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    「ショートショート」
    ファンタジー

    魔女の言葉など誰も信じない

     ←小話 子授け観音 →不正受給
     あたしは船から降り、日の光を浴びて大きく伸びをした。
     この港町に来るのもずいぶんと久しぶりだ。人、人、人の海。ちょっとでも気を抜くと、怪しげな暗い路地にでも引っ張り込まれてしまいそうである。
     あたしは腰にぶら下げた剣に軽く手を触れ、思った。
     まあ、そういう、暗い路地も、面白くないことはない……。
    「姐さん。ちょっと、そこをいく黒い瞳の姐さん」
     ネズミがそのまま人の姿を取ったような男が、あたしの後ろから声をかけてきた。
    「なんだ」
     あたしは答えた。
     ネズミ男はあたしの顔を見て、歯をすり合わせるようにして笑うと、丁寧に一礼した。
    「姐さんみたいなかたにいうのもなんですがね、この町は、一人でいるにはちょっと危のうございやすぜ」
     あたしは剣を見せた。
    「危ないのには慣れている」
    「へへ、へ。そりゃそうでございやしょうがね、わざわざ危険を増やすこともない、この『ネズミ』めにちょいと酒手をはずんでくれれば、いくらかお役に立たないこともないですよ」
    「結構だ」
     あたしは背を向けると、歩き出した。

     何度となく断ったのに、あたしは結局、この「ネズミ」という調子のいい男と町を歩くことになってしまった。
    「姐さん、いったい、なにを生業にしていらっしゃられるんで?」
     あたしは長剣をたたいた。
    「傭兵以外の何に見える」
    「傭兵? ま、そうとしておきますがね、姐さん、もっとやばい仕事でお金をもらっているんじゃありませんかね。黒い髪と、黒い瞳。それでめろめろにならない殿方もおらんでしょうからな。もとより、あっしもその口で。へへへ」
    「あまりくだらない口はたたかないことだ。そのうち、首が飛ぶことになっても知らん」
    「へへ、ま、気をつけやす。へへへ」
     ネズミはそういってにやにやと笑ったが、やがて、口笛を吹いた。
    「姐さん、人だかりが好きなんでございやすね」
    「人だかり? ……いや。あたしは行くところがあるから行くだけだ」
    「じゃ、ま、そういうことにしておきましょうが、ついてますよ、姐さん。今日はこれから、魔女を死刑にすることになっているんでさあ」
    「魔女を? 死刑?」
    「さいです」
     ネズミはうなずいた。
    「このあたりに人が多いのは、この先の小さい酒場で、邪眼の娘がいたんですがね、そいつが魔女だったんですよ。邪眼って知ってます? 右が緑で、左が紫色の目をしているんですよ」
    「単なる生まれつきじゃないのか。あたしも、邪眼の持ち主が不思議な力を持っていることは聞いているが、魔女だとは思えない」
    「そんなことはないでしょう。あいつは、魔女ですよ。魔女に決まってまさあ。実の親を、呪い殺しちまったんですから、魔女と決まったも同然だ」
    「親を呪い殺す?」
    「さいで。あの蛇みたいな女、自分をかばってくれたたった一人の親父を、殺しちまったんだからひどいもんでしょう。三日前、あれの親父さんは、ベッドで冷たくなっていたんですよ。その前日まで、なんのおかしな様子もなく、ぴんぴんしていた男がですよ。呪いをかけた以外に、どんな説明がつくんですか」
     あたしは傭兵として習った医学の知識を思い出しながら答えた。
    「男が突然、急に死んでしまう病気はけっこうある。例えば、心ノ蔵が、誰もそれと知らないまま弱ってしまっていたとか、知らぬうちに血管が傷ついていて、急に破れてしまったとか」
    「うんにゃ」
     ネズミは強情だった。
    「あれは絶対、あのアマが呪いをかけたんでさあ。あっしらはここに住んで長いからよくわかる。最初は、違う、自分は何もしていない、なんて、嘘八百を並べていたようですがね、誰が信じるもんですか。お天道様はちゃあんとわかっているんだ、裁判の前に、教会が二日二晩厳しく尋問をしたら、最後には、自分がやったって白状したんでやす。けさ、日の昇るころに裁判をやって、すぐ判決が出て、死刑でさあ」
     ネズミは天の太陽を見た。
    「姐さん、人だかりがしているからといって、あんなくそみたいな酒場を見に行ったってしかたねえ。こっちですよこっち。村の広場。そこでは、もっと面白いものがやってますって」
    「もっと面白いもの?」
     あたしは悪い予感がした。
    「あの魔女の火あぶりでさあ」

     広場は殺気立った人でいっぱいになっていた。
     大きな棒が立てられ、その下には、藁やら小枝やらが組まれ、油の入った大桶が置かれていた。
     教誨師だろうか、聖書を手にした男が、長々と祈りの文句を唱えている。
    「ほれ、あいつですよ、あいつ」
     棒に縛りつけられた、ぼろを着た娘を指差し、ネズミは憎々しげに吐き捨てた。
     ここからでも、娘が抵抗する気力すら失ってぐったりしているのがわかった。
    「あの邪眼を使われて悪さをされるといけねえので、顔には袋がかけられ、呪文も唱えられないように猿轡がかましてあるそうでやす。あのアマも、これで年貢の納め時でさあ」
     あたしは、広場の人間の数を数え、自分の剣の腕を考え、奪還は無理だと悟った。説得しようにも、人間がこれまで多くなってしまうと、どうにもならないものだ。
     しかし、それでも、あたしは人間として、なんとかしないわけには……。
     遅かった。
     娘の足元の藁に火がつけられ、それはあっという間に燃え上がった。
     断末魔のうめきを、あたしは耳にしっかりと聞いた。

     すべてが終わってから、あたしはネズミと酒場にいた。
    「あんなのを見たのは、姐さん、初めてでやしょう?」
    「何度となく見てきた。何度見ても慣れない」
    「そういうことにしときやしょう」
     ネズミは杯を重ねてご機嫌だった。あたしの金で飲んでいるんだから当然だ。
    「なあ、ネズミ。あの邪眼なんだが、吉兆の現われと思ったことはないか?」
    「な、な、なんです姐さん。やぶからぼうに」
     あたしは声を落とした。
    「あれは、災いをもたらす目ではなく、人々を災いから守る力があったのではないかと思わないか? もっと具体的には、魔女の呪いからこの町を守っていたのだと考えられないか?」
     ネズミは、なにか怖いものを見るような目であたしを見ていた。
    「あたしは知っているんだよ」
     あたしはネズミを見た。
    「ほんとうの魔女の瞳というものは、あんなものではなく、もっと暗い、この世にあるどんな闇よりも暗い、真っ黒な色をしているものだってことをね……」
     あたしは目を見開いてみせた。
    「こんな色さ」
     ネズミは真っ青な顔であたしを見ていたが、やがて、堰を切ったように笑い出した。
    「は、はは、は、姐さん、さすがに冗談がうまいや。姐さんの目は、確かに黒っぽいけれど、よくある焦げ茶の目じゃないですかい」
    「冗談なんかじゃないんだ」
    「そういうことにしておきまさあ。もう一杯いただきますよ、姐さん? おーいちょっと、お酒」
     ネズミはあたしから視線をそらすと、ウェイトレスに酒を注文した。
    「姐さん、しばらくこの町にいるんでやしょう?」
    「いや。ここにいる用もない。明日には立つ」
    「へへ。そんなこといっちゃって。大丈夫ですよ、明日も明後日も、あっしの身体は空いてやすから」
     あたしはテーブルに酒手を投げると、立ち上がった。
    「さよなら、ネズミ」
    「また明日、姐さん」
     あたしは夜の町へ出て行った。
     この町もこれまでか。あたしは苦い気持ちで思った。これまでいくつの町があたしに生まれつき備わった力で滅んできたことか。数えるのは百で止めている。
     邪眼と呼ばれる目の持ち主に、あたしの力を抑える効果があることに気づいてからは、滅びる町を減らすことができたが……。
     即座にこの町を立てば、なんとかなるかもしれない。だからあたしはそうするつもりだ。しかしなんともならなかったら、この町は半年も経たずに廃墟となっているだろう。病か、津波か、もしくは戦争か。
     あたしは二十年前、あたしにとってはまばたきひとつに過ぎないような二十年前、あの酒場で、あの娘の誕生に立ち会ったときのことを思い出した。
     もし、あのとき真実を説いていれば……。
     あたしはかぶりを振った。
     ネズミがそうだったではないか。
     どうせ、魔女の言葉など、信用するものは誰一人としていないのだ。
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    Re: からくりオムさん

    からくりオムさんのジード、たいへん面白く読ませていただいてます(^^)

    敵役も出てきてこれからというところでお休みになってしまったのが残念ですけど。

    改訂版を最初から読むことにします。

    こちらの作品ですが、「黒い髪と黒い瞳をした黒ずくめの女戦士」が描きたかった、という理由だけで描いたものです。それに対しては邪眼だろう、と。(^^)

    この女性のイメージは、長編の「紅蓮の街」に持ち越され、そこでわたしを毎日パソコンの前でひいひいいわせることになるのですが、作品を作る苦労を語ると止まらなくなるし、からくりオムさんも実作をされるうえですでにご承知のことばかりでしょうから省きます(^^)

    お互い頑張りましょう!

    すごい。
    会話でストーリが運ばれていく。
    最近、いろいろなブログに訪れては読んでいたけど、ここまで明快に話が進むブログはない。
    展開もすばらしい。
    ショートなのに全てを掴み取ることが出来る。
    うーん、やっぱり僕は勉強不足だ。
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