「ショートショート」
SF
交通法規
あやめを助手席に乗せて、夜のドライブとしゃれ込んでいたおれは、思い切りブレーキを踏んだ。車ががくりと跳ね上がり、おれとあやめはシートから投げ出されそうになった。シートベルトがなければ車から放り出されていただろう。
「どうしたっていうのよ」
一人だけ飲んだジンフィズで頬を桜色にしたあやめは、不満そうな顔をこちらに向けた。
おれは、目の前の信号機を指差した。
「信号機じゃないの。あれが、どうかした?」
「お前ね」
おれは、指先が震えているのを感じた。
「よく見ろよ。あの信号、あれ、紫色だ」
そうだった。目の前に輝く信号は、紫色の光を発していた。
よく見よう、と、おれたちはハザードをつけてからブレーキをロックして外へ出た。うまい具合に夜間で交通量も少ないため、後ろからも前からも車は来ない。
「普通の信号機みたいね」
「こんなでかいものがある以上、普通のいたずらじゃあないな」
「普通じゃないいたずらなのかも」
「そりゃ、たいていのいたずらは普通じゃないけどさ」
おれは懐中電灯の光を上に向けた。
口がぽかりと開いた。
「あんた、バカみたいに見えるわよ」
「こんな状況だったらバカにもなるよ。バカになったですんだほうが気が楽だよ。見ろよ。この信号機。表示のライトが全部で一、二、三……十五個ついてる」
「これはあれよ」
あやめは決然とした顔で断言した。
「民主党のしわざだわ」
「いくら政権を取ったからって、民主党もここまでのことはやらないと思うよ。それに、こんな普通の十字路で、十五個もライトがある信号機なんかいらないだろ、普通」
おれは「普通」という言葉にアクセントを置いてしゃべった。
「じゃあどう説明するのよ」
「そんなことができれば苦労はないよ」
そのとき、おれたちが来た方向から、三つのライトが見えた。二つは普通のハロゲンランプだが、もう一つのランプは赤くて回転している。
「パトカーだよ」
おれは救われた気持ちになって叫んだ。パトカーを見て救われた気持ちになるなんてことがほんとうにあるんだとわかったことはある意味収穫だった。
「これでこのいたずらを説明してもらえるぞ。おーい、すみません、すみませーん」
おれは懐中電灯を振り回してパトカーを呼び止めた。
「どうしました? 故障ですか?」
お巡りは虫も殺さぬような礼儀正しい面をしていた。
「故障というよりは……いったいなんですか、あれ。いたずらですか?」
おれは、目の前の信号機を指差した。バイオレット気味の紫の光を出していた信号は、今度はショッキングピンク気味の紫の光に変わり、そしてもう一つのライトが斜めのような妙な方向に矢印のサインを出していた。
「いたずらじゃありません」
お巡りは腰に手を当てた。
「道交法の改正を知らなかったんですか?」
「え?」
「ほら見なさい。やっぱり民主党のしわざじゃないの」
「民主党のしわざかどうかなんてどうでもいいよ。あの、知らないんですが、道交法がどう変わったんですか」
お巡りはポケットからマニュアルのような分厚い冊子を取り出した。
「ここに全部書いてあります。いいですか、これからはこれを遵守してください。信号無視はいつもの通りに処罰しますので、そのように」
おれは冊子のページを開き、懐中電灯で照らして読んだ。
十秒で頭が痛くなった。
「なんです、これ。『赤の後に紫が点いたら制限速度三十キロで進め』『緑から藍色に変わった後で白に変わったら右に二十キロで曲がれ』なんてのが延々と書いてある。これを守らないと、運転できないんですか?」
「皆さんの生活を守るためです」
お巡りはおれの反論など歯牙にもかけずに答えた。
「この改正道路交通法は、合理的かつ簡潔です。わからないのは、あなたの頭が運転に適していないんです」
そこまでいわれては黙っていられない。
「わかりましたよ。じゃ、これから帰りますんで。誰だよ、こんなムチャクチャな改正を支持したの」
「ほら、だから民主党が悪いっていったでしょう」
おれたちは車に戻った。
『……ドウダ、コノ星ノ原住生物ノ知能ハ』
『駄目ダ、マッタク使イ物ニナラン。てすとノタメ、コノ町ノ信号機ヲチョット合理化シタダケデ、交通事故ガ山ノヨウニ起キテシマッタ』
『コレデハ我々ノ奴隷種族トシテ使ウコトハ無理カ』
『無理ダナ。コレナラバ我々ノ星ノあめーばノホウガマダ知性ガアル』
『デハ、ドウスル?』
『ホッテオコウ。コノ調子デ行ケバ十万年モシナイ内ニ、ナニモシナクトモ惑星上カラヒトリデニ綺麗ニ片付クダロウカラナ』
『ツマランナ』
『マッタクダ』
エイリアンは立ち去った。地球は今度も救われなかったらしい。
「どうしたっていうのよ」
一人だけ飲んだジンフィズで頬を桜色にしたあやめは、不満そうな顔をこちらに向けた。
おれは、目の前の信号機を指差した。
「信号機じゃないの。あれが、どうかした?」
「お前ね」
おれは、指先が震えているのを感じた。
「よく見ろよ。あの信号、あれ、紫色だ」
そうだった。目の前に輝く信号は、紫色の光を発していた。
よく見よう、と、おれたちはハザードをつけてからブレーキをロックして外へ出た。うまい具合に夜間で交通量も少ないため、後ろからも前からも車は来ない。
「普通の信号機みたいね」
「こんなでかいものがある以上、普通のいたずらじゃあないな」
「普通じゃないいたずらなのかも」
「そりゃ、たいていのいたずらは普通じゃないけどさ」
おれは懐中電灯の光を上に向けた。
口がぽかりと開いた。
「あんた、バカみたいに見えるわよ」
「こんな状況だったらバカにもなるよ。バカになったですんだほうが気が楽だよ。見ろよ。この信号機。表示のライトが全部で一、二、三……十五個ついてる」
「これはあれよ」
あやめは決然とした顔で断言した。
「民主党のしわざだわ」
「いくら政権を取ったからって、民主党もここまでのことはやらないと思うよ。それに、こんな普通の十字路で、十五個もライトがある信号機なんかいらないだろ、普通」
おれは「普通」という言葉にアクセントを置いてしゃべった。
「じゃあどう説明するのよ」
「そんなことができれば苦労はないよ」
そのとき、おれたちが来た方向から、三つのライトが見えた。二つは普通のハロゲンランプだが、もう一つのランプは赤くて回転している。
「パトカーだよ」
おれは救われた気持ちになって叫んだ。パトカーを見て救われた気持ちになるなんてことがほんとうにあるんだとわかったことはある意味収穫だった。
「これでこのいたずらを説明してもらえるぞ。おーい、すみません、すみませーん」
おれは懐中電灯を振り回してパトカーを呼び止めた。
「どうしました? 故障ですか?」
お巡りは虫も殺さぬような礼儀正しい面をしていた。
「故障というよりは……いったいなんですか、あれ。いたずらですか?」
おれは、目の前の信号機を指差した。バイオレット気味の紫の光を出していた信号は、今度はショッキングピンク気味の紫の光に変わり、そしてもう一つのライトが斜めのような妙な方向に矢印のサインを出していた。
「いたずらじゃありません」
お巡りは腰に手を当てた。
「道交法の改正を知らなかったんですか?」
「え?」
「ほら見なさい。やっぱり民主党のしわざじゃないの」
「民主党のしわざかどうかなんてどうでもいいよ。あの、知らないんですが、道交法がどう変わったんですか」
お巡りはポケットからマニュアルのような分厚い冊子を取り出した。
「ここに全部書いてあります。いいですか、これからはこれを遵守してください。信号無視はいつもの通りに処罰しますので、そのように」
おれは冊子のページを開き、懐中電灯で照らして読んだ。
十秒で頭が痛くなった。
「なんです、これ。『赤の後に紫が点いたら制限速度三十キロで進め』『緑から藍色に変わった後で白に変わったら右に二十キロで曲がれ』なんてのが延々と書いてある。これを守らないと、運転できないんですか?」
「皆さんの生活を守るためです」
お巡りはおれの反論など歯牙にもかけずに答えた。
「この改正道路交通法は、合理的かつ簡潔です。わからないのは、あなたの頭が運転に適していないんです」
そこまでいわれては黙っていられない。
「わかりましたよ。じゃ、これから帰りますんで。誰だよ、こんなムチャクチャな改正を支持したの」
「ほら、だから民主党が悪いっていったでしょう」
おれたちは車に戻った。
『……ドウダ、コノ星ノ原住生物ノ知能ハ』
『駄目ダ、マッタク使イ物ニナラン。てすとノタメ、コノ町ノ信号機ヲチョット合理化シタダケデ、交通事故ガ山ノヨウニ起キテシマッタ』
『コレデハ我々ノ奴隷種族トシテ使ウコトハ無理カ』
『無理ダナ。コレナラバ我々ノ星ノあめーばノホウガマダ知性ガアル』
『デハ、ドウスル?』
『ホッテオコウ。コノ調子デ行ケバ十万年モシナイ内ニ、ナニモシナクトモ惑星上カラヒトリデニ綺麗ニ片付クダロウカラナ』
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おはようございます^^
お蔵入りだったんですね~
気に入らない小説にコメを書き込んで
また思い出させるという~~(笑)
気に入らない小説にコメを書き込んで
また思い出させるという~~(笑)
Re: LandMさん
なんかわかりやすすぎて面白くないという話も(^^;)
ちょっと自分ではあまり気に入っていません。
エイリアンもデウスエクスマキナみたいな使いかたしているし……(汗)。
ちょっと自分ではあまり気に入っていません。
エイリアンもデウスエクスマキナみたいな使いかたしているし……(汗)。
NoTitle
お蔵入りするのはもったいないと思いますけどね。
短編ですしね。知的生命体の物語でSFですね。
道路とエイリアンを組み合わせたのは面白いですよね。かなり分かりやすい作品だと思いますよ。
短編ですしね。知的生命体の物語でSFですね。
道路とエイリアンを組み合わせたのは面白いですよね。かなり分かりやすい作品だと思いますよ。
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Re: YUKAさん
もう自分でも何が書きたかったんだかわからん(^^;)