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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 2-6

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    第二章 カメラは血を浴びて(承前)


     まず感じたのは、身体をもわっと包み込む熱気だった。
     はっと目を開けると、果てしなく続く緑色の世界。
     激しい射撃音と爆発音。
     ここがどこだか瞬時に思い至ったわたしは、さっと身を伏せた。
     危ないところだった。わたしの身体を、銃弾がかすめて飛んだ。
     ここがベトナムであることは賭けてもいい。
     わたしは迷彩服を着ていた。ということはわたしはアメリカ軍側なのだろう。マイクル・ゴドフリーがそうだったように。
     とにかく安全な場所に移動だ。あそこの岩陰が安全そうである。匍匐前進などやったことはないが、要は腹ばいになって動けばいいだけの話だろう。そう考えて、そろそろと這いずって岩陰を目指した。
     匍匐前進というやつが、一メートル進むのにもムチャクチャ体力を使うものだということを、わたしは痛いほど学んだ。
     なんとか岩陰にたどりついて体勢を立て直し、今持っているものを調べた。
     面白いほどに、なにもなかった。どうやら、装備をなにもかもなくした状態で、自陣を目指して帰れということらしい。
     全盛時のスタローンかシュワルツェネッガーでないと、とてもじゃないが無理だ。
     夢から出るかと、真剣に考えた。
     出るわけにはいかなかった。わたしには坂元真由子を救わなければならない義務がある。
     そう心を決め、わたしは岩陰に隠れ続けた。
     やがて、射撃音がやんだ。
     複数の人間のものらしい足音に変わった。わたしにはわからない言葉である。
     ベトコンだ。この服を着ているときに、出会いたくはなかった。
     わたしは岩陰から忍び出ると、足音と反対側の方向に向かって歩き始めた。
     夢の世界では、地理的な方角というものはあまり重要ではない。重要なのは、どちらが夢の中核へ近いか、ぐらいだ。夢は見るものを中核へ中核へと引きつける作用のようなものがあり、ほっとけばいやでもそれが指向するものへと導かれて行く。それが夢魔だったりすることも多々あるため、なにも考えないで進んでいくのは危険ではあるのだが。
     この場合、足音の主をやりすごしても、この夢の核心部分へたどりつけるのではないかという予感があった。
     しかしそれにしても、どこまでも続くジャングルだった。行くところ行くところ、植物と泥濘と、そしてときどきの死体しかなかった。種田山頭火の俳句が思い出される。「分け入っても分け入っても青い山」
     ふと上を見上げると、頭の上でなにかがゆらゆら揺れていた。植物のつるで動かないように固定されているらしい。なんだろう、巨大な、栗のイガのような……?
     そのとき、わたしはあることに思い至って心臓が凍った。ベトコンはジャングル内部に、数知れぬトラップを仕掛けていたのではなかったか。思いついただけでも、ロープで吊るしたトゲつきの岩、一見したところでは固い地面と見分けがつかない落とし穴。穴の底で獲物を待ち構えている槍にはべったりと排泄物が塗りつけられているという寸法だ。
     まったくお呼びではない。
     わたしはきょろきょろしながら一歩一歩進んだ。しかし平和日本の国民である悲しい性、なにがトラップのサインなのだかわからない。しかし、なぜかわたしの行く先々で、落とし穴は暴かれ、ロープは結ばれ、陰険に仕掛けられた罠は明らかにされていた。
     とはいえ、このままではいつか殺られてしまう。
     戦車かジープくらいは作れないものか。作れないまでも再生できないか。わたしは近くに残骸かなにかないものかと思って周囲を見回した。
     なかった。だが、ある意味戦車やジープよりも重大なものを発見した。木の陰にうずくまる黒い影。
    「坂元さん!」
     坂元開次だった。
    「……センセイか」
     坂元開次は苦しい息の下からそういった。苦しんでいるのも当然だった。その左脇腹に大きな傷があったからだ。なんとか応急処置は、手に入るものがほとんどない中では見事に行われていたが、出血と感染症が、その身体を蝕んでいた。
    「ここに来るまで、トラップがことごとく解除されていましたが……全部あなたが解除してくれていたのですか!」
    「まあな……」
    「その傷は?」
    「……やられちまった。上から先を尖らせた杭をウニみたいにくっつけた岩が降ってきて、かわしきることができなかったんだ」
    「傷口を見せてください」
    「そういや、あんた、医者だったな……医者でも無理だ、器具も薬もないと」
    「あきらめるようなタマだったのですか、あなたは」
    「なにを……っ!」
    「わたしのやることをよく見てください」
     わたしはまず、精神を集中して、手の中にアルコール綿を物象化させ、患部周辺を消毒した。
     注射器を物象化させる。
     無から注射器をつかみ出したのを見て、坂元開次の顔が、驚愕に歪んだ。
    「せ、センセイ、それは?」
    「局所麻酔薬です。大丈夫、怖がることはありません」
     投与した。次に手の中に液体の入ったフラスコを物象化させる。
    「アルコールです。傷口を見せてもらいますよ! しみますが我慢してください」
     その口に二口、三口含ませると、わたしは不潔な布をちぎって捨て、化膿しかけた傷口に消毒薬を塗りたくった。
    「うっ、くくくっ、くくっ……」
    「抗生物質」
     再び精神を集中、抗生物質の注射器を物象化させた。夢の中なのだから、さっきの注射器に充填してもかまわないようなものなのだが、現代日本の医者は注射器についてはデリケートなのだ。
     投与する。
    「縫合します。痛いでしょうけど耐えてもらいます」
     針と糸とを物象化させ、傷口を縫った。
    「がっ……」
     坂元開次がうめいた。激痛のはずだが、局所麻酔が効いてくれることを祈った。
    「滅菌パッド」
     包帯の代わりに、傷口を完全に覆う、絆創膏のお化けみたいなやつをぺたりと貼り、外気から遮断した。この時代には使用されていないものだが、最新の用具を使用してもバチは当たるまい。
    「痛みがひどいようでしたら、もっと強力な鎮痛剤があります。使いますか?」
     坂元開次は荒い息のもとで答えた。
    「いらねえ、先生。ありがたいことに、だいぶ楽になったぜ。ところで、さっきのはなんだい、魔法かい?」
    「技術です。訓練とわずかな素質があれば、決して難しいことではありません」
     と、いったときに、坂元開次の「先生」という口調からからかいのニュアンスが消えていることに気づいた。
    「やり方を教えてくれねえか」
    「いいでしょう。単純といったら単純なのですが。物象化させたいものを、精神を集中して強く念じるんです。ですが、あなたに素質があるかどうか。それに、他にやってもらいたいこともありますし」
    「やってもらいたいこと?」
     わたしは精神を集中して、背負子のようなものを物象化させた。
     背中にかつぐ。
    「おい、なにをするつもりだ、先生」
    「わたしよりもこのジャングルの生き延びかたについては詳しいでしょう。目になってもらいます。診察代はそれで勘弁してあげますよ。さ、早く乗ってください」
    「ジープとかは作れないのか」
    「そんな大きなものを作ったら精神力が枯渇してしまいます。残骸があったら修理しますけど」
    「魔法に見えたけど、けっこう不便なんだな」
    「そんな口が叩けるんだったら、さっさと乗ってください」
     わたしは坂元開次を背負った。背負ってすぐに、計算外のことに気づいた。そうだ、忘れていたが、やつは雲つくような大男で、体重も半端ではなかったのだ。
    「T大射撃部、ファイッ! オゥ! ファイッ!」
     そう叫んで、自分に活を入れた。坂元開次が不思議そうにいった。
    「先生、なんだ、それ……?」
    「学生生活の思い出です。気にしないでください」
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    ~ Comment ~

    Re: 有村司さん

    わたしだってそうです(^^)

    ついでにもうひとつ挙げるなら、キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」。あれはいい映画だったなあ~(^^)


    この小説の人物設定と文体でもっとも影響を受けたのが、志水辰夫先生の「裂けて海峡」だから、どうでもいいところでいちいちギャグが入る、という……(^^;)

    わたしのお笑い路線はここら辺から始まっているらしいであります(^^)

    開高先生かと…^^;

    ベトナム戦争…記録映画でしか見たことありませんが、臨場感迫っていますね!

    これまた余り詳しくはないのですが開高先生のエッセーを思い出しました。

    >「T大射撃部、ファイッ! オゥ! ファイッ!」
    これには爆笑しましたが…^^;
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