「範子と文子の驚異の高校生活(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)」
範子と文子の三十分一本勝負(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)
範子と文子の三十分一本勝負:FIGHT・94
問題集の山もあと一歩のところまで来た。これさえ片付ければ、あとは宿題といってもザコばかりである。文子は鼻歌を歌いながら教室へ入った。
「範ちゃん、おはよう!」
席についている範子は、今日はいつもとは違う真剣な表情をしていた。
「文子」
「……な、なあに、範ちゃん」
「わたしたち、友達よね」
「当たり前だよ、範ちゃん」
「だったら、お願いがあるの。きょう一日、帰るまででいいから、わたしのことを『範子』と呼んで。わたしは、あなたのことを『あやちゃん』と呼ぶから」
その表情に、文子は気おされるものを感じた。もしや、これはもしかしたら、範子は本格的にわたしのことを。それはちょっと女子高生としてまずいのではないだろうか。
「……うん。いいよ」
しかしそう答えてしまう文子であった。人間というものは一朝一夕では変わらない。
「でも、なぜ?」
「聞かないで。わたしのいうとおりに」
「うん」
数学の微積分の問題集は、頑強な抵抗を続けていた。もとより「Σ」とか「∫」とかを見ると文子は反射的に頭が痛くなるタイプなのだ。
範子も同タイプだということを知っていたが、二人の知恵を合わせたほうが勉強ははかどる。しかし意見を聞くためには、「範子」と声をかけなければいけない。やりにくいことこの上ない。
そのうえ、声をかけたとしても。
「範子、この問題の解き方だけどさ……」
「ねえ、あやちゃん? わたし、三つのときに三輪車をパンクさせて溝に落っこちたんだよ。懐かしいなあ」
範子も範子で、昔の思い出話を延々と繰り返すのである。幼い記憶のせいか、突っ込みどころは満載だ。
三輪車のタイヤって、パンクしないよね、チューブがないんだから、などといいたくて文子はうずうずしたが、なんとなくためらわれる雰囲気があった。
文子は、微積分を解きながら、「∬」などという恐ろしい記号が出てくるのにおぞけをふるい……。
一瞬、それが寄り添う二人の少女に見えた。
「?」
その瞬間、文子にはわかったような気がした。
午後にさしかかったころ。
範子の携帯が鳴った。
範子はすかさず携帯を取り、真剣な顔で耳に当てた。
「うん。わたし。うん。うん……」
しばし範子はうなずいていたが、やがて携帯を切ると放心した顔になった。
「範子……いや、範ちゃん、わたし、誰の身代わりをしていたの?」
文子の言葉に、範子はうっすらと笑った。
「気がついてたんだ」
「そりゃ、気づくよ範ちゃん。何年友達をやっているのよ」
「ごめん……わたしの家にはね、昔、遠縁のお姉ちゃんがホームステイに来ていてね……」
「ホームステイ?」
「そう。遠縁で、日本人の血が流れているけれど、外国籍なんだ。名前は、綾。アーヤとか、あやちゃんとか呼ばれていたわ」
「かわいがられたの?」
範子はうなずいた。
「そりゃあもう。昔のわたしも、かわいかったのよ。『ノリコ!』『ノリコ!』っていわれて、さんざん遊んでもらったわ。わたしは、『あやちゃん』と呼んでいた」
範子は遠い目をした。
「ホームステイから帰ったのは、わたしが幼稚園を卒業して、小学校に上がるころね。さんざん泣いたわ。今でも覚えてる」
「それ以来……会ってないの?」
「クリスマスカードは交換していたけどね。なにせ、向こうは、わたしが中学に上がる前には結婚していたし。そんな人から、訪日の手紙が届いたのが、一週間前よ。しばらくこっちにいるってね。きょう成田に到着して、うちに来るはずだったんだけど……迎えの車に乗る前に、交通事故よ」
「……………………」
「迎えにいっていて目撃していた三太夫の話だと、今日の午前中のうちにでも緊急手術をやらないと命が危ない、という状況だったらしいわ。無理やりうちの病院に回してもらい、さっきまで手術をやっていたのよ」
「……………………」
「わたしは、名前がよく似ているから、文子、あなたを通してあやちゃんに声を伝えたかった。少なくとも、自分はそう思っていたかった。でも、それをいってしまったら、文子、あなたは優しいから、平静じゃいられないでしょうし、それに、自分が身代わりにされたことを思ったら、傷つくかもしれない。そう考えると、いえなかった……」
「そういう身代わりにだったら、喜んでなるよ。でも、確かに平静じゃいられなかったと思う。だから、範ちゃんの判断は正しいよ。で、その綾さんの手術は、まさか……」
文子は、範子の疲れきった顔を見て、不安がきざしてくるのを覚えた。
範子は笑った。
「成功よ。順調に行けば、明日にも意識は回復するみたい。成功の話を聞いたら、安心して、ほっとして、力が抜けちゃって……」
「範ちゃん」
文子はいった。
「もちろん、綾さんに紹介してくれるよね?」
「当たり前よ」
「よかった。会ったら、まず、こういわなきゃ」
「え?」
「『あやちゃんですか? 文子です』って。どんな顔をするかなあ?」
その言葉に、範子はくすりと笑った。
「範ちゃん、おはよう!」
席についている範子は、今日はいつもとは違う真剣な表情をしていた。
「文子」
「……な、なあに、範ちゃん」
「わたしたち、友達よね」
「当たり前だよ、範ちゃん」
「だったら、お願いがあるの。きょう一日、帰るまででいいから、わたしのことを『範子』と呼んで。わたしは、あなたのことを『あやちゃん』と呼ぶから」
その表情に、文子は気おされるものを感じた。もしや、これはもしかしたら、範子は本格的にわたしのことを。それはちょっと女子高生としてまずいのではないだろうか。
「……うん。いいよ」
しかしそう答えてしまう文子であった。人間というものは一朝一夕では変わらない。
「でも、なぜ?」
「聞かないで。わたしのいうとおりに」
「うん」
数学の微積分の問題集は、頑強な抵抗を続けていた。もとより「Σ」とか「∫」とかを見ると文子は反射的に頭が痛くなるタイプなのだ。
範子も同タイプだということを知っていたが、二人の知恵を合わせたほうが勉強ははかどる。しかし意見を聞くためには、「範子」と声をかけなければいけない。やりにくいことこの上ない。
そのうえ、声をかけたとしても。
「範子、この問題の解き方だけどさ……」
「ねえ、あやちゃん? わたし、三つのときに三輪車をパンクさせて溝に落っこちたんだよ。懐かしいなあ」
範子も範子で、昔の思い出話を延々と繰り返すのである。幼い記憶のせいか、突っ込みどころは満載だ。
三輪車のタイヤって、パンクしないよね、チューブがないんだから、などといいたくて文子はうずうずしたが、なんとなくためらわれる雰囲気があった。
文子は、微積分を解きながら、「∬」などという恐ろしい記号が出てくるのにおぞけをふるい……。
一瞬、それが寄り添う二人の少女に見えた。
「?」
その瞬間、文子にはわかったような気がした。
午後にさしかかったころ。
範子の携帯が鳴った。
範子はすかさず携帯を取り、真剣な顔で耳に当てた。
「うん。わたし。うん。うん……」
しばし範子はうなずいていたが、やがて携帯を切ると放心した顔になった。
「範子……いや、範ちゃん、わたし、誰の身代わりをしていたの?」
文子の言葉に、範子はうっすらと笑った。
「気がついてたんだ」
「そりゃ、気づくよ範ちゃん。何年友達をやっているのよ」
「ごめん……わたしの家にはね、昔、遠縁のお姉ちゃんがホームステイに来ていてね……」
「ホームステイ?」
「そう。遠縁で、日本人の血が流れているけれど、外国籍なんだ。名前は、綾。アーヤとか、あやちゃんとか呼ばれていたわ」
「かわいがられたの?」
範子はうなずいた。
「そりゃあもう。昔のわたしも、かわいかったのよ。『ノリコ!』『ノリコ!』っていわれて、さんざん遊んでもらったわ。わたしは、『あやちゃん』と呼んでいた」
範子は遠い目をした。
「ホームステイから帰ったのは、わたしが幼稚園を卒業して、小学校に上がるころね。さんざん泣いたわ。今でも覚えてる」
「それ以来……会ってないの?」
「クリスマスカードは交換していたけどね。なにせ、向こうは、わたしが中学に上がる前には結婚していたし。そんな人から、訪日の手紙が届いたのが、一週間前よ。しばらくこっちにいるってね。きょう成田に到着して、うちに来るはずだったんだけど……迎えの車に乗る前に、交通事故よ」
「……………………」
「迎えにいっていて目撃していた三太夫の話だと、今日の午前中のうちにでも緊急手術をやらないと命が危ない、という状況だったらしいわ。無理やりうちの病院に回してもらい、さっきまで手術をやっていたのよ」
「……………………」
「わたしは、名前がよく似ているから、文子、あなたを通してあやちゃんに声を伝えたかった。少なくとも、自分はそう思っていたかった。でも、それをいってしまったら、文子、あなたは優しいから、平静じゃいられないでしょうし、それに、自分が身代わりにされたことを思ったら、傷つくかもしれない。そう考えると、いえなかった……」
「そういう身代わりにだったら、喜んでなるよ。でも、確かに平静じゃいられなかったと思う。だから、範ちゃんの判断は正しいよ。で、その綾さんの手術は、まさか……」
文子は、範子の疲れきった顔を見て、不安がきざしてくるのを覚えた。
範子は笑った。
「成功よ。順調に行けば、明日にも意識は回復するみたい。成功の話を聞いたら、安心して、ほっとして、力が抜けちゃって……」
「範ちゃん」
文子はいった。
「もちろん、綾さんに紹介してくれるよね?」
「当たり前よ」
「よかった。会ったら、まず、こういわなきゃ」
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こんばんは!
ぴゆうに誘われて、このHPに迷い込んできたレオです
「範子と文子の三十分一本勝負」
ってタイトルを見て、一本勝負なのに二人は何度戦ってるんだ!
と思ったのですが、1話/30分の勝負なんですね
「明朗快活バカシリーズ」
と謳ってますが、結構内容は深いですね
読み始めると続けて読めちゃいます。
リアルな94話まで読めてませんが、ゆっくり追いついていこうと思います
ぴゆうに誘われて、このHPに迷い込んできたレオです
「範子と文子の三十分一本勝負」
ってタイトルを見て、一本勝負なのに二人は何度戦ってるんだ!
と思ったのですが、1話/30分の勝負なんですね
「明朗快活バカシリーズ」
と謳ってますが、結構内容は深いですね
読み始めると続けて読めちゃいます。
リアルな94話まで読めてませんが、ゆっくり追いついていこうと思います

Re: limeさん
たまにはわたしだって「いい話」を書きたくなります(^^)
でも書いてみてわかったのですが、「いい話」をするにはそれなりの段取りと状況説明が必要で、三十分で終えるつもりが五十分かかってしまいました。
このシリーズですが、夏休みとともに終わるのではなくて、月イチ連載になる予定です。せっかく、地味な中年男の桐野くんではなくて、若く元気な看板娘が来たのですから、これからも働いてもらわねば(^^) 放課後の教室に二人きり、もマンネリなので、今度は場所を変えたり、ほかの登場人物たちもどんどん出したりしたいですね。タイトルは、「範子と文子の三十分一本勝負・延長戦」でどうかなあ?
でも書いてみてわかったのですが、「いい話」をするにはそれなりの段取りと状況説明が必要で、三十分で終えるつもりが五十分かかってしまいました。
このシリーズですが、夏休みとともに終わるのではなくて、月イチ連載になる予定です。せっかく、地味な中年男の桐野くんではなくて、若く元気な看板娘が来たのですから、これからも働いてもらわねば(^^) 放課後の教室に二人きり、もマンネリなので、今度は場所を変えたり、ほかの登場人物たちもどんどん出したりしたいですね。タイトルは、「範子と文子の三十分一本勝負・延長戦」でどうかなあ?
Re: LandMさん
反省文で一番印象に残っているのは、昔のアニメ「おじゃまんが山田くん」で、「反省文を書くなら日本一長い反省文を書け!」と教師に怒鳴られた学生が、ほんとうに原稿用紙の分厚い束を持ってきて、感動した教師が、「よし先生、これを全部読むぞ。徹夜してでも全部読むぞ」とめくったところ、「原稿用紙1枚に1文字ずつ」書いてあった、というやつでしたねえ。
学園ものは、クラスの活動よりも完全に所属する文化系サークルのほうを中心にやっていた、まるで「究極超人あ~る」(知ってる?)を地でいく、恋とも熱い友情とも無縁なオタク生活だったため、普通の学生生活がよくわからない、という……(^^;)
今回の、五十分かけただけあって、受けてくれてよかったです。ありがとうございました。
学園ものは、クラスの活動よりも完全に所属する文化系サークルのほうを中心にやっていた、まるで「究極超人あ~る」(知ってる?)を地でいく、恋とも熱い友情とも無縁なオタク生活だったため、普通の学生生活がよくわからない、という……(^^;)
今回の、五十分かけただけあって、受けてくれてよかったです。ありがとうございました。
NoTitle
これはいい話だなあ・・・。
いい話でいいんですよね?なんの引っかけもなく。
私がなにか見落としてるとかじゃなく。
(さいきん疑り深い)
夏休みの終わりごろは毎年寂しい感じがします。
このシリーズも夏休みとともに終わるんですね。
二人の台詞も憂いを感じてきましたねぇ・・・。
いい話でいいんですよね?なんの引っかけもなく。
私がなにか見落としてるとかじゃなく。
(さいきん疑り深い)
夏休みの終わりごろは毎年寂しい感じがします。
このシリーズも夏休みとともに終わるんですね。
二人の台詞も憂いを感じてきましたねぇ・・・。
NoTitle
そう言えば、本多孝好の小説の学園もので主人公が反省文を書かされている一節がありましたね。主人公とヒロインが同じ教室で反省文をかかされているんですが、これが面白かったですね。
主人公は反省文に
あいうえおかきくけこさしすせそ…・と音順にぎっしり文字数を埋める。裏に反省文と書いて、すごくしてます。本当です。
と書く。
ヒロインは『終身雇用制度の崩壊後における高校教育の在り方』という小論文を書く。
先生に思ったことを素直に書け、と言っただろう。と言われる。
二人とも「思ったことを素直に書きました」と答える。
先生があきれ返って、かえって良し。と言う。
…という一節がありましたね。
学園ものは学園ものらしいコメディもあって面白いと思いますよ。
私は今回のは面白いと思いました。
主人公は反省文に
あいうえおかきくけこさしすせそ…・と音順にぎっしり文字数を埋める。裏に反省文と書いて、すごくしてます。本当です。
と書く。
ヒロインは『終身雇用制度の崩壊後における高校教育の在り方』という小論文を書く。
先生に思ったことを素直に書け、と言っただろう。と言われる。
二人とも「思ったことを素直に書きました」と答える。
先生があきれ返って、かえって良し。と言う。
…という一節がありましたね。
学園ものは学園ものらしいコメディもあって面白いと思いますよ。
私は今回のは面白いと思いました。
覚え書き
三十分といいながら五十分もかけてしまった。反省している(^^;)
最近ミステリでもSFでもなくて、ただの学園もの(?)だなあ。なんとかしないとなあ。
最近ミステリでもSFでもなくて、ただの学園もの(?)だなあ。なんとかしないとなあ。
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Re: レオ・ライオネルさん
この一本勝負も、数はこなしているんですが、なかなか馬場対ブッチャー(古い)の域にはたどりついてくれません。
内容が深いと見えたらそれはたぶん気のせいです(笑)。
よければほかのショートショートなども、ゆっくりごらんになっていってください(^^)
またいらしてくださいね~♪