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    「ショートショート」
    ミステリ

    草野球

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    「で、あのガキはなんていってるんだ?」
    「すみません、もうしませんの一点張りです。謝ったからどうなるという話でもないのに」
     学校を出たばかりの若い巡査の話に、稲井警部は苦虫を噛み潰したような表情をした。
    「まったく、近頃の高校生は、平気で車で遊びやがる。調書はできたのか?」
    「はい。明白な事件でしたから。酒を飲んで、車を盗んで、無免許運転をして、コンビニに突っ込んだんです。死人が出なかったのが不幸中の幸いです」
     稲井警部はどかりと椅子に腰を下ろした。
    「まったく、明後日は甲子園の決勝で、初出場の道晶と名門中の名門の帝洪の一騎打ちだっていうのに、なんでこんな事件まで背負い込まなくちゃならないんだ。で、あの高校生は?」
    「それなんですがね……」
     巡査は声をひそめた。
    「やることは応援するだけの補欠ですが、野球部員らしいんですよ。帝洪高校の」
    「帝洪? あの学校の? なんとまあ……今年は十年に一度くらいの当たり年なのに。強打の須川、好投の長尾、強肩の高平……あんなチームは滅多にないぞ」
    「でも、これじゃ決勝戦に出るのは無理でしょうね。コンビニを派手にやっちまいましたから。明日の朝刊は、大々的に書きたてるでしょう」
     稲井警部はさらに嫌そうな顔をした。
    「よくて決勝戦辞退、下手をしたら再来年まで出場自粛ということにもなるかもな……。こんな場合、どうなるんだ?」
    「どうなるも、こうなるも……不戦勝で道晶の勝利になるか、準決勝で帝洪に負けたチームが上がってくるか。でも、あのチーム、帝洪にコールド負けを食らってましたからねえ。勝負は水ものだといっても、七対三で道晶でしょうね」
    「あのガキは、ほかになにもいってないのか?」
    「そういやあ、殊勝なことをいってましたよ。草野球をやってるみたいな自分に、甲子園へ行くなんて無理だったんだって」
    「ふうん」
     稲井警部は立ち上がった。
    「じゃ、おれは休むことにする。なんか面白い本はないか」
    「これなんかどうです? 時代小説ですが」
    「忍者ものじゃないか。こういうのに出てくる専門用語って、昭和の作家がほとんどこしらえたんだよな。『くノ一』なんて、今はみんな平気で使っているけれど、考えたのは山田風太郎だぜ」
     若い巡査は、へえっ、といった。
    「知りませんでした。じゃあ、これもそうなんですかねえ。『草』っていうのも」
    「『草』……?」
     ふいに顔を曇らせた稲井警部を見て、巡査は解説を加えた。
    「ええ。『草』です。草っていうのは、いわば潜入したスパイみたいなもので、それこそ親の代から敵地に潜入して、ずっと静かに時を待ち、ここぞというところで相手の寝首を……」
    「『草』くらい知っている。おい、あのガキはほんとに『草野球』といったんだな!」
    「え……ええ……えええ? まさか、警部どのは、まさか……」
    「そのまさかだ。決勝の相手校、道晶高校は、道晶学会とかいう新興宗教系の高校だ……しかも初出場……もし、あいつが、道晶を勝たせるために、故意に、計画的にこの事件を起こしたのなら……おい、すぐにあいつの、いや、あいつの家族を調べろ」
    「無理です。決勝戦は明後日です。とても間に合いません!」
     稲井は絶望的なうなり声を上げた。

     留置場で少年は、ひとり、目を閉じていた。
     自分が漏らしたひとことがうまく伝われば、二週間と経たぬうちに警察は自分の家族が父の代から隠れた道晶学会の会員だということを知るだろう。形だけは家族も抵抗するだろうが、持ちこたえられるのはそれくらいだ。それにお始祖様からじきじきに下された命令を知っている祖父も父も、死んでしまって今は亡く、自分さえしゃべらなければ、秘密が漏れる恐れはまったくない。そして少年は、自分の意志力に自信を持っていた。
     宗教団体が他の学校にスパイを潜り込ませ、犯罪を起こして当然行われるべきだった試合を妨害したと見られるこの行為は、道晶学会にとって致命的ともいえるスキャンダルとなる。たとえ道晶学会が事実無根と弁明し、さらに道晶高校が優勝を返上しても、世論は、特に高校野球に幻想を抱いている世論は、なにもしなくても道晶学会を社会的に抹殺してくれるに違いない。
     教敵の悪魔として道晶学会を蛇蝎のようにお嫌いになられていたお始祖様は、そこまで見越して、自分たちを道晶学会の広い範囲に『草』として蒔いてくださったのだ。
    「闇に生まれ闇に消える。それが忍者の定めなのだ」
     それが忍者の定めなのだ。
     少年は無事に任務を果たした悦びに、一筋の涙を流していた。
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    ~ Comment ~

    Re: トゥデイさん

    まあ人間疑えば疑えるものですからね(^^)

    深田恭子が主役、と聞いた時点であのドラマは見る勇気が(笑)。
    2シリーズも作られたから面白かったんでしょうけど。

    「ホテルの富豪刑事」で「ワーナー・ブラザース組」が原作そのままで総出演したら絶対見た……かも(笑)。

    合唱にも…とは単に不安になってるだけで確信はないです。
    審査員が世捨て人みたいなものなので陰謀が入る余地はあまりないと思います。

    失礼、「富豪刑事」は、ドラマの話です。
    賭博に勝つために顧問に生徒の問題を捏造させる(盗品を部室に置いとくとか)という話でした。
    成り行きから山下真司演じる警部がラグビー部を指導するなんて小ネタもありました。

    Re: ネミエルさん

    我ながらものすごい勢いでネタを使いつぶしているので、いつまでネミエルさんを満足させられるかわかりませんが、

    まあとにかくこれからも何か書きます(^^)

    Re: LandMさん

    わたしの小説もかなり単純なストーリーですよ(^^)

    なにせ登場人物が5人を超えるとなにを書いているのかわからなくなる、という……。

    小説はこれから読みに行きますね~♪

    なるほど。
    その発想はありませんでした。
    やっぱりポールさんはすごいですよ。

    一年ちょい前からそう思っていました。

    NoTitle

    ストーリーのギミックは巧妙ですよね。
    この辺は本当にすごいと思います。私はストーリーに関しては結構単純に構成されているので、こういうのが上手だなあ・・・と率直に思います。ポール様のキャラがようやく出せたので報告です。また詳細設定などは次回の更新で出てくると思いますよろしくお願いしますです。
    どうも、LandMでした。

    Re: 矢端想さん

    道晶球児もかわいそうですが、身内に裏切られた(しかも故意に)、帝洪球児もかわいそうなんてもんじゃありませんよね。
    よくよく考えるとまことに悲惨な話を書いてしまったので、次回はもっとほのぼのした話を書こうと思います。

    ……って「紅蓮の街」は殺伐なんてもんではなかったのであった(^^;)

    カーク・ダグラス、意外でしたか? 特に、「OK牧場」のドク・ホリディは、描かれなかった後日譚での「酒で身を持ち崩したサイレンス」にぴったりだと思ったのですが。ナイフを投げるのもそっくりだし。あの映画を見る前に小説を書いた、といっても、誰も信じてくれない予感が(笑)。

    西部劇はまたいつの日か書こうと思っています。今度は明るいのを。

    Re: トゥデイさん

    富豪刑事にあんなエピソードありましたっけ?
    「富豪刑事の囮」「密室の富豪刑事」「富豪刑事のスティング」「ホテルの富豪刑事」のどれにもラグビーは出てこなかったような……。
    もしかしたらテレビ版ですか? そちらは見てないです。

    しかし、黒い噂って、合唱にまでそんなものが……。やですねー裏工作って。とほほほ。

    NoTitle

    そうだ。思っててひとつ書き忘れてました。罪のない道晶高校球児たちがかわいそうだなーってこと。本来帝洪高校球児だけの災難かと思ったら、彼らの方がもっと深い傷を負うことに。
    まっ、こういうお話はしゃーないかっ。(←軽っ!)

    ジャック・サイレンス役がカーク・ダグラスだったとは! 僕はもっと違うイメージだったので嬉しいです。急にまったく別のリアリティが出てきて、「まるで赤子のように」は大好きな映画(?)のひとつになりました。それもすごくカッコいい映画。

    ドラマで使われ過ぎて、もう「山」「星」「山吹色の饅頭」は隠語として使えなくなったという。
    いずれ「草」も?

    お久しぶりです。
    何と見事な二段構え。
    「富豪刑事」にも似たエピソードありましたね。あれはラグビーでしたが。
    本当に学生が競う事には黒い噂がつきもの。私がやってた合唱にも…

    Re: 矢端想さん

    初稿ではオチは一段だったのですが、それではあまりにも芸がないだろうというので二段にしました。

    よくよく考えると、新興宗教ネタは安永航一郎先生風の完全ギャグにでもしないと発表は命がけですね(^^)

    夢があるというよりは、巻き込まれた人たちがすごく迷惑する話ではありますけれど、楽しんでいただけたようでなによりです。

    スタージェス監督の「OK牧場の決闘」見ました。ドク・ホリディの人物像はこっちのほうがよかったけれど、映画としての面白さは「荒野の決闘」のほうが上だったと思います。
    わたしの小説「まるで赤子のように」のジャック・サイレンス役は、わたしの中ではカーク・ダグラスに決まりました(^^) イメージぴったりだったんだもん(^^)

    Re: たかのゆき先生

    先生、よくいらっしゃいました。

    立原えりか先生と比較していただいて畏れ多くてたまりません(^^;)
    いつかはあの先生のような作品を書きたいです。

    もともと、「草」を使ってみようと思ったのは、実はマンガの「スケバン刑事」で、中に出てくる裏切り者が「おれは『草』だぜ」などといっていたことで、草だったらもうちょっとうまい使い方があるものではないかな、と考えて、甲子園とかスポーツ大会、という発想に至ったものです。

    草、で、野球、だから、草野球、というのは、ただのダジャレですね。わたしはこういうダジャレが大好きでして(^^)

    新興宗教系の高校、というのは、何の罪もない新興宗教系の高校には悪いですが、登場人物の動機を説得力を込めて説明するためにはこうするしかなかったのです。

    善良な信徒の皆さんごめんなさい(←遅い(汗))

    NoTitle

    面白かったです!短い文字数に二段オチ的アイデア。本当にこういうのはお得意ですね。新興宗教モノは迂闊に書くとそれこそ抹殺されてしまいかねない危険なタブーですが、余計な背景を書かずに済むショートショートは特定の団体をイメージさせることもなくゲリラ的で小気味よいですね。ただひとりの少年の活躍で組織を壊滅に追い込むような話も、夢があっていいと思いますよ。胸がすきます。

    こんばんは

    いつも楽しく拝見させております。
    ポールブリッツさんの文体はとても優しく
    非常に心地よく入ってきます。
    学生のころに愛読していた
    立原えりかさんの童話の世界のようです。

    さて今回の「草野球」ですが
    草がかかってる事を理解したとき
    なるほど!と膝を打ってしまいました。
    よく繋げたなぁと思いました。

    ところで私は「新興宗教系の高校」という一説に
    ドキリとしました。
    甲子園に出てくる高校は多いですものね。

    Re: ぴゆうさん

    よく不祥事で名門校が出場辞退、という事件が新聞を騒がせていますが、それを故意にやったらどうなるか、というアイデアで書いたのがこの作品です。

    よく考えてみれば、野球の才能なんかまったくない学生を一人潜入させ破壊工作をさせることによって有力チームをひとつつぶすことができるのですから、コストパフォーマンス的には実に優れた作戦、かもしれません。

    お知り合いになった作家の先生にお見せしたら、発表したらほんとにマネする人が出てくるんじゃないかなんておっしゃっておられましたが……いないよなあたぶん……。

    Re: limeさん

    いえそれはlimeさんの勘違いでもなんでもなくて、

    ・帝洪高校は部員の無免許飲酒運転事故で決勝出場辞退

    ・道晶高校はその決勝辞退を画策したという疑惑をかけられて(そもそもそんなことをしていないので証拠など出てこないのですが、「やってない」という証明は原理的に不可能なのであります)、優勝を自主返上させられたうえで猛烈な社会的批判を浴びて社会的抹殺

    ・笑うのはライバルを蹴落とすことに成功した、すべての計画を立てた「お始祖様」の宗教団体(名前は出てきませんでしたけど)だけ、

    という救いがなんにもない話なのであります。

    ちょっとブラックでシニカルすぎたかと思いましたが、一番最近書いたのがこれなので……(^^;)

    来週のつなぎにはもうちょっと夢がある話を書こうっと。

    Re: ミズマ。さん

    宗教団体の権力闘争に高校野球がいいように利用された、という話ですが、

    裏を返せば、高校生の課外活動に騒ぎすぎじゃないのか日本人、という文化批判も……少し入ってます。

    NoTitle

    これはまさに深読みのポールにしかできない小説。

    これから、野球関連の事件があると、つい思っちゃうね。

    すごいリアル。

    秀作ですねv-218

    堪能しました。

    NoTitle

    相手チームは痛手を受けなかったわけですよね?良かった。
    (最初ちょっと勘違いしてました・恥)
    短い中にたくさんのひねりがあって面白かったです。

    また、場つなぎに、ミステリーをお願いします。
    ちょっと前にひと作品書き終えて、今は空っぽです。
    この空っぽの時期が苦しい。
    僕らの相対論に逃げようかしら・・・笑(読者減る?)

    連載再会も楽しみにしています。(でも、のんびりと・・・ね)

    そうきますかー!
    電車の中で読ませていただきました。思わず降りる駅のひとつ前で降りそうになりまたしたよ←

    くの一って山田さんが作ったんですね! またひとつ賢くなりました。

    しかしお始祖さまになにがあったのでしょう……。気になります。

    覚え書き

    高校野球まっさかりのときに書き、あまりといえばあまりな内容にお蔵入りにしていたが、ミクシィのほうにUPしたら褒めてくれたかたがいたのでこちらにもUP。

    しかしミクシィのほうでも読者数は伸びないのであった(笑)。

    来月頭の連載再開までの場つなぎです。
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