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    「ショートショート」
    SF

    神経ブティック

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    「……奥様、この新作はいかがですか。官能的な手触りでございますよ」
     おれは、ぶくぶくに太った、官能もクソもないだろうと思われるような初老の婦人に商品を勧めた。
    「……試してみていいかしら?」
     デブの婦人は待ちきれぬように、左手首の端子を開けた。おれはそこからコードをつなぎ、ダミーの手とリンクさせた。
     おれはダミーの指先に、たくさん揃えてある絹の布地から最高級のものを選び、すべらせた。
    「まあ……」
     デブの婦人はうっとりとした表情を浮かべた。
    「いかがでございますか。なんなら、ビロードや、木綿、翡翠にトルコ石もございますが……」
    「試す必要はないわ。これ、これをちょうだい。おいくら?」
    「そうですねえ……」
     おれは、申し訳なさそうな口調で、金額を述べた。
    「いいでしょう。端子から金額データを取ってちょうだい。それでいいわよね」
    「かまいません。どうでしょう、奥様? しばらくこの手の感触をお楽しみになりますか……? すばらしい神経ですからね、いろいろなものに触れてお楽しみになられては」
    「そうね……じゃあ、そうさせてもらおうかしら」
    「毎度ありがとうございます。それでは、ごゆっくりどうぞ」
     おれは丁寧に礼をした。
     端子をつないで処理をした後で、婦人を一人残して、カウンターの奥へ行く。そこでは、おれのビジネス上および生活上の共同経営者であるカンナが待っていた。
    「あのおばさんは?」
    「買ってくれた。ありがたいことだ」
     おれは椅子に腰掛け、額をぬぐった。汗が吹き出る。
    「自信を持ってよ、あなた。あなたの読んだ通り、この『神経ブティック』は軌道に乗って三年にもなるわ。店をここまで順調に持ってこれたのも、あなたのビジネス感覚が優れていた証よ」
     おれは備え付けの冷蔵庫から冷えたグレープフルーツジュースを取り出した。
    「順調に伸びてきたのも、おれのせいというよりは、進んだサイボーグ技術のおかげだ。今や誰だって、衰えたり敏感さを失った神経を、ごく簡単な痛みもない一時間の手術で人造品と全取っ替えできる時代だからな」
     若いころの、野に吹く風や、異性の肌の手触りに、ぞくぞくするような悦びを覚えられたのは、その神経組織が敏感だったからだ、と、医療メーカーで人工神経の研究をしていたおれが悟ってかれこれ十年。その間に、おれは頭の固い医療メーカー上層部に話をつけ、自分でも必死に研究して、安くて、「自然な官能」を感じることができる人工神経を完成させた。それに、救急医療システムですでに現実化されていた、神経再注入医療のおかげで、おれは、神経をファッションのように売る、今の商売を始める事ができるようになり、こうして店を持たせてもらえることになったのだ。店といっても、もう世界中に大きな店舗だけでも支店が四十店もあるちょっとしたチェーンである。
     おれは汗をふいた。グレープフルーツジュースはうまかったが、おれのいらいらは止まらない。
     カンナが、心配そうにおれを見た。
    「やっぱり、店に出るのはまずかったんじゃないの? あなたは、社長を飛び越してもう会長なんだから、店にいる必要なんかないでしょう?」
    「いや、基本的におれは技術者だ。経営者の器じゃないよ。それに、こうして店に出て、客の相手をすることが、今のおれにはこの痛みを忘れる最高の手段なんだ」
     おれはいらいらキリキリする痛みに耐えながらいった。
    「あなた、お薬を持ってくる?」
    「そうしてくれ……」
     おれは、カンナの持ってきた錠剤を水で流し込んで目を閉じた。
     くそう、どうして、順風満帆、人生を楽しんでしかるべきはずのこのおれが、こんな痛みで苦しまなくてはいけないんだ……。
     いくら手術しようとも、いくら薬を飲もうとも、頑固なことに治らない、原因不明の神経痛なんて。
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    ~ Comment ~

    Re: YUKAさん

    この話はSFマガジンの読者投稿小説コーナーに送ろうとしましたが、毎日更新が建前だったためこっちに回したものです。

    いいアイデアだと思ったのですが、今読むともうちょっと練りが必要だなあ。

    おはようございます^^

    快楽的な神経を開発した技術者が

    自分だけはその恩恵にあずかれない。。。

    何とも皮肉^^

    Re: limeさん

    この主人公くらいの生化学者になると、痛覚神経を快楽神経に接続するなどというムチャをしでかすのではないかと思えてならない(笑)

    そういや、昔、宇宙戦艦ヤマトのノベライゼーションで、「ワープの際には味覚神経までもが痛みを訴える」という記述を読んでえらく感銘を受けましたが、よく考えてみるとわけのわからん文ですねこれ(笑)

    Re: ネミエルさん

    畢竟、機械の体というのは、義手とか義足とかの延長上にあるものではないかと。

    五体満足な人間は、求めるよりも先に別な手段を取りますが、

    それしか手段がない人にとってはほんとうに血肉のそなわった身体なのではないかと思います。

    電脳化はまた別な問題ですが……。

    NoTitle

    感覚というものは、何にも代え難い喜びと精神の安定をもたらしてくれますが、
    痛みともなると、これは有り難くない反応です。
    けれど体を守るための反応である以上、切り離すことも出来ず。
    生命体のジレンマをうまく使った、軽妙な短編ですね。

    NoTitle

    機械の体ですか。
    銀河鉄道999みたいですね。

    あれ結局どうなったのか最後まで読んでいないのでわからないのですが・・・

    でも僕は生身の体がいいです。
    機械なんて・・・いやです。
    冷たい、悲しい体です。

    Re: HDSKsoさん

    性能の悪い身体を求める人はいないでしょうからね。

    機械の身体に対する反応としては、松本零次先生の「銀河鉄道999」などよりも、士郎正宗先生の「攻殻機動隊」などのほうがリアルだと思うであります。

    NoTitle

    主題とはズレてしまうかもしれないですが、機械の体、近い未来に実現するかもしれませんね。
    そうしたら人間はやはりより性能のいいものを求めるのかな?
    原因不明の神経痛、ニヤリとしてしまいました。
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