「範子と文子の驚異の高校生活(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)」
範子と文子の三十分一本勝負(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)
範子と文子の三十分一本勝負:FIGHT・85
「なにかがいるわけよ」
紅恵高校、2‐A教室。夏期講習の本日の分も終わり、しばしの休息をとる範子と文子であった。
「なにかがね、文子」
範子は自販機で買ってきたヨーグルトドリンクをストローで飲みながくりかえした。
「なにかって、なにが?」
文子もまた、自販機で買ってきたヨーグルトドリンクをすすっていた。こちらには、「いちご」と書いてある。
「わからないけれど、なにかよ」
飲み終えたパックをていねいに潰した範子は、文子のそれも受け取ると、同じくていねいに潰してゴミ箱へ向かった。
放り入れる。
無事ゴミ箱に入ったことを確認し、手をパンパンと鳴らした。
「これでよし」
「でさ」
律儀にゴミ箱までついてきた文子が、不思議そうに尋ねた。
「その、なにかっていうのは、なにをするの? なにか、悪いことをするの?」
「いいえ」
範子は首を振った。
「悪いことはなにもしないわ。ただ、笑うだけ」
「笑う?」
「そうよ」
ふたりは自分の席へ戻ってきた。
「わたしが悲しかったり、落ち込んだりしているときに、その、なにかは現れるの。現れるというより、わたしの心の中に出てくる、といったほうがいいかなあ」
「ふうん」
文子はうなずいた。
「それで、笑うの?」
「そう。笑うの。とても楽しそうに笑うの。その笑い声を聞いていると、わたしもだんだん楽しく、おかしくなってきて、元気になるの」
「へえ」
「名前も付けてないし、だいいちわたしの心の中に出てくるものだから、ぜんぶわたしの想像かもしれないし」
「想像だとしたら、どうする?」
「どうしもしないわ。心の反応の一形態だろうと思って、納得はするだろうけどね」
「じゃ、もしも、そういう存在が、ほんとに実体を持って存在していたら?」
「嬉しいわね。ほんとに、心の底から嬉しい。抱きしめてキスとかしちゃいそう」
「そうなんだ」
さらにうなずきながら、文子は、範子をうらやましく思った。
「そういう存在がいるからなんだ、範ちゃんがいつも前向きなのは」
「前向きかどうかは別だけどね。今は、わたしは、ソクラテスがそばで飼っていた、精霊の一種だと思っているわ。ソクラテスは、自分が、なにかしてはいけないことをしようとすると、耳元で、『ダメ!』とささやいてくれる精霊がついていたっていうし、その一種だとか親戚だったらいいな、って」
「その笑い声は、いつまで続くの、範ちゃん?」
「わたしが立ち直り、一緒に笑うまでね」
「ほんとに、範ちゃんを励ますためにいるんだね! いいな! わたしにもそういう精霊さん、ついてくれないかなあ」
「こればかりは無理よ。ほんとに、わたしの想像かもしれないしね」
そのまま、ふたりはしばらく黙っていた。
やがて、文子が口を開いた。
「ところで、きのうテレビでやっていた、お笑いコンビ、見た?」
「あっ、それは知らない。どんなの?」
「面白いよ。二人でやるコントで、ひとりが……」
そこまでいって、文子は、はっと黙った。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ。ただ、面白いから、見たほうがいいよ」
「コンビ名がわからなくちゃ探しようがないわよ」
文子は何食わぬ顔でコンビ名をしゃべったが、同時に範子についている精霊についても考えざるを得なかった。
『あのお笑いコンビ、ひとりが不幸になっていくのに、もう一方がツッコミまくるのが売りなのよね』
とすると……。
その「なにか」は、単純に範子の不幸が面白いから笑っていただけではなかったのか?
範子が笑い出すのと同時に笑うのが止まることといい……。
他人の不幸は蜜の味、というやつだろうか?
この想像を、範子に告げるかどうしようか、本気で迷ってしまう文子であった。
紅恵高校、2‐A教室。夏期講習の本日の分も終わり、しばしの休息をとる範子と文子であった。
「なにかがね、文子」
範子は自販機で買ってきたヨーグルトドリンクをストローで飲みながくりかえした。
「なにかって、なにが?」
文子もまた、自販機で買ってきたヨーグルトドリンクをすすっていた。こちらには、「いちご」と書いてある。
「わからないけれど、なにかよ」
飲み終えたパックをていねいに潰した範子は、文子のそれも受け取ると、同じくていねいに潰してゴミ箱へ向かった。
放り入れる。
無事ゴミ箱に入ったことを確認し、手をパンパンと鳴らした。
「これでよし」
「でさ」
律儀にゴミ箱までついてきた文子が、不思議そうに尋ねた。
「その、なにかっていうのは、なにをするの? なにか、悪いことをするの?」
「いいえ」
範子は首を振った。
「悪いことはなにもしないわ。ただ、笑うだけ」
「笑う?」
「そうよ」
ふたりは自分の席へ戻ってきた。
「わたしが悲しかったり、落ち込んだりしているときに、その、なにかは現れるの。現れるというより、わたしの心の中に出てくる、といったほうがいいかなあ」
「ふうん」
文子はうなずいた。
「それで、笑うの?」
「そう。笑うの。とても楽しそうに笑うの。その笑い声を聞いていると、わたしもだんだん楽しく、おかしくなってきて、元気になるの」
「へえ」
「名前も付けてないし、だいいちわたしの心の中に出てくるものだから、ぜんぶわたしの想像かもしれないし」
「想像だとしたら、どうする?」
「どうしもしないわ。心の反応の一形態だろうと思って、納得はするだろうけどね」
「じゃ、もしも、そういう存在が、ほんとに実体を持って存在していたら?」
「嬉しいわね。ほんとに、心の底から嬉しい。抱きしめてキスとかしちゃいそう」
「そうなんだ」
さらにうなずきながら、文子は、範子をうらやましく思った。
「そういう存在がいるからなんだ、範ちゃんがいつも前向きなのは」
「前向きかどうかは別だけどね。今は、わたしは、ソクラテスがそばで飼っていた、精霊の一種だと思っているわ。ソクラテスは、自分が、なにかしてはいけないことをしようとすると、耳元で、『ダメ!』とささやいてくれる精霊がついていたっていうし、その一種だとか親戚だったらいいな、って」
「その笑い声は、いつまで続くの、範ちゃん?」
「わたしが立ち直り、一緒に笑うまでね」
「ほんとに、範ちゃんを励ますためにいるんだね! いいな! わたしにもそういう精霊さん、ついてくれないかなあ」
「こればかりは無理よ。ほんとに、わたしの想像かもしれないしね」
そのまま、ふたりはしばらく黙っていた。
やがて、文子が口を開いた。
「ところで、きのうテレビでやっていた、お笑いコンビ、見た?」
「あっ、それは知らない。どんなの?」
「面白いよ。二人でやるコントで、ひとりが……」
そこまでいって、文子は、はっと黙った。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ。ただ、面白いから、見たほうがいいよ」
「コンビ名がわからなくちゃ探しようがないわよ」
文子は何食わぬ顔でコンビ名をしゃべったが、同時に範子についている精霊についても考えざるを得なかった。
『あのお笑いコンビ、ひとりが不幸になっていくのに、もう一方がツッコミまくるのが売りなのよね』
とすると……。
その「なにか」は、単純に範子の不幸が面白いから笑っていただけではなかったのか?
範子が笑い出すのと同時に笑うのが止まることといい……。
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