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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 3-4

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    第三章 電話魔(承前)


     深夜一時。
     わたしは北村の運転するシャレードの助手席で、読んだデータを反芻していた。長谷川武一が昨日、夜遅くに会社を出てから立ち寄ったのは、吉野屋とパソコンショップだけだった。いずれにも十五分くらいしか滞在していない。会社ではひとりでデータと格闘していたし、吉野家でもパソコンショップでも女とはまったく接触はない。それどころか、過去三週間の調査においても、決まった人物と接触している様子すらない。
    「ふと思ったんだが、ホモ、っていう可能性はないのかい。みさき、というのも姓だとしたら、男の可能性は否定できないんじゃないか」
    「そちらも当たりましたが、まずないだろう、という結論に達しました。もしそういう趣向を隠しているとすれば、KGBかCIA並みの機密保持能力です」
    「ふう……ん」
     車は赤信号で止まった。
    「紀枝夫人はその名前のことを主人に問いただしたのかい」
    「報告書を読まなかったんですか。あの人は、亭主にいいわけされる前に、自分が動かぬ証拠をつきつけるつもりなんですよ。そうやって圧倒したほうが、その後の交渉を有利に進められるでしょう」
    「気の毒だな。この夫婦」
     窓の外の景色をしばらく眺める。
     わたしはいった。
    「浮気なんかしてないという結果が出てきてもわたしはちっとも驚かないぜ」
     目の前で信号が赤から青に変わり、北村はアクセルを踏み込んで答えた。
    「わたしもですよ。だからといって、そんなことを紀枝婦人にいってどうなります」
    「どうにもならない。ぎゃんぎゃん事務所で吠えられて、あげくの果ては調査費を払うの払わないのでもめるはめになる」
    「それですめばいいんですがねえ」
     北村はとんとんと人差し指でハンドルを叩いた。
    「あの手のタイプには日本語が通じませんからね。なんとか穏便に引き上げていただくには、どのような手段を使ってでも『みさき』の正体を確かめなくては」
     ちらりとこちらを見る。
    「期待してますよ、桐野さん」
    「せいぜいがんばるよ」
     車はしばらく走った後、瀟洒なマンションにたどりついた。
    「ここですよ」
    「ここか」
    「そう。ここの十三階」
     北村は車を停め、わたしは助手席から外へ出て、大きく伸びをした。
     ふと大事なことを思い出す。
    「そういや、北村さん、ここは闖入者が入ってこないようにロックする設備が入り口についているんじゃないのか?」
    「そうですよ。でも、この時間は、開けておいてくれているはずです」
    「大丈夫か?」
    「何年、これでメシを食っていると思ってるんですか」
    「悪かった」
     わたしは北村と連れ立って、マンション入り口へと向かった。
    「離れていたり、相手が見えなかったりしても夢には入れるんですよね」
    「困難を極めるけどな。前に捜してもらった静川郁夫なんか、病院外から地上四階の病室で寝ている女性の夢へ入ってきたものだ」
    「スケベ根性丸出しですね。今回の相手は、どうでしょう」
     そういいながら、北村は入り口を開けた。言葉通りに、スムーズに開いた。
     餅は餅屋である。
     カメラを気にする様子もなく、北村は歩を進める。廊下の突き当たりにあるエレベーターのボタンを押した。待つ間にわたしは説明を受けた。
    「一応、長谷川氏の家の扉の前まで行きます。桐野さんは、そこで夢に入ってください。相手に近接しているほうが、桐野さんも入りやすいでしょう?」
    「そりゃまあね」
    「入っている間、わたしが見張りをします。誰か来たら桐野さんをかついで逃げます。酔っ払いを介抱するふりはうまいので任せておいてください」
    「その際は丁寧に扱ってくれ。意識だけ他人の身体に置き去りにされたらたまらない。だいたい、夢に入っている間に肉体を遠ざけられたらどうなるかさえわからない。やったことないもんな」
     扉が開き、わたしたちはエレベーターに乗り込んだ。
    「十三階?」
    「十三階」
     北村はボタンを押した。エレベーターは素早く上昇を開始した。
     十三階までは、あっという間だった。
     わたしたちは真っ暗な中を、非常灯のみをたよりに進んで行った。
     目的地の一三〇六号室、長谷川夫妻の部屋までたどりつき、わたしは座り込んだ。
    「お願いします、桐野さん」
     北村にうなずき、精神を統一、集中した。
     脳裏に青い正六角形をイメージする。右に六十度傾け、色を紫に変えた。次々と回転させながら、色を赤、オレンジ、黄色、緑、そしてまた青へと変化させていく。
     どんどん回転と色の変化のスピードを上げていった。
     速度が頂点に達し、六角形が真っ白の輝く正円へと姿を変えたその一瞬……!
     わたしは長谷川武一の夢の中へ入っていた。
     そこは、どことなく陰鬱な感じのする深い森だった。ヨーロッパによくありそうな風景である。気のせいか、周囲の空気もどこかセピア色に染まっているような気がする。
     夢魔はいないようだった。もし夢魔がいたら、この仕事は割に合わなくなるところだ。それでも、周囲に注意を配りながら歩くことにする。
     しかし、ここはどこだ?
     長谷川武一の過去の調査記録を調べた限りでは、こんな森が出てくるような情景とは、無縁の人生を送ってきたはずだが……。
     考えながら歩いて行くと、目の前で突然、森が切れた。
     開けたところに一歩を踏み出すと、視界に大きな建物が入ってきた。
     総鉄筋コンクリート製の、現代的な建築物だ。どこか清潔さを覚えさせる。
     病院……? 学校……?
     とにかく、そういう風に見える。長谷川武一の精神はこの中にいるのだろうか。
     わたしは建物の中へと入って行った。
     どうも学校らしい。窓からいくつもの教室が見える。
     生徒がいないのは、休日にでも当たっているのだろうか……?
     校舎内に入り、でたらめに歩き回った。だだっ広いので探すのがたいへんだ。
     音楽室の前を通ったとき、物音がするのに気付いた。
     ここか?
     わたしは扉をそっと開けると中を覗き込んだ。
     一目で、わたしは全てを納得した。
     北村にどう報告すべきかは問題だったが。
     ついでにもうひとつ、わたしは重大なことを知った。

     翌日になった。
     今日の昼飯はコンビニ弁当である。昨日、いや今朝、森村探偵事務所よりもらった報酬により気が大きくなっていたので奮発したのだ。
     今生の別れのようなつもりで焼肉弁当を食べていたとき、電話が鳴った。
     誰からかは考えるまでもなかった。
     取る。
    「……はい。『桐野メンタルヘルス』です」
     安堵のため息が聞こえた。
    『桐野さん?』
    「詩穂ちゃんか。ちょっと失礼」
     受話器を首で押さえながら、デザートがわりに卵焼きを口中に放り込み、弁当の蓋を閉じた。
    『あの……桐野さん?』
    「いや、昼食を取っていたところだったんだ」
     わたしはそういいわけすると、受話器を持ち替えた。
    「詩穂ちゃん、君は……」
    『わたしは?』
    「いや、それは、逢ってから話そう」
    『逢うって……?』
    「そちらに行くってことだ」
    『来て……くれるの?』
    「ああ」
     わたしは受話器を見据えた。頭の中に青い六角形を思い浮かべる。
     色を変化させながら回転させた。
     頭の中でイメージが頂点に達したとき、電話回線を伝って、どことも知れぬ世界に、自分が運ばれて行くのを感じた。

     気がついたときには、わたしは暗黒のただ中にいた。
     わたしは悲しみを込めた声でいった。
    「詩穂ちゃん。来たよ」
     上里詩穂の、同じく沈鬱な声が答える。
    「桐野さん……来てしまったのね。わたしの、夢に……」
    「ああ」
    「ごめんなさい……」
     いいたいことはだいたい察しがついたが、わたしは黙っていた。
    「あなたをここに来させることができたら、身体をくれるといわれたの。『悪夢』という言葉さえ使えば、あなたは必ずここへやってくるって」
    「……」
    「だましていて、本当にごめんなさい! でもわたしは、生き返ってもう一度太陽の光を浴びたかったのよ!」
     その気持ちはよくわかった。しかし……。
    「君にわたしを呼ばせたのはどいつだ」
    「それは……」
    「それはわたしたちです」
     闇の中に、光がぼっと灯った。すらりとした男のシルエットが、そこに浮かび上がった。
    「貴様が……」
     シルエットは柔らかい、そのくせ妙に癇に障る声で答えた。流暢な日本語だが、若干外国なまりがある。
    「わたしたちは、ユニオン・ジャッカーと申します。わたしは代表の、クリスです」
     シルエットはわたしを手招きした。そこから光の道がわたしのほうにするすると伸びてくる。
    「わたしを誘ってくれているのか?」
    「そのとおりです、ドクター・キリノ。ご饗応の準備は整っております。どうかこちらへ」
    「詩穂ちゃんも一緒に来るなら行ってやる」
     シルエット、クリスは、大げさにため息をついた。
    「おお、それは、困りますねえ。ミス・カミサトには、まだ身体ができていないのですよ。ドクターがあまりにも早くやってこられたものですから」
    「ふん」
    「そちらは鋭意製作中ということにして、その前に、前祝いとしてドクターだけでもいらしていただくわけには参らないでしょうか。こちらも、手荒な真似をするようなことはできるだけ控えたいと思っておりまして……」
    「暴力は臆病者の最後の隠れ家だぜ、クリスさんとやら」
    「だったら強がりは最初の隠れ家ですね、ドクター。早くいらしていただくわけには行きませんか? こちらもせっかく準備したことですし」
    「わかったよ」
     見透かされていては話にならない。わたしは光の道に一歩を踏み出した。
    「桐野さん……」
     上里詩穂がいった。
    「なに、気に病むことはない。君は君で自分のために選択をしたんだ。それに乗ってきたのはわたしだ。君がつらいのは、むしろこれからだろう」
    「それって、どういう……」
    「すべて悪いのはあのクリスとかいうゲス野郎だということさ。それじゃ」
     今度はわたしは後ろを振り向かなかった。

     光の道を進んでいくと、男の姿がだんだんはっきりとしてきた。長身でやせこけた身体をした、金髪の白人男性である。いやみったらしい片眼鏡をはめ、ブランド物と思われるスーツを着ていた。そして右腕には奇妙なブレスレットが輝いている。なにか機械のようだが。
    「どうぞ、こちらです、ドクター」
     クリスはわたしの手を取ろうとした。わたしはその手を払った。
    「やめてくれ」
     クリスは肩をすくめた。
    「なにかお気に障ることをいたしましたか?」
    「あんたは信用できない」
    「それではご自由に」
    「そうさせてもらう」
     わたしはクリスの後についていった。
     気がつくと、大きな広間に出ていた。中央に大きなテーブルがあり、給仕が控えている。その右腕にもブレスレットがあった。制服かなにかだろうか。テーブルに載っているのは豪華な食事の用意らしい。
     コンビニ弁当とは比べようもなかった。
    「席におつきください」
     わざと乱暴に椅子を引き、座って足を組んだ。そのくらいしかできることはなかった。
     クリスはあくまでもにこやかに真向かいの席に座った。
     給仕が、オードブルを運んできた。
    「どうぞ、ドクター、好きなものをおひとつ」
    「残念だが、わたしは、すでに食べてきた」
    「ここは夢の中ですよ、ドクター。いくら食べても体重が変わることはありません。いつ食べ始めてもいいですし、いつ終えてもいい。なにより一番いいことは、これだけの量の珍味佳肴を並べても、ほぼタダ同然ということでしょうな」
     クリスは手を摺り合わせた。
    「まあ、太ることがないといっても、わたし並みの力を持つものにとっては、ですが」
    「夢の中といったが、誰の夢の中なんだ」
     わたしはオードブルには手もつけずにいった。
    「ご存知でしょう? もちろん、上里詩穂嬢の夢ですよ」
     クリスは、驚いたという表情を作って答えた。
    「昨日までのわたしだったら、それでも信じたかもしれん。だが、わたしは、すでに『哀楽園』の存在を知っているんだ」
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    ~ Comment ~

    Re: 有村司さん

    いちおうハードボイルドの主人公ですから(^^)

    ここらへんは更新分が長くてすみません。もともとの長編を、ぶつぶつ切って連載にしたので……(^^;)

    なんと!!

    なんとかユニオンの名前が、ここで明らかに!?

    そして「哀楽園」とは!?

    待て次号!!

    って感じですね…!
    しかし桐野さんの毅然とした態度にシビレルー!!
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