「ショートショート」
SF
大人の男には義務が伴う
高一にしてついに手に入れた念願の『自分の』パソコン。おれは自分の部屋に置いたそれを前にして、跳ね回って踊りたい気分だった。
思えば長い年月だった。これまでは、インターネットをやるにせよゲームをやるにせよワードを打つにせよ、すべて居間にある、『家族の』パソコンを使っていたのだった。もとよりパスワードを入れて自分専用のモードを使うなんてことはできなかった。中学生までは完全に管理下におく、というのがうちの親の基本的教育方針で、ケータイすら持たせてもらえなかったおれは友達とのやりとりのほとんど全部を親の前にガラス張りで公開していたも同然だった。
しかし。
し・か・し。
おれはパソコンに頬ずりした。キモイかもしれないがそういう気分だったのだ。
ついに、おれはこの両親の管理下から一歩踏み出たのだ。大人の階段登る、とかいう古い歌が頭に流れる。ふふふ、これで、これで、おれも大人の世界を垣間見ることができるのだ。
おれは鼻歌を歌いながら電源を入れ、パソコンのセッティングを始めた。自分のものなんだから、自分で全部やる、責任も全部取ると、おれは親に宣言した。宣言した以上、やるのが当然だが、なんと甘美なひととき。自由って、責任を伴うものだが、なんと甘美なものだろうか。それを信じたのか、家族全員はおれを残して日帰り旅行に出てしまった。別にいいもんね。
マニュアルと首っ引きの三時間の苦闘の末、パソコンは無事に立ち上がった。すごいじゃんおれ。
次はインターネットのプロバイダとの契約だ。
おれは高鳴る気持ちを押さえつつ、これまたマニュアルに従ってひとつひとつ処理していった。
えーと? ユーザー名……。年齢……。
おれは舌打ちをすると、年齢欄に「20」と入れた。おおかた、フィルタリングにかかわってくるんだろう。そんなことで、このおれの、崇高な目標が邪魔されてたまるか!
そう。おれは、パソコンを手に入れたら、どうしてもやりたいことがあったのだった。
もちろん、健康な高校生男子が考えることはただひとつ。まあ本能の赴くままに、ちょっと大声ではいえないような画像や動画をダウンロードしたい、というものである。
これから、おれのこの机はパラダイスと化すのだ。おれは、期待に胸を躍らせながら契約を済ませた。
ブラウザを開け、セキュリティ会社と連絡を取り、アンチウィルスソフトをダウンロードした。立ち上げに比べれば簡単もいいところだった。
これで、おれは本能の赴くままに……。
そうだ。その前に、メールボックスを開いて、確認のメールをチェックしなくては。
おれはメールボックスを開いた。メールは三通来ていた。おれは首をひねった。
一通は、たった今おれが契約したプロバイダからのものだった。これはわかる。
二通目は、これまたたった今おれが契約したセキュリティ会社のものだった。これもわかる。
しかし、もう一通のほうは……?
件名には「臨時召集令状」とある。なんだこりゃ?
怪しいとは思ったが、なんの添付ファイルもついていなかったので、開いてみた。危なかったらアンチウィルスソフトがそう警告するはずだ。
そのはじめには、「第二國民兵役陸軍 歩兵 鈴木昭高」とおれの名前が。
「なんだ……右臨時召集ヲ令セラル依テ……ワケわかんねー。誰かのいたずらじゃないのか?」
おれはメールを削除しようとした。できなかった。
「ウィルスかよ!」
おれはアンチウィルスソフトの出来の悪さとメールを深く考えもせずに開けた自分のバカさを呪った。
ドアのブザーが鳴った。
おれは見るべき画像が……と思ったが、ブザーには逆らえない。おれは階下へ降り、ドアロックを外した。
猛烈な勢いでドアが開けられ、おれはカーキ色の服を着たのっぽの男に首根っこをつかまれて家から引きずり出されていた。
「な、なんだよ、あんたら! 人の家に来て!」
「鈴木昭高だな。君は召集された。連隊本部まで来てもらう」
「なんだよ! 連隊って! 放せよコラ!」
おれは暴れたが、のっぽの男の腕も身体もびくともしなかった。
のっぽの男は携帯で誰かと連絡を取っていた。
「はい……身柄は確保しました。はい。二十歳です。パソコンの記録ですから、間違いありません。はい。すぐに向かいます。これも皇国のためですからな。……はい。はい。それじゃ」
おれは無理やり車に押し込まれ、連隊本部とやらに連れて行かれた。なにをいっても、のっぽの男はこっちの話を聞いてくれなかった。
ひと月後に家に帰ってくるまで、おれがどんな目にあったかなんてのは、いわなくてもいいだろう。
おれだってあんなひどい経験をもう一度語りたくないし、だいたい、おれが家に帰ってきたときには……。
おれは骨壷の中のひとつかみの灰になっていたのだ。
思えば長い年月だった。これまでは、インターネットをやるにせよゲームをやるにせよワードを打つにせよ、すべて居間にある、『家族の』パソコンを使っていたのだった。もとよりパスワードを入れて自分専用のモードを使うなんてことはできなかった。中学生までは完全に管理下におく、というのがうちの親の基本的教育方針で、ケータイすら持たせてもらえなかったおれは友達とのやりとりのほとんど全部を親の前にガラス張りで公開していたも同然だった。
しかし。
し・か・し。
おれはパソコンに頬ずりした。キモイかもしれないがそういう気分だったのだ。
ついに、おれはこの両親の管理下から一歩踏み出たのだ。大人の階段登る、とかいう古い歌が頭に流れる。ふふふ、これで、これで、おれも大人の世界を垣間見ることができるのだ。
おれは鼻歌を歌いながら電源を入れ、パソコンのセッティングを始めた。自分のものなんだから、自分で全部やる、責任も全部取ると、おれは親に宣言した。宣言した以上、やるのが当然だが、なんと甘美なひととき。自由って、責任を伴うものだが、なんと甘美なものだろうか。それを信じたのか、家族全員はおれを残して日帰り旅行に出てしまった。別にいいもんね。
マニュアルと首っ引きの三時間の苦闘の末、パソコンは無事に立ち上がった。すごいじゃんおれ。
次はインターネットのプロバイダとの契約だ。
おれは高鳴る気持ちを押さえつつ、これまたマニュアルに従ってひとつひとつ処理していった。
えーと? ユーザー名……。年齢……。
おれは舌打ちをすると、年齢欄に「20」と入れた。おおかた、フィルタリングにかかわってくるんだろう。そんなことで、このおれの、崇高な目標が邪魔されてたまるか!
そう。おれは、パソコンを手に入れたら、どうしてもやりたいことがあったのだった。
もちろん、健康な高校生男子が考えることはただひとつ。まあ本能の赴くままに、ちょっと大声ではいえないような画像や動画をダウンロードしたい、というものである。
これから、おれのこの机はパラダイスと化すのだ。おれは、期待に胸を躍らせながら契約を済ませた。
ブラウザを開け、セキュリティ会社と連絡を取り、アンチウィルスソフトをダウンロードした。立ち上げに比べれば簡単もいいところだった。
これで、おれは本能の赴くままに……。
そうだ。その前に、メールボックスを開いて、確認のメールをチェックしなくては。
おれはメールボックスを開いた。メールは三通来ていた。おれは首をひねった。
一通は、たった今おれが契約したプロバイダからのものだった。これはわかる。
二通目は、これまたたった今おれが契約したセキュリティ会社のものだった。これもわかる。
しかし、もう一通のほうは……?
件名には「臨時召集令状」とある。なんだこりゃ?
怪しいとは思ったが、なんの添付ファイルもついていなかったので、開いてみた。危なかったらアンチウィルスソフトがそう警告するはずだ。
そのはじめには、「第二國民兵役陸軍 歩兵 鈴木昭高」とおれの名前が。
「なんだ……右臨時召集ヲ令セラル依テ……ワケわかんねー。誰かのいたずらじゃないのか?」
おれはメールを削除しようとした。できなかった。
「ウィルスかよ!」
おれはアンチウィルスソフトの出来の悪さとメールを深く考えもせずに開けた自分のバカさを呪った。
ドアのブザーが鳴った。
おれは見るべき画像が……と思ったが、ブザーには逆らえない。おれは階下へ降り、ドアロックを外した。
猛烈な勢いでドアが開けられ、おれはカーキ色の服を着たのっぽの男に首根っこをつかまれて家から引きずり出されていた。
「な、なんだよ、あんたら! 人の家に来て!」
「鈴木昭高だな。君は召集された。連隊本部まで来てもらう」
「なんだよ! 連隊って! 放せよコラ!」
おれは暴れたが、のっぽの男の腕も身体もびくともしなかった。
のっぽの男は携帯で誰かと連絡を取っていた。
「はい……身柄は確保しました。はい。二十歳です。パソコンの記録ですから、間違いありません。はい。すぐに向かいます。これも皇国のためですからな。……はい。はい。それじゃ」
おれは無理やり車に押し込まれ、連隊本部とやらに連れて行かれた。なにをいっても、のっぽの男はこっちの話を聞いてくれなかった。
ひと月後に家に帰ってくるまで、おれがどんな目にあったかなんてのは、いわなくてもいいだろう。
おれだってあんなひどい経験をもう一度語りたくないし、だいたい、おれが家に帰ってきたときには……。
おれは骨壷の中のひとつかみの灰になっていたのだ。
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~ Comment ~
おはようございます^^
タイトルが、男前な雰囲気だったのに
オチで、わぁ~~と叫んじゃいました。
確かに責任ですね。
なんか、あり得ないのにあり得そうで恐ろしい><。。
オチで、わぁ~~と叫んじゃいました。
確かに責任ですね。
なんか、あり得ないのにあり得そうで恐ろしい><。。
Re: 卯月 朔さん
不条理で理不尽ですよね戦争って……。
そういう感覚が伝えられたらいいのですが。
怖かったというのは嬉しかったです。(^^)
そういう感覚が伝えられたらいいのですが。
怖かったというのは嬉しかったです。(^^)
NoTitle
年齢入力したあたりで何かあるとは思ったものの、それが生命にかかわるなんて…っΣΣ(゚д゚lll) ちょっとした出来心が命取り。文字通り。じわっと怖かったですっ;;
Re: ぴゆうさん
現代の先進国で徴兵制が敷かれている国が激減したのは、平和になったからとかそういうのではなくて、
「兵器が高度化して戦術も複雑化し、そこらの人間を1年から3年くらい教育した程度では兵士として役に立たなくなってしまったから」
だというのは悲しむべきなのか喜ぶべきなのか。
とほほほ。
「兵器が高度化して戦術も複雑化し、そこらの人間を1年から3年くらい教育した程度では兵士として役に立たなくなってしまったから」
だというのは悲しむべきなのか喜ぶべきなのか。
とほほほ。
NoTitle
なんだと・・・
なんだろう、僕の大学生の姿を見ているようだ。
がんばろう・・・
軍隊かぁ・・・
将来空母の艦長の座が保障されているならOKですb
なんだろう、僕の大学生の姿を見ているようだ。
がんばろう・・・
軍隊かぁ・・・
将来空母の艦長の座が保障されているならOKですb
- #1851 ねみえる
- URL
- 2010.08/11 23:37
- ▲EntryTop
Re: ミズマ。さん
なさけない男子高校生の話ですみません(^^;)
実際には、「徴兵検査」を受けてない人間には赤紙はきません。当然ですけど。
でも……もしかしたら……なにげない会社や学校での身体検査が……? とやったほうがホラーっぽくって面白かったかな(^^;)
実際には、「徴兵検査」を受けてない人間には赤紙はきません。当然ですけど。
でも……もしかしたら……なにげない会社や学校での身体検査が……? とやったほうがホラーっぽくって面白かったかな(^^;)
まだゴルゴを引きずっているので、タイトルにハードボイルド臭を感じたわけですが。
気のせいでしたねー(^_^;)
この世界だとかなりの数の青少年がしょっぴかれてそう(笑)。
気のせいでしたねー(^_^;)
この世界だとかなりの数の青少年がしょっぴかれてそう(笑)。
- #1848 ミズマ。
- URL
- 2010.08/11 21:08
- ▲EntryTop
Re: 蘭さん
本人はブラックジョークというかヨタ話のつもりで書いたのですが……リアルな感じで怖い、ですか……。
そういう時代の真っ只中に生きていることが一番怖い、かもしれません。
ちなみにこの作品を書くのに参考にしたのは藤子A先生の40年前のブラックユーモア漫画「赤紙きたる」。わたしが逆立ちしてもかなわない名作だと思います。あの作品、今読むと怖さも三倍増……だよなきっと。
そういう時代の真っ只中に生きていることが一番怖い、かもしれません。
ちなみにこの作品を書くのに参考にしたのは藤子A先生の40年前のブラックユーモア漫画「赤紙きたる」。わたしが逆立ちしてもかなわない名作だと思います。あの作品、今読むと怖さも三倍増……だよなきっと。
こんにちは。
わおーーー、時代錯誤な話っぽいのに、何かリアルな感じで怖い~~(><;
ちょっとした出来心が、取り返しの付かない事に・・・・。
「新品のパソコンにはご用心」
てか、「嘘はいけない」って事なんですね(笑)。
ちょっとした出来心が、取り返しの付かない事に・・・・。
「新品のパソコンにはご用心」
てか、「嘘はいけない」って事なんですね(笑)。
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Re: YUKAさん
もうちょっと膚に触れるような感じで恐怖感を出したかったのですが……。