「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第一部 沈黙の秋
紅蓮の街 第一部 1-3
「ねえちゃん、おれに抱かれてえのかい……?」
熊のような大男は、巨体をゆすりゆすり、店の真ん中へ出て行った。
醜い男だった。
岩を砕いて作ったような四角い顔には、いくつもの傷跡があり、そのひとつは、顔を斜めに走って唇に食い込んで止まっていた。ひとつひとつの傷跡には、それなりの物語が宿っているに違いなかった。
女は、にこりと笑った。
「あんたが、いちばん強いの……?」
「喧嘩じゃ負けたことがねえ」
男は顔を歪ませて笑った。生肉の塊が笑ったような印象だった。
「強い男は好きよ……」
女は、歌うようにいった。
「強いんだったら、あたしに見せて。その証拠を!」
男は指を組むと、関節をぼきぼき鳴らし始めた。
「いいとも、見せてやるさ。この、『刻み岩』様の強いところをな……」
『刻み岩』と名乗った男は、手近な空いている椅子を、大鉢ほどある手でむんずとばかりにつかみ上げた。
そのまま両手で抱えると、男は身体に力を入れた。
筋肉が倍くらいにふくらんだように見えた。
こんな穴倉のような飲み屋にすえつけられた椅子だ、実用一点張りの、重くて頑丈なだけが取り柄の代物である。
その椅子が、きしんだ。
きしんで、悲鳴を上げた。
悲鳴は、ばきっ……という、物が折れる音とともにやんだ。
椅子は、見事に真っ二つになっていた。
『刻み岩』は、満足げな様子で、自分の手の中の椅子の残骸を見た。
「どうでえ……」
「素敵だわ……」
女は、とろりとした目でその椅子の残骸を見ていた。
火酒がなみなみと注がれた、エール用の杯をもてあそびながら、椅子から降りる。
「素敵だわ……」
女は繰り返した。
「だろう?」
『刻み岩』は、ぎらついた目で、女を見ていた。その目は欲情に血走っていた。
「さあ、いいところへ行こうぜ……」
『刻み岩』は手を伸ばし、女の身体をつかんで抱き寄せようとした。
その瞬間、女の身体はふわりとした動きで手から逃れていた。
「素敵だけれど、お呼びじゃないわね」
女の手から杯が飛び、火酒がばしゃりと『刻み岩』の顔にかかった。
「顔でも洗って出直してらっしゃいな」

熊のような大男は、巨体をゆすりゆすり、店の真ん中へ出て行った。
醜い男だった。
岩を砕いて作ったような四角い顔には、いくつもの傷跡があり、そのひとつは、顔を斜めに走って唇に食い込んで止まっていた。ひとつひとつの傷跡には、それなりの物語が宿っているに違いなかった。
女は、にこりと笑った。
「あんたが、いちばん強いの……?」
「喧嘩じゃ負けたことがねえ」
男は顔を歪ませて笑った。生肉の塊が笑ったような印象だった。
「強い男は好きよ……」
女は、歌うようにいった。
「強いんだったら、あたしに見せて。その証拠を!」
男は指を組むと、関節をぼきぼき鳴らし始めた。
「いいとも、見せてやるさ。この、『刻み岩』様の強いところをな……」
『刻み岩』と名乗った男は、手近な空いている椅子を、大鉢ほどある手でむんずとばかりにつかみ上げた。
そのまま両手で抱えると、男は身体に力を入れた。
筋肉が倍くらいにふくらんだように見えた。
こんな穴倉のような飲み屋にすえつけられた椅子だ、実用一点張りの、重くて頑丈なだけが取り柄の代物である。
その椅子が、きしんだ。
きしんで、悲鳴を上げた。
悲鳴は、ばきっ……という、物が折れる音とともにやんだ。
椅子は、見事に真っ二つになっていた。
『刻み岩』は、満足げな様子で、自分の手の中の椅子の残骸を見た。
「どうでえ……」
「素敵だわ……」
女は、とろりとした目でその椅子の残骸を見ていた。
火酒がなみなみと注がれた、エール用の杯をもてあそびながら、椅子から降りる。
「素敵だわ……」
女は繰り返した。
「だろう?」
『刻み岩』は、ぎらついた目で、女を見ていた。その目は欲情に血走っていた。
「さあ、いいところへ行こうぜ……」
『刻み岩』は手を伸ばし、女の身体をつかんで抱き寄せようとした。
その瞬間、女の身体はふわりとした動きで手から逃れていた。
「素敵だけれど、お呼びじゃないわね」
女の手から杯が飛び、火酒がばしゃりと『刻み岩』の顔にかかった。
「顔でも洗って出直してらっしゃいな」
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~ Comment ~
Re: LandMさん
貧困というよりも、この酒場はもうちょっと恵まれた人間が来るところです。
暴力組織の実行部隊のいちばん過激なやつらが来るところだと思ってください。(説明不足を痛感……しまったもっと書いておくんだった)
だから、銅貨10枚に15枚っていうのは、ほんとうの意味での貧困層にとっては天上の食事であり酒なのであります……。
暴力組織の実行部隊のいちばん過激なやつらが来るところだと思ってください。(説明不足を痛感……しまったもっと書いておくんだった)
だから、銅貨10枚に15枚っていうのは、ほんとうの意味での貧困層にとっては天上の食事であり酒なのであります……。
Re: 秋沙さん
実は秋沙さんいったことがあったとか(^^) なんてね(^^)
暴れるといってもたいしたことはまだ……。
暴れるといってもたいしたことはまだ……。
Re: limeさん
残念ながら、この女は、
いわゆる「男に惚れる」タイプの女じゃないんで……。(^^)
「男よりも金」ですからねえ(^^)
いわゆる「男に惚れる」タイプの女じゃないんで……。(^^)
「男よりも金」ですからねえ(^^)
Re: ぴゆうさん
ちょっと「小出し」感が強かったですかねえ?
まあそこらへんはじりじりと(^^)
まあそこらへんはじりじりと(^^)
NoTitle
貧困な世界観の中、酒場に屯する愚者たちを一掃するカッコいい女性の登場ですね
白い膚以外は黒ずくめの女性
色々想像しながら楽しませていただきます。
女性はどんな人物なのか?
刻み岩は本当に悪いやつなのか?
白い膚以外は黒ずくめの女性
色々想像しながら楽しませていただきます。
女性はどんな人物なのか?
刻み岩は本当に悪いやつなのか?
- #2028 レオ・ライオネル
- URL
- 2010.09/05 01:37
- ▲EntryTop
NoTitle
貧困は一つのテーマになりそうな小説ですね。
こういう一般庶民の生活を巡った話も書いてみたいなあ・・・とは思いつつも色々感じてしまいますね。破滅的なファンタジーは結構好きですよ。
……そういえば、最近はそういう小説書かないですね。
昔は結構書いていたんですけどね。
こういう一般庶民の生活を巡った話も書いてみたいなあ・・・とは思いつつも色々感じてしまいますね。破滅的なファンタジーは結構好きですよ。
……そういえば、最近はそういう小説書かないですね。
昔は結構書いていたんですけどね。
わ~いわ~い
「顔を洗って出直しておいで!」
いっぺん言い寄る男性に言ってみたい・・・(笑)
じらすなぁ、ポールさん。
どう暴れてくれるのかしら、この女性。楽しみだなぁ。
私も、ミズマ。さんと同じく、ラピュタの力自慢の場面、ボタンが吹っ飛んだところが思い浮かびましたわ。
いっぺん言い寄る男性に言ってみたい・・・(笑)
じらすなぁ、ポールさん。
どう暴れてくれるのかしら、この女性。楽しみだなぁ。
私も、ミズマ。さんと同じく、ラピュタの力自慢の場面、ボタンが吹っ飛んだところが思い浮かびましたわ。
NoTitle
この女性にはもちろんこんな熊男は釣り合いませんよね。
どんな男が好みなんだろう。そんな素敵な男に登場してもらいたいです。
(結局おまえは男かよ・・とか、言っちゃダメです!)
どんな男が好みなんだろう。そんな素敵な男に登場してもらいたいです。
(結局おまえは男かよ・・とか、言っちゃダメです!)
Re: ミズマ。さん
この女の性格からして、ついていくのはありえませんねえ。
こんな「バカ」をたらしこんでもろくなことには使えませんからねえ。
たらしこむならもっと気のきいたやつにするでしょうね。
まだ今の段階では人殺しをするところではない……と思います。
無差別な殺人鬼と「悪党」は違うと考えますので……。
こんな「バカ」をたらしこんでもろくなことには使えませんからねえ。
たらしこむならもっと気のきいたやつにするでしょうね。
まだ今の段階では人殺しをするところではない……と思います。
無差別な殺人鬼と「悪党」は違うと考えますので……。
ラピュタのパズーの親方の力比べのシーンが脳内をかすめました。シャツのボタンは弾け飛んだと信じます。
彼女がそいつについていったらどーしようかと思いました。
あ、でも彼が相手役になっても面白いかもだなぁ。
でも早くて明日には死んでしまいそうですね(^^ゞ
彼女がそいつについていったらどーしようかと思いました。
あ、でも彼が相手役になっても面白いかもだなぁ。
でも早くて明日には死んでしまいそうですね(^^ゞ
- #2022 ミズマ。
- URL
- 2010.09/04 11:42
- ▲EntryTop
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Re: レオ・ライオネルさん
そこまでやったら、いろいろと将来禍根を残しますから。
あくまでも、この女は、力自慢というよりは、むしろ、「売り込み」にきたわけですから、たとえ暴力を使うとしても「最低限の力で最大限の効果」を狙うわけであります(^^)
その「最低限」がバカみたいに大きくなることもありえますけれど。