「範子と文子の驚異の高校生活(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)」
範子と文子の三十分一本勝負(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)
範子と文子の三十分一本勝負:FIGHT・86
「みなさんこんにちは。下川文子です。今日からまたしばらく、百話までのひのふの……二週間とちょっとの間だけお世話になります。よろしくお願いします」
「宇奈月範子です。以下同文」
夏休みの紅恵高校の教室。
「以下同文って……範ちゃん、もっとなにかいうことはないの?」
「なにかって?」
「範ちゃん」
文子は怖い顔になった。
「範ちゃん、変な置き手紙をしたんだって?」
「あ、ああ、……あれ? あ、あははは」
「あはははじゃないよっ! 『愛の逃避行』だなんて、誤解を招く表現はやめてよっ!」
「わたしにとっては愛の逃避行で」
「範ちゃんにとってはどうだか知らないけれど、わたしにとってはあれはただの虫垂炎、別名、盲腸炎の手術だよ。傷がふさがるまで入院していただけだよ」
「わたしにとっては愛の逃避行で」
「……範ちゃん?」
「は、はい。いえ、なんでもありません」
文子は、顔をふとゆるめた。
「でも、入院中も、面会時間には毎日病室へ来てくれたことは嬉しかったな」
「うんうん」
範子は何度もうなずいた。
「範ちゃん、毎日おみやげを持ってきてくれたしね」
「うんうん」
範子は、わが意を得たりとでもいうかのように何度も何度もうなずいた。この姿だけ見れば、とても世界の経済に影響を及ぼすような宇奈月財閥の令嬢とは思えない。
「最初の日は、チョコレートだったね。とってもおいしそうな、つやつやとした最高級品」
「うちの会社が厳選したものだから、ほんとにとってもおいしいわよ」
「そうだろうね。範ちゃんは、わたしの目の前で一粒、とてもおいしそうに食べていたよね」
「夏は暑いけど、すぐに冷蔵庫にしまえば大丈夫よ」
「あの後、わたしの家族が来てね」
「……え?」
「生もので、痛むといけないからって、うちに持って帰って、みんなその日のうちに全部食べちゃったんだ」
「……へ?」
「次の日は、アイスクリームだったね。外国から取り寄せた、これまた最高級品。範ちゃんは、そのひとカップを、おいしそうに食べていたよね」
「ほんとにおいしいわよ。英国王室御用達だから。今は暑いけど、冷凍庫に入れればかなりもつわよ」
「その日も、わたしの家族が来てね」
「……………………」
範子は背中に汗を覚え始めた。
「痛むといけないからって、家に持って帰って全部食べちゃった」
「あ……はは、あはは……」
「次はカニ缶だったよね」
文子の口調はだんだんとトーンが下がっていった。
「あのときは一緒にお見舞いに来てくれた駒子ちゃんの前で、カニ缶のおいしい食べ方ってこうやるんだって実演してくれたよね」
「うっ……うん……」
「その日もその後で家族が来て、親戚が泊まりに来るっていうんで持って帰って全部」
「文子」
「どうしたの、範ちゃん?」
「ということは、毎日あなたにあげたお見舞い品は?」
「ひとつ残らず家族が食べちゃった」
「文子は?」
「ひと口も……」
「文子」
範子は額の汗を拭った。
「なあに、範ちゃん?」
「駅前の喫茶店でトロピカルフルーツパフェをおごってあげるから、一緒に来ない?」
「いいよ、範ちゃん」
世に食い物の恨みは恐ろしいというが……。
「宇奈月範子です。以下同文」
夏休みの紅恵高校の教室。
「以下同文って……範ちゃん、もっとなにかいうことはないの?」
「なにかって?」
「範ちゃん」
文子は怖い顔になった。
「範ちゃん、変な置き手紙をしたんだって?」
「あ、ああ、……あれ? あ、あははは」
「あはははじゃないよっ! 『愛の逃避行』だなんて、誤解を招く表現はやめてよっ!」
「わたしにとっては愛の逃避行で」
「範ちゃんにとってはどうだか知らないけれど、わたしにとってはあれはただの虫垂炎、別名、盲腸炎の手術だよ。傷がふさがるまで入院していただけだよ」
「わたしにとっては愛の逃避行で」
「……範ちゃん?」
「は、はい。いえ、なんでもありません」
文子は、顔をふとゆるめた。
「でも、入院中も、面会時間には毎日病室へ来てくれたことは嬉しかったな」
「うんうん」
範子は何度もうなずいた。
「範ちゃん、毎日おみやげを持ってきてくれたしね」
「うんうん」
範子は、わが意を得たりとでもいうかのように何度も何度もうなずいた。この姿だけ見れば、とても世界の経済に影響を及ぼすような宇奈月財閥の令嬢とは思えない。
「最初の日は、チョコレートだったね。とってもおいしそうな、つやつやとした最高級品」
「うちの会社が厳選したものだから、ほんとにとってもおいしいわよ」
「そうだろうね。範ちゃんは、わたしの目の前で一粒、とてもおいしそうに食べていたよね」
「夏は暑いけど、すぐに冷蔵庫にしまえば大丈夫よ」
「あの後、わたしの家族が来てね」
「……え?」
「生もので、痛むといけないからって、うちに持って帰って、みんなその日のうちに全部食べちゃったんだ」
「……へ?」
「次の日は、アイスクリームだったね。外国から取り寄せた、これまた最高級品。範ちゃんは、そのひとカップを、おいしそうに食べていたよね」
「ほんとにおいしいわよ。英国王室御用達だから。今は暑いけど、冷凍庫に入れればかなりもつわよ」
「その日も、わたしの家族が来てね」
「……………………」
範子は背中に汗を覚え始めた。
「痛むといけないからって、家に持って帰って全部食べちゃった」
「あ……はは、あはは……」
「次はカニ缶だったよね」
文子の口調はだんだんとトーンが下がっていった。
「あのときは一緒にお見舞いに来てくれた駒子ちゃんの前で、カニ缶のおいしい食べ方ってこうやるんだって実演してくれたよね」
「うっ……うん……」
「その日もその後で家族が来て、親戚が泊まりに来るっていうんで持って帰って全部」
「文子」
「どうしたの、範ちゃん?」
「ということは、毎日あなたにあげたお見舞い品は?」
「ひとつ残らず家族が食べちゃった」
「文子は?」
「ひと口も……」
「文子」
範子は額の汗を拭った。
「なあに、範ちゃん?」
「駅前の喫茶店でトロピカルフルーツパフェをおごってあげるから、一緒に来ない?」
「いいよ、範ちゃん」
世に食い物の恨みは恐ろしいというが……。
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範子可愛いですv
久しぶりに訪問させていただいたら2人が愛の逃避行から帰ってきてる…!!というか、来れてなくてすいません;;
頑張ってください☆
久しぶりに訪問させていただいたら2人が愛の逃避行から帰ってきてる…!!というか、来れてなくてすいません;;
頑張ってください☆
Re: 茶倶楽さん
二週間後には殺伐としたファンタジーが始まっている予定なのでその前の平穏な日々なのですが(^^)
とりあえずこのマヌケな二人としばしおつきあいください。
とりあえずこのマヌケな二人としばしおつきあいください。
Re: LandMさん
おかげさまで。
たっぷり休んで充電したので、あと二週間、思いっきり突っ走りたいと思います。
このシリーズを書くのが充電みたいなものだという話もありますが……。
それよりも9月に始めるといろいろな場所で大見得を切ったファンタジーがいっこうに進まん、というか、書けん……どうしよううむむむ。
たっぷり休んで充電したので、あと二週間、思いっきり突っ走りたいと思います。
このシリーズを書くのが充電みたいなものだという話もありますが……。
それよりも9月に始めるといろいろな場所で大見得を切ったファンタジーがいっこうに進まん、というか、書けん……どうしよううむむむ。
NoTitle
お、帰ってきましたね。
個人的にはこの二人は非常に好きですね。グッゲンハイムではラジオはありますので、それのパーソナリティで使用したいぐらい好きですね。また楽しみにしております。
個人的にはこの二人は非常に好きですね。グッゲンハイムではラジオはありますので、それのパーソナリティで使用したいぐらい好きですね。また楽しみにしております。
覚え書き
範子ちゃんと文子ちゃんが「愛の逃避行」から帰ってきました。どうか月末までおつきあいください。
今回、なんで文子ちゃんがここまで根に持っているのかわからん、という人もいるでしょうが、そういうかたには、腹膜炎直前まで行って手術するしかない、という重症の虫垂炎に対して病院が取る方針は、手術前手術後とも、
「 絶 食 」
であることを思い出していただければいいかと思います(^^)
最近は、虫垂炎といっても、たいていは強力な殺菌薬で内臓の炎症菌を殺し、炎症を抑えて虫垂の腫れが引くのを待ち、手術なんかせずに治してしまえるそうであります。
時代は変わるものでありますな……。
今回、なんで文子ちゃんがここまで根に持っているのかわからん、という人もいるでしょうが、そういうかたには、腹膜炎直前まで行って手術するしかない、という重症の虫垂炎に対して病院が取る方針は、手術前手術後とも、
「 絶 食 」
であることを思い出していただければいいかと思います(^^)
最近は、虫垂炎といっても、たいていは強力な殺菌薬で内臓の炎症菌を殺し、炎症を抑えて虫垂の腫れが引くのを待ち、手術なんかせずに治してしまえるそうであります。
時代は変わるものでありますな……。
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Re: れもんさん
今月中に100話まで行きたいと思ってましたので、どうかお暇を見ては二人の冒険というか平穏な日常につきあってあげてください。
がんばります!