「範子と文子の驚異の高校生活(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)」
範子と文子の三十分一本勝負(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)
範子と文子の三十分一本勝負:FIGHT・57
「…………っ」
薄暗い教室。彼女は目を覚ました。机には、小さなチューブが載っている。ヘア・カラーだった。髪を黒く染めるものだ。
誰もいない、がらんとした教室を見渡した。さすがに、夕方ともなると、さびしいものだ。
帰るとするか……。
彼女は、鞄を取って立ち上がろうとした。
なかった。
鞄がなかった。
たぶん、親友が持っていったんだろう。まったくあの娘は……。
あの娘?
彼女は、名前が思い出せないことをいぶかしく思った。
なんていったっけ。範子だっけ……文子だっけ……。
彼女は凍りついた。
わたしは誰だ?
思い出せなかった。
記憶喪失だろうか。彼女は、乱れる心を意志の力で抑えながら、なんとか論理的に考えようと努めた。
わたしは、宇奈月範子か、下川文子のどちらかだ。それはわかっている。
しかし、どちらなのかがわからない。
彼女は、自分の髪を見た。
黒かった。
宇奈月範子は、日本人にしてはどこか金色がかった髪であるのに対し、下川文子は、烏の濡れ羽色という形容がぴったりの黒髪だ。
だったら、わたしは下川文子だと考えて、間違いないだろう。
だが。
彼女は、机に置かれたヘア・カラーのチューブを眺めた。
もしも、わたしがこれを使ったとしたら、わたしは宇奈月範子である可能性もありうる。
鏡。
だめだ。宇奈月範子も、下川文子も、鏡を持ち歩いてはいるが、どちらも鞄の中に入れている。
彼女は窓を眺めた。
ガラスは全て取り外されていた。教室をどうとかするということで、一時的に外されているのだ。
自分の顔が満足に映るようなものはなにもない。
誰だ。
わたしは誰だ。
そういえば、と彼女は思い出した。
フランスの小説家、セバスチャン・ジャプリゾのミステリーに、シンデレラの罠、という作品がある。
探偵で被害者で証人で犯人、という一人四役を狙った、大胆な作品だった。
ある娘が、瓜二つの娘を殺してその娘に成りすますのだが、その過程において記憶を失ってしまい、自分がどちらの娘なのかわからなくなってしまう、という筋だ。
自分もそれと同じだ。
だが、論理的思考を積み重ねていけば、真相にたどりつけるはずだ。
自分が座っている席は、下川文子の席で間違いない。
やっぱりわたしは、下川文子なのか。
だが、宇奈月範子は、下川文子のことが好きである、という態度を鮮明にしている。
そうなると、下川文子の席に座っていたとしてもおかしくはない。
だめだ。論理的思考にも、限界がある。
彼女は立ち上がった。
出よう。とにかく、この教室を出よう。出て、鏡を探そう。
だが……。
わたしは、鏡を見て、自分の顔を判別できるだろうか?
怖い。
わたしはすごく怖い……。
よろよろと、彼女は教室の出口へ向かった。
扉に手をかける。
しかし、力を入れる前に、扉はすっと開いた。
目の前に、見慣れた顔があった。手には、鞄を二つ持っていた。
その瞬間、彼女は全てを思い出した。
体育館に、ふたりで鞄を置き忘れてきたのを、この親友が取ってきてくれたのだ。
しかし、それはもうどうでもよかった。
彼女は、不思議そうな顔をしている親友の首にかじりつき、ただひたすら、泣き続けた……。
薄暗い教室。彼女は目を覚ました。机には、小さなチューブが載っている。ヘア・カラーだった。髪を黒く染めるものだ。
誰もいない、がらんとした教室を見渡した。さすがに、夕方ともなると、さびしいものだ。
帰るとするか……。
彼女は、鞄を取って立ち上がろうとした。
なかった。
鞄がなかった。
たぶん、親友が持っていったんだろう。まったくあの娘は……。
あの娘?
彼女は、名前が思い出せないことをいぶかしく思った。
なんていったっけ。範子だっけ……文子だっけ……。
彼女は凍りついた。
わたしは誰だ?
思い出せなかった。
記憶喪失だろうか。彼女は、乱れる心を意志の力で抑えながら、なんとか論理的に考えようと努めた。
わたしは、宇奈月範子か、下川文子のどちらかだ。それはわかっている。
しかし、どちらなのかがわからない。
彼女は、自分の髪を見た。
黒かった。
宇奈月範子は、日本人にしてはどこか金色がかった髪であるのに対し、下川文子は、烏の濡れ羽色という形容がぴったりの黒髪だ。
だったら、わたしは下川文子だと考えて、間違いないだろう。
だが。
彼女は、机に置かれたヘア・カラーのチューブを眺めた。
もしも、わたしがこれを使ったとしたら、わたしは宇奈月範子である可能性もありうる。
鏡。
だめだ。宇奈月範子も、下川文子も、鏡を持ち歩いてはいるが、どちらも鞄の中に入れている。
彼女は窓を眺めた。
ガラスは全て取り外されていた。教室をどうとかするということで、一時的に外されているのだ。
自分の顔が満足に映るようなものはなにもない。
誰だ。
わたしは誰だ。
そういえば、と彼女は思い出した。
フランスの小説家、セバスチャン・ジャプリゾのミステリーに、シンデレラの罠、という作品がある。
探偵で被害者で証人で犯人、という一人四役を狙った、大胆な作品だった。
ある娘が、瓜二つの娘を殺してその娘に成りすますのだが、その過程において記憶を失ってしまい、自分がどちらの娘なのかわからなくなってしまう、という筋だ。
自分もそれと同じだ。
だが、論理的思考を積み重ねていけば、真相にたどりつけるはずだ。
自分が座っている席は、下川文子の席で間違いない。
やっぱりわたしは、下川文子なのか。
だが、宇奈月範子は、下川文子のことが好きである、という態度を鮮明にしている。
そうなると、下川文子の席に座っていたとしてもおかしくはない。
だめだ。論理的思考にも、限界がある。
彼女は立ち上がった。
出よう。とにかく、この教室を出よう。出て、鏡を探そう。
だが……。
わたしは、鏡を見て、自分の顔を判別できるだろうか?
怖い。
わたしはすごく怖い……。
よろよろと、彼女は教室の出口へ向かった。
扉に手をかける。
しかし、力を入れる前に、扉はすっと開いた。
目の前に、見慣れた顔があった。手には、鞄を二つ持っていた。
その瞬間、彼女は全てを思い出した。
体育館に、ふたりで鞄を置き忘れてきたのを、この親友が取ってきてくれたのだ。
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NoTitle
う~ん、むづかしいですね。どっち?
PC,帰ってくるんですね?
しかし、この状況で毎日の更新、すごいです。
PC,帰ってくるんですね?
しかし、この状況で毎日の更新、すごいです。
NoTitle
うーん。
自分さえわからないのに、
範子と文子の特徴もよく知っている。
フランスの小説家、セバスチャン・ジャプリゾのミステリーを
覚えているの。
倫理がぶっ飛び過ぎだと思う
視点を変えれば、ポールの今の状態がいかに大変なのか、
よくわかる作品かもね。
自分さえわからないのに、
範子と文子の特徴もよく知っている。
フランスの小説家、セバスチャン・ジャプリゾのミステリーを
覚えているの。
倫理がぶっ飛び過ぎだと思う

視点を変えれば、ポールの今の状態がいかに大変なのか、
よくわかる作品かもね。

- #1522 ぴゆう
- URL
- 2010.06/29 18:51
- ▲EntryTop
NoTitle
PCショップから電話。明日の夜にはPCのオーバーホールを終えて返却できる由。
じゃあ、今日さえ更新すれば、毎日更新が続くじゃ~ん!
と考えてネカフェから更新中。
単に依存症ともいう(笑)。
じゃあ、今日さえ更新すれば、毎日更新が続くじゃ~ん!
と考えてネカフェから更新中。
単に依存症ともいう(笑)。
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NoTitle
しかも、なんか難しいです;こんがらがる;
え?結果的にというかどっちだったんですか!?