「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第一部 沈黙の秋
紅蓮の街 第一部 1-2
ここは女が平気で飲めるような酒場ではなかった。それは誰が見たって一目瞭然だった。こんな穴倉のような酒場に入るのは、安酒を求める荒くれたちくらいのものだ……。
だが。
女はいささかの物怖じもせずに『蜂の巣』の中へと入ってきた。
「なにかある?」
女は、わずかにしゃがれた声で店主に尋ねた。
「え、ええ」
店主は、気おされたようにそう答えた。
女にはどこか相手の心の隙間に入ってくるようなところがあった。気がついたら、相手の間合いに入ってくるようなところが、その動きのひとつひとつに感じられた。
「酒なら、エールと火酒とが……」
「なら、火酒をいただくわ。水はいらない。生(き)でね」
女はカウンターに腰かけた。
「は、はい、ただいま」
店主はあわてて火酒の甕に向かったが、それより先に店の客のほうが、いつもの空気に戻っていた。
あちこちから、口笛が上がった。
「ねえちゃん! 火酒とはいけるじゃないか! それなら味わってもらいたいねえ……おれの火酒をよ!」
「ああ、おれも、試してほしいと思ってるんだ、おれの股ぐらの酒袋は、濁った酒ではちきれそうだぜえ!」
「お前のなんか飲んだら、ご夫人のきれいな喉が腐っちまうじゃねえか! お嬢さん、できれば、このおれとあいてしてくれやしないですかね。この色男さんとよ!」
下卑た叫び声を聞いても、女は眉ひとつ動かさなかった。
店主の出した火酒の杯をちらりと見る。
「少ないわね」
店主は、慌てて甕に向かった。
「す、すみません。なにぶん物価が高騰していまして……」
「ふたまわりほど大きな杯に入れてくれる? とりあえず、これはもらうわ」
女はそういうと、自分の目の前にある杯を、一息で干した。
場は一瞬、しんとなり、その後、先をさらに上回る口笛と拍手が響き渡った。
「やるねえ、やるねえ、ねえちゃん!」
「こりゃあ、今晩つきあってもらわなくちゃならねえなあ」
「おれとどうだい? 気持ちいいことをしようじゃないか、ええ?」
新たに目の前に差し出された、エール用のかなり大きな杯を手にした女は、笑った。
嫣然という言葉がぴったりくる笑い。
「ただの男じゃ、つまらないわ。この中で、いちばん強い男にしましょ。強いのは誰?」
酒場の隅で、のそっと男が立ち上がった。
熊のような大男だった。

だが。
女はいささかの物怖じもせずに『蜂の巣』の中へと入ってきた。
「なにかある?」
女は、わずかにしゃがれた声で店主に尋ねた。
「え、ええ」
店主は、気おされたようにそう答えた。
女にはどこか相手の心の隙間に入ってくるようなところがあった。気がついたら、相手の間合いに入ってくるようなところが、その動きのひとつひとつに感じられた。
「酒なら、エールと火酒とが……」
「なら、火酒をいただくわ。水はいらない。生(き)でね」
女はカウンターに腰かけた。
「は、はい、ただいま」
店主はあわてて火酒の甕に向かったが、それより先に店の客のほうが、いつもの空気に戻っていた。
あちこちから、口笛が上がった。
「ねえちゃん! 火酒とはいけるじゃないか! それなら味わってもらいたいねえ……おれの火酒をよ!」
「ああ、おれも、試してほしいと思ってるんだ、おれの股ぐらの酒袋は、濁った酒ではちきれそうだぜえ!」
「お前のなんか飲んだら、ご夫人のきれいな喉が腐っちまうじゃねえか! お嬢さん、できれば、このおれとあいてしてくれやしないですかね。この色男さんとよ!」
下卑た叫び声を聞いても、女は眉ひとつ動かさなかった。
店主の出した火酒の杯をちらりと見る。
「少ないわね」
店主は、慌てて甕に向かった。
「す、すみません。なにぶん物価が高騰していまして……」
「ふたまわりほど大きな杯に入れてくれる? とりあえず、これはもらうわ」
女はそういうと、自分の目の前にある杯を、一息で干した。
場は一瞬、しんとなり、その後、先をさらに上回る口笛と拍手が響き渡った。
「やるねえ、やるねえ、ねえちゃん!」
「こりゃあ、今晩つきあってもらわなくちゃならねえなあ」
「おれとどうだい? 気持ちいいことをしようじゃないか、ええ?」
新たに目の前に差し出された、エール用のかなり大きな杯を手にした女は、笑った。
嫣然という言葉がぴったりくる笑い。
「ただの男じゃ、つまらないわ。この中で、いちばん強い男にしましょ。強いのは誰?」
酒場の隅で、のそっと男が立ち上がった。
熊のような大男だった。
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~ Comment ~
こんにちは^^
最近、じっくりと文字を読むのが辛くて、ついつい逃げてました^^;
でもやっと気候も涼しくなって来たし、「読書の秋」っつー事で読み始めましたよ~。
かなり進んでるから、タイムリーに追いつくのが大変そうです
ファンタジー? バイオレンス?
なかなか興味深げな幕開けですね~。
ポールさん、こんな女性がお好みなのかしら??
でもやっと気候も涼しくなって来たし、「読書の秋」っつー事で読み始めましたよ~。
かなり進んでるから、タイムリーに追いつくのが大変そうです

ファンタジー? バイオレンス?
なかなか興味深げな幕開けですね~。
ポールさん、こんな女性がお好みなのかしら??

Re: 秋沙さん
やっぱりダークヒーロー(ヒロインか?)にはあこがれるものがありますか。(^^)
作者としては、「ファンタジーを舞台にした犯罪小説」を目指してますので、どうかおつきあいくだされれば嬉しいであります。
作者としては、「ファンタジーを舞台にした犯罪小説」を目指してますので、どうかおつきあいくだされれば嬉しいであります。
Re: limeさん
まだ導入部ですから、そう暴れるわけにも(^^)
うまくこの女が描けていればいいのですが。
アクションシーンは明日までお待ちください(笑)
うまくこの女が描けていればいいのですが。
アクションシーンは明日までお待ちください(笑)
わ~い
やっと、ポールさんの連載小説をリアルタイムで最初から読める~。
しかも、私好みのちょっと昔話っぽい舞台。
えらく強そうな妖しい女・・・。
楽しみです。
こういう女に、一度でいいからなってみたいなぁ。
しかも、私好みのちょっと昔話っぽい舞台。
えらく強そうな妖しい女・・・。
楽しみです。
こういう女に、一度でいいからなってみたいなぁ。
NoTitle
馬鹿ですねえ~、男って・笑
いや、こういう酒場の連中は。
この女の人、強いんだろうなあ~。
早く暴れてください。笑
ポールさんが楽しんで書いてるのがわかります。
いや、こういう酒場の連中は。
この女の人、強いんだろうなあ~。
早く暴れてください。笑
ポールさんが楽しんで書いてるのがわかります。
Re: ぴゆうさん
なかなか血が流れてくれません。
まだ序盤のせいか、登場人物がなかなか一線を超えてくれないというか。
もっとキレて暴れまくってほしいのに、難しいですね。
打ち上げ花火のつもりが線香花火になってしまうかもしれん(^^;)
まだ序盤のせいか、登場人物がなかなか一線を超えてくれないというか。
もっとキレて暴れまくってほしいのに、難しいですね。
打ち上げ花火のつもりが線香花火になってしまうかもしれん(^^;)
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Re: 蘭さん
「400字詰め3枚」と、3分もあれば読めるので、今からでも楽に追いつけるかと(^^)
わたしの女性の好みですが、
「もう誰でもいいから現実世界でお友達になりませんか」
状況に突入しておりまして(笑)
まあそういうことであります(^^)