範子と文子の三十分一本勝負：ＦＩＧＨＴ・９８

　おーわった、おーわったっ。
　文子は鼻歌を歌いながら教室に入ってきた。
　宿題ぜーんぶ、おーわったっ。
　とはいっても、夏休みの残りはわずか四日になってしまった。これなら、一週間遊んで最終日に宿題を圧縮してやったほうが得だったかもしれない、などと不埒なことを考えてしまうのだが、まあ、これはもう。
「終わったものの余裕ってやつね」
　範子が机で腕を組みながら論評した。
「あ、いたんだ、範ちゃん」
「いたわよ。待ち合わせをいい出したのはわたしだもん、いなくちゃ詐欺ってものよ」
「そうだったね」
　文子はうなずいた。
「で、今日はどこへ行くの？」
「まずは、あやちゃんのお見舞い。意識が戻ったそうだから」
「うんうん」
「それから、うちでお昼を食べて、ちょっとゆっくりしてから飛行機でプライベートビーチへ」
「うんうんうん」
「ひと晩泊まって、明日ここに帰ってくるっていうコース。ご質問は？」
「どうして駒子ちゃんとか古々根さんとかも誘わなかったの？」
「駒子ちゃんは明日まで家族そろって海外旅行中。古々根さんは夏休み中はぶっ通しで予備校通い。小宮さんは精神修行のため教会へ。入子さんは漫画同人誌の在庫をさばきに大阪へ。他の人はうちの学校の殺人的な量の宿題に負けてそれどころじゃないって」
「進学校の宿命とはいえ、つき合わされる学生はたまったもんじゃないよね、範ちゃん」
「そうよねえ」
　範子はうなずいた。うなずいたが、その心の奥底では、野望の炎が燃えていた。
　なんということであろうか、範子は、他の学友たちに根回しをしておいて、文子と二人きりの一泊旅行を演出したのである！
　みんなが遊んでいる夏休み真っ只中に、文子を学校に呼び寄せてひたすら宿題を片付けたのも、ここに持ってくるための伏線、いや陰謀であったのだろうか！
　ああ、なんたる範子の邪智！　なんたる奸物！　穢れなき乙女、下川文子はついに範子の毒牙にかかってしまうのか！
　範子はこっそりと、プライベートビーチの別荘に用意してあるものを思った。
　大量の酒。
『これさえあれば文子の心は……』
　含み笑いを抑えられない範子。
　かくてこのシリーズは始まって以来の事態を迎えることになる！
　……つづくっ！