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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 3-3

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    第三章 電話魔(承前)


     「桐野メンタルヘルス」へ戻ってから、わたしは電話をかけた。
     しばし待つ。
    『はい。ソフトスタジオBINDです』
    「失礼します。桐野というものですが、そちらの社員だったかもしれないかたについて質問させていただきたいことがありますので、昔のことがわかるかたに代わっていただけないでしょうか」
    『わかりました。しばしお待ちください。主任に代わります』
     オルゴールの音。「エリーゼのために」だった。
     しばらく待つと、オルゴールの音がいきなり途絶えた。
    『はい。お電話、代わりました。主任の芝草です。桐野さん、でしたね?』
    「失礼ですが、昔、BINDさんのスタッフに、上里大助氏というかたはいらっしゃらなかったでしょうか?」
    『なつかしい名前を聞きました……。はい、いました。上里がなにか』
    「なんとか連絡を取りたいのですが、不都合がなければ、どうかこちらに電話をしていただけるようにお願いしてはくださらないでしょうか」
    『いや……』
     芝草は言いよどんだ。
    『それは、物理的に不可能です』
    「不可能?」
    『上里は、五年前に、奥さんと娘さんもろとも交通事故で亡くなっていますから』
    「亡くなった?」
    『ええ。娘さんは、まだ高二だったそうです』
    「そうですか……」
    『上里に、なんの用事があったのですか?』
     幽霊から電話があったなどというわけにも行くまい。
    「いえ、それは、本人以外にはお話しするわけには参りませんので」
    『なるほど』
     わたしのいいかげんないいわけを、芝草は信じたようだった。それからわたしは、当たり障りのない会話を二、三してから電話を切った。
     ほんとうに上里詩穂は幽霊らしい。しかし、いったいどんな風に、相手に自分が死んでいることを、納得できるように当たり障りなく話せばいいというのだ。
     わたしは頭を抱えざるを得なかった。

     電話が鳴った。
     待ち構えていたわたしは、受話器を取ると、テープレコーダーのスイッチをオンにした。カウンセリングの際に、対話を録音することもあるので、道具として持っていたのだが、今まで忘れていたのである。
    『もしもし……桐野さんですか?』
     上里詩穂の声だった。
    「そうだ。詩穂ちゃんだね」
    『わたし……わたし、嘘なんかついてません……』
     また、泣き出しそうになったので、先回りしてやることにした。
    「この間の件については、わたしが間違っていた。上里大助氏も、塵劫高校も、ちゃんと実在していた」
     過去の世界に。
    『それじゃ……桐野さん?』
    「ああ。わたしが悪かった。君をそこから助け出すために、なんとか努力したい」
     助けることができるなら、だが。
    「君のいるところは、まだ暗いのか?」
    『ええ。暗い……暗いの』
    「なにも見えない?」
    『電話だけは……ぼんやりと見える。ほかには……穴蔵のような壁と床だけ……』
    「なにか、文字とか絵に似たものは見えないか」
    『文字も、絵も、見えない……』
    「そこは暖かいか」
    『冷たい。冷たくて寒い……』
    「風は吹いているかい」
    『風は吹いてない。でも寒い。寒くて冷たい……』
    「音は聞こえるか。前に話してくれた、車の音以外に」
    『車の音しかしない。それもとてもかすか』
    「今は?」
    『聞こえる』
     高速道路がすぐそばを通過しているのだろうか。しかし、日本で、高速道路のそばを墓地がある例なんて掃いて捨てるほどある。
    「高校まで大名木村にいたの?」
    『住んでた』
    「今いるのは、そこの近くかい」
    『……わからない。なにも……手がかりがない……』
    「そういわずに探してくれ。手がかりになるものを。なんでもいい。どんな小さなことでも!」
    『なにもない。ぼんやりとして、まるで……』
    「まるで?」
    『悪夢……』
     電話は切れた。
     わたしは、しばらくの間、固まったように動けなかった。

    「なるほど」
     テープを聴いた北村は、そういってお茶をすすった。
    「どう思う?」
    「本人からの手がかりが少なすぎますね。調査のしようがない、といわざるを得ません。そこをなんとか調査するとしたら、上里詩穂さんの背景から調べ始めることになりますが、力になれるかどうか。膨大な時間と、莫大な予算が……」
    「わかったよ」
     わたしはテープをプレーヤーから取り出した。
    「だいいち、北村さん、あなたにも、わたしが助言を求めたいことの内容はわかっているはずだ」
    「いえ、さっぱり」
     北村は空っとぼけた。
     くそ。
    「わたしが意見を聞きたいのは、彼女がわたしを意図的に狙って電話をかけてきたのかどうかということだ。悪夢とは。わたしに対する嫌がらせとしか思えん」
    「それは、わたしには専門外のことですから、桐野さん」
    「だがしかし、相手の出かたとその真の意味を読み解く術は、北村さんのほうが上のはずだ。カンでいい、教えてくれ。相手はわたしに害心を抱いているのか?」
    「……桐野さんは、どうお考えなのです」
     わたしか。
    「わたしを狙って、かけてきたんだと思う……」
     その言葉を、喉の奥から無理して押し出した。自分の中に激しい抵抗を覚える。
     なんてこった。わたしは、電話の声でしかない上里詩穂に、好感を抱いているのだ!
    「そう思うのなら、そう思うことです」
    「……」
    「桐野さん、わたしに、なにか、彼女が聖人であることを示すのに都合のよい理論武装用のアイデアでもあると思っていたのですか?」
    「そんなことは」
     ない、といいきれなかった。黙り込んだわたしに、北村はビジネスライクな声でいった。
    「それよりも、桐野さん、今晩はよろしいですか?」
     はっとして壁のカレンダーを眺めた。
    「しまった。今日だったっけ?」
    「今夜ですよ」
     例の社長の夢に入ることになっていたのを、すっかり失念していた。
    「寝ておきますか?」
    「いや、ゆうべはたっぷりと寝た。今から寝ておく必要はない」
    「それならいいですが」
    「代わりに、夢に入る相手のことをよく知っておきたい。資料をくれないか?」
    「用意してあります」

     長谷川武一。四十八歳。
     わたしはずらずらと並んだその経歴に目を走らせた。無味乾燥で退屈の極みみたいなものであるが、ここで知っておいたことが後でどんな役に立つかわからない。確かにそういう可能性は低いといわざるを得ないが、自分の命のためである。
     高校を卒業後、家業を継ぎ、平凡な部品下請け工場をちょっとした企業に育て上げた立志伝中の人物だということがわかった。苦手なタイプの人物かもしれない。
     調査でわかったことは全部資料にぶちこんでくれたらしく、経歴を読み終わっても、まだ書類は分厚く残っていた。いいことである。
     好きな野球チーム(オリックス)、サッカー(清水エスパルス)、関取(武双山)……などとどうでもいい情報が次から次へと書いてあった。こっちのほうが読んでいて面白い。
     資料によると、長谷川武一は、かなりの石部金吉であるらしい。依頼してきたのは妻の紀枝。もとは元請の中堅企業取締役の娘で、なかなか嫉妬深い女性だということが読み取れる。
     長谷川紀枝によると、夫が寝言で「みさき……」と女の名前を呼んだ、ということが全ての発端だった。よくよく振り返っててみると、電話をかけてもつながらないことが多い、最近帰りが遅くなった、などと思い当たる節がないこともない。
     それで怒り心頭に発して森村探偵事務所に相談に来たそうだ。
     調査員が身辺を調査したものの、長谷川武一はまったくシッポを摑ませない。紀枝夫人は「みさきという女と宿六を地獄のどん底に叩き込んでやるわっ!」と、淑女らしからぬ興奮した口調で叫んだそうだ。
     これでは調査を続けるしかない。探偵事務所も楽ではない。紀枝夫人の怒りの矢面に立たされた調査員たちに深く同情した。
     わたしがやるべきことは、「みさき」という女が誰であるのかを確かめることだった。それがわかれば、デッドエンドにぶつかった調査に風穴が開くことになる。
     夢魔が出ないだけ楽な仕事だった。
     最後のページに写真がクリップ止めしてあった。真面目そうな男の顔がこちらを見つめていた。見た感じでは、浮気をするような男とも思えない。
     わたしは資料を三度読んだ。
     やっぱり、なにかの間違いじゃないのか。
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    ~ Comment ~

    Re: 有村司さん

    結末はきちんとつけるのでお楽しみに。

    そろそろあの嫌味の塊のようなイヤな奴が出てくるころだな(^^)

    おはようございますー。

    うむむ…うむむ…。
    五年前に死んだ人が何故五年後に開業した桐野さんのクリニックの番号をしっているのか??死者に時間の概念はないのか??
    これが浮気(?)社長とどう結びつくのかつかないのか…??

    朝からうむむ…であります。
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