ」
「そこまで貧乏がいいなんて、いってないよ。まったくもう」
とん、と、背中が誰かに触れた。不況下の夜の街とはいえ、それなりに人の流れはある。ぶつかるのも当然だった。
文子は、文句のひとつもいってやろうか、と、後ろを振り向いた。
「失礼……お嬢さん」
文子は、自分が求めていたものを見出したのを知った。
そこにいたのは、理知的な瞳の色をした、一人の美貌の若い男だったのだ。
魅力的な被写体だった。文子は、我知らずシャッターを切っていた。
「……範ちゃん、これじゃ、わたしDQNかなにかだよ」
「そうでもないでしょ。原稿を書くのが仕事の人間が、締め切り直前になったらなにをするかくらい、ちょっと想像力を駆使すればわかるでしょう」
フラッシュが焚かれ、一瞬の沈黙がふたりの間に流れた。
「おかしなお嬢さんだ」
若い男は苦笑いし、文子の手をつかんだ。
「なにを……」
「なにをとは、こちらの台詞ですよ。人の顔を勝手に撮って、肖像権の侵害もいいところだ。あなたが誰で、ぼくになにをしようとしているのかを聞くまでは、この手を離すわけには行かない」
男は片手を上げた。
「タクシー!」
ちょうど走ってきたタクシーが、ふたりの横で止まった。
文子は、抵抗もできずにタクシーの中に押し込まれた。
「範ちゃん、範ちゃんってこういう趣味があったの?」
「……えっ、だって、こうでもしないと話が進まないでしょう。ほら、続きがあるんだから、読む読む」
十五分後、ふたりはとある高級ホテルの最上階にあるレストランにいた。
文子には、初めて見る、初めて経験する世界だった。
「まずは、名前を聞かせてくれないか、お嬢さん」
男は、食前酒のグラスを傾けながら聞いてきた。
文子も、ある意味開き直って、シェリーをすすりながら答えた。
「下川文子。あやは文学の文です」
「文子さんが、どうして初対面というも愚かな男の顔の写真を?」
「……わたしは、フォト・ジャーナリストなんです。写真を撮って、記事を書くのが仕事なんです」
「それで、人をパパラッチしたわけか」
男は気を悪くしたようだった。
「パパラッチができるほど、わたしは売れてません。どちらかといえば、ちょっとした、印象的な風景を撮って、それに詩のような短文をつけて、小さなコラムにするのが仕事です」
「だいたいのところは読めてきたぞ。あなたにも、なにか事情があったんだろう」
「……明日が締め切りで、どうしても、印象的な写真を撮らなければならなかったんです」
「なるほど」
男は食前酒の杯を干した。
「ぼくは、宇奈月範。とりあえず、ここでこうなったのもなにかの縁だ。このレストランは、印象的な料理を出すことで有名だ。食べていこうじゃないか」
「……はい」
「そうしたら、今度は、さらに印象的なことをしよう。……いいかね?」
「範ちゃん! ちょっと、これ、アウト! アウトだよ!」
「えー、ここからが面白いんじゃない」
「そりゃ、恋愛小説って、そういうもんだけどさあ、品行方正な高校生が書くような内容じゃないって、絶対!」
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NoTitle
どうぞご無理はなさらずに……
NoTitle
気を使い過ぎだよ。
本当にポールは、いい人プラス真面目だ。
NoTitle
カネがないので30分260円の範囲内でがんばってます。
コメントにはかならずお返事いたしますのでどうかご猶予を。
ちなみに小説のほうは年代もののワープロ専用機でテキストファイルをこしらえてなんとか書いています。ネカフェのPCがフロッピを読んでくれなかったらアウトだったぜひぃひぃ。