「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第一部 沈黙の秋
紅蓮の街 第一部 8-1
8
「とにかく……」
イルミール家の縄張りの外れ、ガレーリョス家の縄張りとの間の緩衝地帯の広場で、ガスとナミは肩を寄せ合って、これから来るであろう相手を待ち続けていた。
『彫刻屋』の異名を取るガスは、仏頂面で木片に女体の裸像を刻みつけた。想像力が及ぶ限りに淫猥なポーズを取らせるつもりだったが、ガスの想像力は自分がかねてより思っていたほど自由奔放ではないらしかった。
ナイフを小刻みに動かして器用に太股を彫っていたガスは、ひとこと「くそっ」と叫ぶと、その小像の胴体にナイフを突き立て、まっぷたつに割り、市内を流れるどぶ川に捨てた。
「なにがしたかったのよ」
ナミは手にした紐を弄びながら尋ねた。
「お前をモデルに、想像もできないような卑猥な像を彫ろうと思ったんだ」
ガスはナイフを腰に戻した。
「胸飾りにでも首飾りにでもしてぶら下げておけば、道行く人は誰でも、お前がどんな根性の持ち主か、ひと目でわかるだろう?」
「そんなものを作らなくても、あたしの根性がどんなものかくらい、金さえ払えばいくらでも教えてあげるわよ」
ナミはとろりとした顔で微笑んだ。
「どうお、あなたも?」
「よせ。お前なんかと一晩を同じ寝所で過ごしたら、毒を盛られるかナイフを突き立てられるかで、翌朝にはこの港の魚のえさになっちまう。そんなのは、おれとしちゃあ絶対に願い下げだ」
「利用価値があるとあたしが判断している間は、それこそ絶対に、あたしはそんなことしないわよ」
「判断の内容を知っているのがお前だけ、というのがおれは気に食わないんだ。いいか、おれはな、お前のことなんか小指の先ほどだって信用していない。小指の爪の先ほどもだ。わかるだろうな?」
「嫌われたものね」
「自業自得だ」
ガスは吐き捨てるようにいった。
「まあ、あんたがいったいどんないやらしいおもちゃを作ろうとこっちは知ったことじゃないけど」
ナミは傍目にはぼんやりとした表情で中空のどこかを見ていた。
もちろん、ガスは知っていた。ナミが、この周りで起こるあらゆる微細な変化に目を配っていることを。もしここで、ガレーリョス家が弓矢で襲ってきたら、ナミはすかさず物陰に身を隠すに違いない。そのとき、そこまで移動するための楯に使われるのは、まず間違いなくガス自身の肉体であろう。
「あたしが聞きたかったのは、その前の『とにかく……』の後の台詞よ」

「とにかく……」
イルミール家の縄張りの外れ、ガレーリョス家の縄張りとの間の緩衝地帯の広場で、ガスとナミは肩を寄せ合って、これから来るであろう相手を待ち続けていた。
『彫刻屋』の異名を取るガスは、仏頂面で木片に女体の裸像を刻みつけた。想像力が及ぶ限りに淫猥なポーズを取らせるつもりだったが、ガスの想像力は自分がかねてより思っていたほど自由奔放ではないらしかった。
ナイフを小刻みに動かして器用に太股を彫っていたガスは、ひとこと「くそっ」と叫ぶと、その小像の胴体にナイフを突き立て、まっぷたつに割り、市内を流れるどぶ川に捨てた。
「なにがしたかったのよ」
ナミは手にした紐を弄びながら尋ねた。
「お前をモデルに、想像もできないような卑猥な像を彫ろうと思ったんだ」
ガスはナイフを腰に戻した。
「胸飾りにでも首飾りにでもしてぶら下げておけば、道行く人は誰でも、お前がどんな根性の持ち主か、ひと目でわかるだろう?」
「そんなものを作らなくても、あたしの根性がどんなものかくらい、金さえ払えばいくらでも教えてあげるわよ」
ナミはとろりとした顔で微笑んだ。
「どうお、あなたも?」
「よせ。お前なんかと一晩を同じ寝所で過ごしたら、毒を盛られるかナイフを突き立てられるかで、翌朝にはこの港の魚のえさになっちまう。そんなのは、おれとしちゃあ絶対に願い下げだ」
「利用価値があるとあたしが判断している間は、それこそ絶対に、あたしはそんなことしないわよ」
「判断の内容を知っているのがお前だけ、というのがおれは気に食わないんだ。いいか、おれはな、お前のことなんか小指の先ほどだって信用していない。小指の爪の先ほどもだ。わかるだろうな?」
「嫌われたものね」
「自業自得だ」
ガスは吐き捨てるようにいった。
「まあ、あんたがいったいどんないやらしいおもちゃを作ろうとこっちは知ったことじゃないけど」
ナミは傍目にはぼんやりとした表情で中空のどこかを見ていた。
もちろん、ガスは知っていた。ナミが、この周りで起こるあらゆる微細な変化に目を配っていることを。もしここで、ガレーリョス家が弓矢で襲ってきたら、ナミはすかさず物陰に身を隠すに違いない。そのとき、そこまで移動するための楯に使われるのは、まず間違いなくガス自身の肉体であろう。
「あたしが聞きたかったのは、その前の『とにかく……』の後の台詞よ」
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Re: ぴゆうさん
でもこちらも、このまま解説役ばかりさせておくつもりもありませんが……。