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    昔話シリーズ(掌編)

    詩人になりたかった詩人の昔話

     ←輪ゴム →小話 子授け観音
     詩が好きだって? 書くのも好き?
     いや、お前には詩作というものがわかっていない!
     なんだか知らんが小さなことでうじうじしているようで、詩なんか書けるわけがないだろう!
     これからお前に詩作における態度というものを一時間だな……。
     まずは昔話からだ。昔、昔……。

     昔、昔、あるところに、詩を聞くことが大好きな男がおりました。
     毎日、毎日、男は詩を聞いて過ごしていました。無学な男は、字を読むことができなかったため、一冊だけ持っていた、ぼろぼろになった詩集を教会の神父様のもとへ持っていっては、読んでもらっていたのです。
     そうして読んでもらっているうちに、男の心の中には、自分も詩を作りたいという、熱いなにかが芽生えてきたのでした。
     しかし、男は無学で、文字を読むことも綴ることもできませんでした。しゃべり、歌うことはできましたが、それでも、歌って暮らす詩人になるためには、声もまずく、しかも、長文の叙事詩をつっかえずに淀みなく歌うためには、ものを覚える力が足りませんでした。
     それでも、男は、どうしても詩人になりたかったのでした。
     いてもたってもいられず、男は、貧しい家と家財を処分すると、詩集を手に、ひとり都へと向かったのでした。都では、詩がさかんに歌われていると聞いたからです。
     都にたどりついた男は、物珍しそうに、人でいっぱいの大通りを歩いておりました。
     海が見える都では、ちょっと歩くと、潮の香りが漂ってきます。男はそれを胸いっぱいに吸い込みました。
     ふと見ると、店の一角で、喧嘩騒ぎが起こっておりました。
     喧嘩といっても、それは体のいいなぶりものに過ぎませんでした。山のような体躯を持つ巨漢が、顔を青ざめさせて抵抗もできないやせっぽちの男を小突き回していたのです。
     それを見て、男はかっとなりました。
     旅の荷物を結わえた棒を握り締め、巨漢のもとへ足を踏み出そうとしました。
     誰かが、男の肩を押さえました。
    「やめとくんだな。あのでかいやつ、誰だかわかってるのか? この都でも一番の怪力の、拳闘のチャンピオンだよ。ああやってはいるが、やつも人殺しにはなりたくないだろうから、いくらなんでも、あのやせた男を殺しやしまい。だから、ここは見ているほうがいい」
    「拳闘のチャンピオンでもなんでも、知ったことか! おれはあのでかいのが気に食わないんだ!」
     男は棒切れを振り回して、巨漢の頭に一発を見舞いました。
     拳闘のチャンピオンというだけあって、巨漢は痛みもなにも感じなかったようでした。
     巨漢は牛ほどもある首をぐいと曲げ、男をにらみ、にやにやと笑いました。
    「おい、貴様、こんなことして、ただで済むと思ってるのか、ええ?」
    「そんなことどうだっていい。そのやせた男を放せ!」
     男は棒切れをぶんぶん振り回しました。
     巨漢は棒を頭で受けました。棒はぺきりとへし折れました。巨漢は男に、弓なりに拳を見舞いました。男は一撃でのされました。
     巨漢は、おもしろくなさそうに、地面につばを吐き捨てると、のっしのっしと店を後にしました。

     男は、ベッドの中で気がつきました。
     顔中青あざだらけになった、さっきのやせっぽちの男が、心配そうに男を見下ろしていました。
    「やあ」
     やせっぽちはぎこちなくほほえみました。
    「やあ」
     男もぎこちなく答えました。
    「さっきは、助けてくれて、ありがとう」
    「助けたわけじゃねえ。おれはあのでかいのが気に食わなかった。だからやった。それだけだ」
    「じゃあ、そうしておこうか」
     やせっぽちは苦笑しました。
    「自己紹介をしておこうか。ぼくは、この都で、詩人をしている……」
     詩人、ときいたとたん、男はがばっとベッドから跳ね起きました。
    「詩人? 詩人だって? だったらお願いだ、詩を聞かせてくれ!」
     やせっぽちの男……やせっぽちの詩人は、肩をゆすぶられて目を白黒させました。
    「わかった。わかった。わかったから。ええと、なにがいいかな。ピンダルム クィスクィス ストゥデット アエムラーリィ……」
     今度目を白黒させるのは男のほうでした。
    「なんだい、その呪文みたいなのは」
    「詩だよ」
     詩人は、朗唱を途中でさえぎられて、ちょっと気分を害したようでした。
    「そんなものの、どこが詩だい。いいか、詩ってえのは……ええと、どこだ」
     男は、枕元においてあった自分の荷物を解くと、中から、自分のお気に入りの詩集を取り出しました。
     詩人は、ページをめくると、ふん、と笑いました。
    「なんだこりゃ。民謡の本じゃないか」
    「民謡……?」
    「田舎はともかく、この都で、こんなもの読んでたら笑われるぜ。いいかい、ほんとうの詩ってものは、古代の雅な言葉を使って歌われるものなんだ」
     男は頑固でした。
    「雅かどうかなんて、知ったことじゃない。要は、人の心に染み入って、揺さぶることができるかどうかだろう。あんたの詩とやらで、この都の人間の、どれくらいを感激させることができるってんだ。ひとりもいるわきゃねえ。ええ? そうだろ?」
     詩人は、首をかしげました。
    「そういわれれば、そうかなあ……貴族と、市民の一部くらいかなあ……わかってくれるのは……」
     ぼんやりと考えていた詩人は、はっとすると首を振りました。
    「そんなこと、どうだっていい! ぼくは、わかってくれる人がわかってくれる詩が作れればいい!」
    「はん、どうせそんなことだろうと思ってたよ。じゃ、おれは出て行くからな。あばよ!」
     立ち上がりかけた男は、顔をしかめると、急に頭を押さえてベッドに崩折れました。
    「いわんこっちゃない。あのチャンピオンの拳を受けると、一週間は寝込むって評判だからなあ。おい、君、行く場所は、今夜泊まるあてはあるのか?」
     男は苦しい息の下から首を振りました。
    「しかたない」
     詩人は肩をすくめました。
    「しばらく、この家で養生してくれよ。この街は、金のないやつには冷たいところだからな」
    「ひ、ひとつ頼みが……」
    「なんだよ」
    「その本を読んでくれ……」
     男は本格的にぐったりとしました。
     詩人はまたも肩をすくめると、男を寝かせ、本を開くと読み始めました。

     五日が過ぎました。
     男は、なんとか部屋を歩けるくらいには回復しました。
     詩人は、あれほど馬鹿にしていた民謡の本を、じっくりと読むようになっていました。
     ベッドの男に、粗野な恋の歌を読み聞かせた後で、詩人は本を閉じました。
    「……どうしたんだ。もっと読んでくれよ」
    「……いや。ぼくは、これまで、民謡というものを、完全に見くだしていたんだが」
     詩人は首を振りました。
    「民謡というものも、これでなかなか、面白くて興味深い」
    「決まってるじゃねえか。あんな呪文かお経みたいなものなんかより、どれだけいいものか、ちょっとでもおつむがあればわかりそうなもんだ」
     男の断言に、詩人は苦笑しました。
    「手すさびに、こうした俗謡をいくつか作ろうと思ったんだが……意外と難しいな。どのような定型を踏めばいいのだか、よくわからない」
    「テイケイ? テイケイってなんだ?」
    「なんだ、そんなことも知らないのか。詩の、守るべき決まった文体だよ。古来より詩というものは、歌だから、音韻の定型を踏んで……」
    「つまらねえな。そんなこと考えるのやめちまったほうが、どれだけすっきりするかわからないんじゃないのか?」
    「定型を……無視するって?」
     詩人は愕然としてつぶやきました。
    「そうだよ。だから、あんたはそんな息苦しい顔をしてるんだ」
    「ぼくの顔は息苦しいか」
    「あんただけじゃねえ。この都に住んでいる人間の顔は、みんな、息が詰まったような顔をしてやがる……」
     男は明り取りの窓を見ました。
    「外、行きてえな。連れてってくれねえか?」

     外へ行くと、男は、詩人に、拳闘の勝負はどこでやるのか尋ねました。
    「勝負じゃなくて、試合っていうんだが……。まあいいや。闘技場だよ。そこへ行けば、毎日試合をやっている」
     男は、詩人に買ってもらった、昼食のりんごを、がりがりとかじりながら闘技場へ行きました。
     そこでは、まさに試合の真っ最中でした。チャンピオンの巨漢が、同じく巨体の挑戦者を、一方的に殴りつけていました。
    「勝負は決まったも同然だな……」
     詩人はつぶやきました。
     男はりんごをかじっていました。
     詩人がつぶやいてから十秒としないうちに、挑戦者はノックアウトされ、闘技場の床にはいつくばっていました。
     審判が、チャンピオンの勝ちを宣言し、場内はどよめきました。
     チャンピオンは勝利を感謝するかのように手を掲げると、闘技場内に響き渡るような声で怒鳴りました。
    「さあ、これで三十八連勝だ! 三十九人目になりたい挑戦者候補はいるか!」
     そのとき、りんごの芯がチャンピオンの頭に当たりました。
     チャンピオンがそちらの方向を見ると、五日前にのした、あの田舎者の男が、立ち上がってこちらを指差しているではありませんか。
    「おれが挑戦する! 貴様を拳闘でのしてやるぜ!」
     時ならぬ無謀な挑戦者に、場内は一瞬、しんと静まり返ると、ざわざわとし始めました。
     男は周囲の様子などなにも気にせずに叫びました。もちろん、詩人は止めようとしましたが、チャンピオンがにらんでいるのを知ると、身を伏せてしまったのでした。
    「最初に見たときから、貴様は気に食わなかったんだ! 堂々と殴れるんだから、これ以上の幸いはないや! このいんちき野郎の卑怯者、おれの挑戦を受けるか!」
     その身の程知らずのののしりを聞き、チャンピオンは烈火のごとく怒りました。
     十分後。
     男は、三日後の次の試合における挑戦者となったのでした。

    「なにをやってるんだよ君!」
     詩人は何度となく、男を思いとどまらせようとしましたが、男は聞く耳を持ちませんでした。
    「君は、拳闘どころか、運動といえば農作業しかやったことがないそうじゃないか! いいか、ぼくも行くから、謝って許してもらえよ。なあ?」
    「おれはやつが嫌いなんだ」
     それが男の答えでした。
     試合開始一時間前になって、とうとう詩人は男を説得するのをあきらめました。
     やがて試合開始の銅鑼が鳴りました。
     試合は……試合なんてものではありませんでした。五秒とたたないうちに、男は殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、血まみれのでく人形のように闘技場の中に倒れていました。
    「いわんこっちゃない」
     詩人は、ぼやきながら、家まで担架を運んでくれた人夫にお金を払いました。
     男を自分のベッドに寝かせた詩人は、男が完全に意識を失っているらしいことを確認すると、このところいっこうに進んでいなかった自作の叙事詩にとりかかることにしました。
     古語をひねっていたものの、一行も書けなかった詩人は、ちらりと男を見ると、ペンを取りました。
     詩人は夜遅くまで筆を走らせました。

     月が中天に差し掛かった真夜中に、詩人は目を覚ましました。書いているうちに眠ってしまったのでしょう。
     自分の醜態に苦笑いしながら、詩人はベッドのほうを見ました。
     ベッドは空でした。
     詩人は、書きかけの叙事詩もそのままに、家を飛び出すと、男を探し回りました。
     男の姿を見つけたのは、港の湾にかかる桟橋の上でした。
    「なにをしているんだよ! 自分がどれだけ殴られたのか知っているのか!」
    「……月」
     男は、湾に移る月を指差しました。
    「え?」
    「きれいだ……とてもきれいだ……」
     男は、ふらふらと立ち上がり、そちらへ歩きました。
    「きれいだ……」
     男は、海へ飛び込み、そちらへ泳ぎだし……沈んで、二度と浮いてきませんでした。
     詩人もまた、海へ飛び込み、男を助けようとしましたが、暗くて、なにも見つけることはできませんでした。
     詩人は岸へ這い上がり、肩で息をつきながら、振り返って、闇に浮かぶ月を見ました。
    「きれいだ……」
     詩人はつぶやき、そして、肩を震わせて泣きました。

     民謡や俗謡の表現を大胆に取り込み、これまでの詩人や文人が誰ひとり見向きもしなかった俗語を使って、目もくらむような絢爛たる一大叙事詩を書き上げた詩人は、いつの間にか、国を代表する国民的詩人と呼ばれるようになっていました。
     しかし、詩人は、その詩を褒め称える人々に対して、常に、これは、自分の先生の教えによるものだ、自分はそれを忠実に守っただけにすぎない、と答えるのでした。
     その先生というのは誰ですか、という問いに、詩人はこう答えました。
    「わたしよりもはるかに、詩というものがわかっていて、身体を張って詩を表現した人です。あんな人は、もう二度と出てこないでしょう」
     老いたとき、病床にあった詩人は、遺言として、先生と詩を語り合いたいから、自分の遺骸を水葬にして湾に沈めてくれ、と頼みました。
     周囲のものは首をひねりながらも、詩人のいうとおりにしました。
     だから詩人は今も湾の底で眠っています。

     いいか、詩というものはこのくらいめちゃくちゃな人間でなくては歴史に残る作品を生み出すことはできんのだ。
     それをお前は小さなことでうじうじうじうじと……。
     え? なに? おれが研究室の冷蔵庫に取っておいたババロアを食っちまった?
     貴様、あのババロアはなあ……。
     あのババロアはなあ……。
     許さん。
     絶対に許さん。
     たとえ天地が裂けようとも許さん。逃げるな、この!
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    ~ Comment ~

    Re: YUKAさん

    ある人に、この話における最初と最後の部分は蛇足だといわれました。

    わたしもそう思いました(^^;)

    というわけでここからフォーマットが変わるであります。

    こんばんは^^

    いいですね。
    なんだか切ない気分になりましたよ~^^
    男と詩人は、海の底で詩を語っていますかね?
    ラストのババロアにも笑っちゃいましたけど^^

    Re: 茶倶楽さん

    いやわたし、バカでアップテンポのギャグ小説も好きですが、こういう系統も好きでして。

    このブログも、最初はこういうしっとり系統のネタをやっていたのですが、まあいろいろと(^^)

    これまでの「昔話シリーズ」が、みんな最初と最後に「語る人」をもってきて締めていたので、これもそのフォーマットに乗ったのですが、やはり蛇足でしたか。うむむ。これを書いているときも、なんとなくそう思っていた……ような気がします。

    アドバイスになったなら望外の喜びです。これからも小説がんばってください。

    NoTitle

    範子と文子の三十分一本勝負とのギャップに驚きましたw

    このお話は落ちをつけなくても十分に面白いと思います。ぴゆうさん宛てのコメントを見て前後に付け足した理由が何となくは判った気がしますけど。

    色々とアドバイスありがとうございました。本当に助かりました。今後とも宜しくお願い致します。

    Re: ぴゆうさん

    お褒めいただいてありがとうございます。

    実は、この小説、「モデル」がおりまして、

    俗語を駆使して絢爛たる叙事詩を書いたのは、ラテン語の詩が当たり前だった世界で、俗語のイタリア語を使って叙事詩「神曲」を書き、現代イタリア語の基礎を築いたダンテですが、これはすぐにわかるでしょう。

    もうひとりの、あのむちゃくちゃででたらめな男は、シュルレアリストの一人であり、「ダダの先駆者」ともいわれているアルチュール・クラヴァンという詩人兼ボクサーなのであります。もちろん実在人物です。この人は実力なぞ無視して実際にチャンピオンと殴りあったり、夜の湖にボートで漕ぎ出して謎の最期を遂げるなどの逸話にみちみちており、それをちょこちょこと拾って作ったものなのであります。

    ダンテはともかく、クラヴァンのほうは、実際の伝記を読んだほうがはるかに面白い生活をしており、こんな面白い人をこんなに皮相に書いてしまって、なんとなく恥ずかしくなってお蔵入りさせておりました。

    でも、今から思えば、このふたりを出くわせたのはわたしのオリジナルですから、胸を張って発表してもよかったのかもしれません。

    もうちょっと自信を持って行動するべきなのかな、わたしも。

    ちなみに途中に出てくる呪文のような詩は、ホラティウスの詩です。発音あれでよかったのかな。ラテン語をかじりかけたのはずいぶん昔の話だからなあ……。

    NoTitle

    とても良かった。
    何を持ってお蔵入りと言うのだろう?
    ジーーンと心に沁みた。
    無茶苦茶な男は形は変わっても、確かに詩人になった。
    また詩人であった友は、本当の魂に触れて本物になった。
    今日も良い料理を堪能できた。
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