「範子と文子の驚異の高校生活(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)」
範子と文子の三十分一本勝負(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)
範子と文子の三十分一本勝負:FIGHT・72
空中をなにかが飛んで行く。文子はつまらなそうにそれをつかまえた。
「範ちゃん……また一匹いたよ」
「箱に入れといて」
範子は捕虫網を振り回していた。
放課後の紅恵高校の教室。もとよりそのような狼藉が行なわれていていい場所ではない。
「範ちゃん、何匹ここにいるの?」
夏である。教室は蒸し風呂のようになっていた。しかし窓という窓、扉という扉は全て閉ざされ、ご丁寧なことに目張りまでしてある。
「正確に六十四匹よ。これまで五十三匹捕まえたから……あと十一匹ね」
「ねえ」
文子は額に浮かんでくる汗をぬぐった。
「もういいかげんにして、範ちゃんの会社の人たちを呼んでこない?」
「そうもいかないのよ。これを逃がしたと知ったら、わたしの責任問題だから」
範子は捕虫網を武器のように構え、この教室内のどこかにいるであろう相手を血眼で捜した。
「で、聞きたいんだけど……範ちゃん、これ、なんなの?」
「それは」
範子は声を潜めた。
「『旧きもの』よ」
「ふるきもの?」
「そう。旧きもの。それ以外には、わたしもなにも教えられていないわ」
ゆっくりと空を飛ぶその小さな生き物(?)を探して、文子は机の下を覗き込んだ。
「ふうん。それで、それを逃がすと、どうなるの?」
「わからない」
範子ははっきりとそういった。
「え?」
「わからないのよ。なにも伝承が残っていないの。いいことが起こるのか、悪いことが起こるのかもわからない。わかる?」
また一匹をつかまえた文子は、手にしたそれをまじまじと見た。
「これって……そんなにわけのわからないものなの? そりゃあたしかにわけのわからない姿をしているけどさあ」
その通りだった。この……『旧きもの』とやらは……形容など超越した姿をしていたのである。
「でも、なにが起こるかわからないなら……」
「いい? 文子」
網でまた一匹を捕まえた範子は、文子に噛んで含めるように説明した。
「この世の中、いろいろと問題はあるけれど、まあまあうまく進んでいるわよね」
「うん」
「だったら、新たに、なにが起こるかわからない、という状況をわざわざさらに付け加えることもない、と思わない? 破滅的な事態が起こってからでは遅いんだから」
「わかる……ような気がするけど……」
「じゃあ、最後の一匹まで捕まえてくれるわね」
「うん……」
「まったく、わたしがこれを入れた容器さえひっくり返さなければ、こんなことには……」
範子はぶつぶつとこぼした。
文子はさらに一匹捕まえ、範子の用意した箱に入れた。ガラスのような透明な物質でできたこの箱には、なにか仕掛けがしてあるらしく、放り込んだその「旧きもの」は、たちまちのうちにおとなしくなってしまうのだった。
「でも、範ちゃん……そんなすごいものを、どうしてこの学校へ持ってきて、どうして蓋を開けたりしたの……?」
「成り行きよ」
「成り行きって」
「そんなことどうでもいいから、早くさっさと捕まえて!」
三十分後、無事、すべての「旧きもの」は箱に納められた。
「ふう。これでいいわね。じゃ、文子も、ありがとう。窓の目張りを外して、さっさと帰ることにしましょう」
文子は釈然としない気持ちで窓を開け、外気を取り入れてから、再び窓を閉めた。帰るのだから当然だ。
「範ちゃん……」
「なあに?」
「なんでもない……」
文子は思う。
考えてみれば、世の中の全てのことというのは、この「旧きもの」を捕まえる行為のようなものではないか? 誰もが、「どういう影響を与えるかわからない」ことを行なっては、それを可能な限り「世界になにも予想外の影響を及ぼさないように」しようとしている。
そんな中でも、歴史は動き、世界は動く……。
あたかも日ごろの行為の中から逃げ出したなにかが、世界を激動させるかのごとく。
なんとなく考え込んでしまう文子であった。
「範ちゃん……また一匹いたよ」
「箱に入れといて」
範子は捕虫網を振り回していた。
放課後の紅恵高校の教室。もとよりそのような狼藉が行なわれていていい場所ではない。
「範ちゃん、何匹ここにいるの?」
夏である。教室は蒸し風呂のようになっていた。しかし窓という窓、扉という扉は全て閉ざされ、ご丁寧なことに目張りまでしてある。
「正確に六十四匹よ。これまで五十三匹捕まえたから……あと十一匹ね」
「ねえ」
文子は額に浮かんでくる汗をぬぐった。
「もういいかげんにして、範ちゃんの会社の人たちを呼んでこない?」
「そうもいかないのよ。これを逃がしたと知ったら、わたしの責任問題だから」
範子は捕虫網を武器のように構え、この教室内のどこかにいるであろう相手を血眼で捜した。
「で、聞きたいんだけど……範ちゃん、これ、なんなの?」
「それは」
範子は声を潜めた。
「『旧きもの』よ」
「ふるきもの?」
「そう。旧きもの。それ以外には、わたしもなにも教えられていないわ」
ゆっくりと空を飛ぶその小さな生き物(?)を探して、文子は机の下を覗き込んだ。
「ふうん。それで、それを逃がすと、どうなるの?」
「わからない」
範子ははっきりとそういった。
「え?」
「わからないのよ。なにも伝承が残っていないの。いいことが起こるのか、悪いことが起こるのかもわからない。わかる?」
また一匹をつかまえた文子は、手にしたそれをまじまじと見た。
「これって……そんなにわけのわからないものなの? そりゃあたしかにわけのわからない姿をしているけどさあ」
その通りだった。この……『旧きもの』とやらは……形容など超越した姿をしていたのである。
「でも、なにが起こるかわからないなら……」
「いい? 文子」
網でまた一匹を捕まえた範子は、文子に噛んで含めるように説明した。
「この世の中、いろいろと問題はあるけれど、まあまあうまく進んでいるわよね」
「うん」
「だったら、新たに、なにが起こるかわからない、という状況をわざわざさらに付け加えることもない、と思わない? 破滅的な事態が起こってからでは遅いんだから」
「わかる……ような気がするけど……」
「じゃあ、最後の一匹まで捕まえてくれるわね」
「うん……」
「まったく、わたしがこれを入れた容器さえひっくり返さなければ、こんなことには……」
範子はぶつぶつとこぼした。
文子はさらに一匹捕まえ、範子の用意した箱に入れた。ガラスのような透明な物質でできたこの箱には、なにか仕掛けがしてあるらしく、放り込んだその「旧きもの」は、たちまちのうちにおとなしくなってしまうのだった。
「でも、範ちゃん……そんなすごいものを、どうしてこの学校へ持ってきて、どうして蓋を開けたりしたの……?」
「成り行きよ」
「成り行きって」
「そんなことどうでもいいから、早くさっさと捕まえて!」
三十分後、無事、すべての「旧きもの」は箱に納められた。
「ふう。これでいいわね。じゃ、文子も、ありがとう。窓の目張りを外して、さっさと帰ることにしましょう」
文子は釈然としない気持ちで窓を開け、外気を取り入れてから、再び窓を閉めた。帰るのだから当然だ。
「範ちゃん……」
「なあに?」
「なんでもない……」
文子は思う。
考えてみれば、世の中の全てのことというのは、この「旧きもの」を捕まえる行為のようなものではないか? 誰もが、「どういう影響を与えるかわからない」ことを行なっては、それを可能な限り「世界になにも予想外の影響を及ぼさないように」しようとしている。
そんな中でも、歴史は動き、世界は動く……。
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NoTitle
こんばんは。茶倶楽と申します。ご来訪ありがとうございました。
不思議な雰囲気の物語ですね。じっくりと読み返してみます。
不思議な雰囲気の物語ですね。じっくりと読み返してみます。
NoTitle
えっとつまり・・・
自分が予期していないことでも世界を動かしいている可能性があると
そういうことですか?
自分が予期していないことでも世界を動かしいている可能性があると
そういうことですか?
- #1604 ねみ(What!?)
- URL
- 2010.07/16 00:34
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Re: 茶倶楽さん
この「範子文子」シリーズ、いつもはもっとバカなのですが……(^^;)
たまにはちょっと思索みたいなものも、と思いまして失敗してしまった(笑)
やりつけないことはやるもんじゃなかったです。