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    ささげもの

    人間なんかじゃない

     ←紅蓮の街 第一部 15-3 →紅蓮の街 第一部 15-4
     酒場「紅い蜘蛛」は混んでいた。西部の男たちにとって事実上、遊興とは、酒を飲むか、ポーカーをするか、女を買うかの三種類しかない。アリゾナの辺境地帯にある小さな村では、その三つともかなえてくれる可能性のあるのは、村に一軒しかないこの酒場だけだった。

     もとより、まともな村ではなかった。近くにある銅鉱山が必要としていた人夫たちのねぐらとして開拓されたこの村は、鉱山の業績が左前になるにつれて、みるみるうちに人が減っていった。今、この村にいるのは、そろいもそろってわけありの連中だけだった。他人のことは聞かず、自分のこともしゃべらないのが暗黙のルール、そんな空気のなかで、男たちは、それぞれにグラスを重ねていた。

     酒場の扉が、ゆっくりと開いた。入ってきたのは、帽子を深くかぶった、幽鬼のような顔をした痩身の男だった。

    「ジェーン・ムーア!」

     男は叫んだ。自己紹介でないことだけは明白だった。

    「流れ者のジェーン・ムーアはいるか?」

     酒場にいる人間の視線が、一点に集中した。

     ジェーン、という名前は男のものではなかった。酒場には少なからぬ女がいたが、そのほとんどは一夜の春を売る娼婦たちで、闖入者の探していると思しき人物は、奥で飲んでいた、コート姿の三十五、六の女ひとりしかいなかった。

     女は暗い視線を相手に向けた。

    「いかにも……」

     グラスの酒をきゅっと飲み干し、トン、と音を立ててテーブルに置いた女は、めんどくさそうに返事をした。

    「あたしが、ジェーン・ムーアよ」

    「見つけたぞ……」

     幽鬼のような男は、目ばかりをぎらぎらと輝かせて、ジェーンを見た。

     見つけられたほうは、事態をあまり喜んでいないようだった。

    「見つけたのはいいけれど、自己紹介もしてほしいわね。あたしの知り合いに、あんたみたいな男はいないわ」

    「見忘れたか」

     幽鬼のような男は帽子を持ち上げた。幽鬼のような顔がさらに凄みを帯びた。

    「ガイ・ロックフォードの弟、ケビン・ロックフォードだ」

     ジェーンは薄く笑った。

    「ガイの弟だったのね。奥さんと息子さんは元気?」

    「いけしゃあしゃあとよくもいえたものだな……ああ、二人とも元気だよ。キャシーは隣村のボブと再婚し、息子のほうも家族とうまくやっているようだ。だが、あの二人は、もっと幸せに暮らしていたはずなんだ、貴様が、ガイを撃ち殺したりしなければな!」

     ジェーンは立ち上がった。ふらついてはいなかった。それほど飲んではいなかったようだ。

    「あの件については、片が付いているはずよ。夜のこと、あたしは拳銃を誤射し、たまたま通りかかったガイに当ててしまった。事故ということで、連邦保安官から罰金刑を受けている。ガイにとっては不幸だったけどね」

    「バカにするな」

     ケビンは怒鳴った。

    「おれは、あの後、例の村へ行ってよく調べてみた。事件のあった夜は、月がよく出ていたときだった。兄貴は物陰じゃなく、道の真ん中に立っていたところを撃たれている。ジェーン・ムーア、お前は兄貴を血も涙もなく、町の真ん中で待ち伏せして撃ったんだ。お前はよほどうまく隠れていたらしいな。銃の名手だった兄貴が、抜けもしなかったんだぞ。しかも、あの事件にかかわった連邦保安官も判事も、昔からお前とは深いかかわりがあったそうじゃないか。お前は、やつらに根回しして、普通ならば死刑か長期刑を処されるところを、軽い罰金刑で済ませてもらったんだ。お前なんか、人間なんかじゃない!」

     酒場中が、ざわつきはじめた。男たちは、アウトローとしての生活に、いささか歪んだ誇りを抱いて生きてきていた。その誇りとは、お上とはつねに一線を画す、といったもので、その誇りにとって、この告発者のいう、保安官や判事への根回し、というのは唾棄すべきこと以外のなにものでもなかったのである。

     ジェーンは立ち上がり、一ドル銀貨をバーテンダーに向かって放り投げた。

    「ごちそうさま」

     ケビンのほうを向く。

    「ここから先は、外で話したほうがよさそうね」

    「その気になったか」

     ケビンは腰の銃の撃鉄に手をかけた。

    「やめときなさい。怪我するわよ」

    矢端さんイラスト


    「怪我がなんだ。兄貴は、女房と子供を思う、立派なカウボーイだった。最後の仕事も、メキシコ国境で牛を追う、なんということもない仕事だった。兄貴がほしかったのは、妻と子供を食わせていくだけの、ちょっとした現金にすぎない。そんな兄貴を、ジェーン、お前は、お前は……」

    「こんなところで銃を抜くと流れ弾でなにが起こるかわからないわ。ケビン、今度はあんたがあたしみたいに復讐者につけまわされたくなかったら、銃は人のいないところで撃つようになさい」

     ジェーンは入り口までしっかりとした足取りで歩くと、ケビンと肩を並べて店を出た。

    「奥さんと息子さんは元気なのね?」

    「キャシーもビルも元気だ」

    「ビル……ウィリアム。シャーマン将軍に心酔していたわね、ガイは」

    「それがどうした」

     店の外で、ケビンはジェーンから後ずさりした。三ヤードの距離。

    「抜け」

    「こっちは、いつでもいいわよ」

     両者の手がすばやく動き、銃声が交錯した。一瞬の沈黙の後、地面に倒れていたのは、ケビンだった。

    「……殺せ、ひとおもいに、殺せ……」

    「あなたには話しておかなくちゃいけないことがあるわ」

     ジェーンは倒れたケビンに静かに語りかけた。

    「ガイは、ウィリアム・テクムセ・シャーマン将軍に深く心酔していた。そして、シャーマン将軍には、持論があった。インディアンは、ひとり残らず殺すべきだっていうね。そして、ガイは、それを忠実に実行しながら歩く男だった」

     ケビンは苦痛をこらえながらそれを聞いていた。

    「牛の放牧をしながら国境付近を歩き回る仕事は、それにうってつけだった。立ち去った後には、常に二人くらいのインディアンの死体が転がる、というようにね。しかし、ガイは、やってはいけないことをやってしまった。二人のインディアンの、年端も行かない女の子を、強姦した後で撃ち殺した。そして英雄気取りで、何食わぬ顔でキャンプへ戻ってきた……」

    「嘘だ……」

    「本当の話よ。ガイに比べれば、クー・クラックス・クランの最悪の連中も顔色をなくすわね。それらのことは、メキシコ国境にいるインディアンから聞いたわ。復讐しようと思っても、ガイの銃の腕の前には、かなわないことが、皆、わかっていた……そして、娘を犯され殺された母親の嘆きを聞いて、あたしは決断した」

     ケビンの身体が、痙攣した。

    「インディアンなんて……」

     それがケビンの最後の言葉だった。

     ジェーンは、そんなケビンを憐れむように見つめていた。

    「かわいそうなガイ。かわいそうなケビン。あんたたちにとっては、インディアンなんか、人間なんかじゃなかったのね。だけどあたしは、あんたたちを、人間として心に刻んでおくわ。いかに、人間と呼ぶには、はばかられるような男であろうとも」

     ジェーンはケビンの死体をそのままに、宿へと向かった。明日にはこの地を去ろう、と、ジェーンは決めていた。どこがいいだろう? ひさしぶりに、ミネソタで、旧知の顔を見ることにしようか?

     見られるうちに……。


    ※ ※ ※ ※ ※

     相互リンクしていただいている矢端想さんのブログでの「挑戦」(としかわたしには思えなかった(笑))みたいな企画に乗っかって書いた西部劇小説。

     明るくてバカな話を書こうと思っていたのだが、書いたり修正したりているうちにどんどん暗くなってしまい、最後にはこうなってしまった。どシリアスで陰惨な話なんか、『紅蓮の街』だけで十分なのに(笑)。

     ウィリアム・テクムセ・シャーマン将軍とは、南北戦争でもっとも戦略眼を備えた北軍の知将。その戦略眼たるやおそろしいもので、南部連合の物資供給を破壊するために、ジョージア州と州都アトランタをはじめとするいくつかの州を一面の焼け野原にしてしまった。それ以降、物資がなくなった南部連合は坂道を転げ落ちるように滅亡への一途をたどるわけだが、南部人にはいまだにこの将軍を許していない人も多いそうである。戦略的発想としては東京大空襲やドレスデン空爆、さらにはヒロシマ・ナガサキの原爆投下にも通じ、ここから「現代戦」は始まったという人もいる。人間としては厭戦主義者だったそうだが、そりゃあこんな行為を戦争参加の両軍が大々的に行うような戦争をちらりとでもイメージしたら、厭戦主義者にもなるわなあ。

     年代は特に設定しなかった。主役のジェーンの年齢を勝手に三十半ばにしてしまったので、もしも矢端想さんの設定とズレるとあとあと面倒なので。

     またもアリゾナだが、いいじゃんアリゾナだって。舞台を設定するのがめんどくさかったんだよお。ちなみにアリゾナに銅の鉱山があったかどうかについては調べていません。

     わたしは、いつでもどこでも誰の挑戦でも受けるぞ! たまに逃げるけど。(←じゃダメじゃん)

     11/19追記。矢端想さんの描かれた「ジェーン・ムーア」のイラストを追加。ありがとうございました!
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    ~ Comment ~

    Re: LandMさん

    わかりにくかったですかね(^^;) 「アリゾナ」「西部」だけで説明したような気になっていたものでして(^^;)

    シリアスな西部劇も、たまに書くと気分転換になっていいものであります。

    4章終了おめでとうございます! とりあえずこっちは大過なく第一部を終わらせることに腐心しております。うむむ。つめこみつめこみ……。

    NoTitle

    てっきり、ナミのサイドストーリーかと思ったら違ったんですね。
    最初読んだときはそういう世界観を世襲したものかと思ったら、白人世界と先住民の話なんですね。こういう世界観はさすがですね。

    私の方はようやく4章が終了しました。これまで読んでいただいてありがとうございます!!これからもよろしくお願いします!!

    Re: ぴゆうさん

    矢端想さんのブログにも行ってマンガを読むと、ジェーン・ムーアという女ガンマンのイメージも固まると思います。

    いいお姐さんキャラクターです。(^^)

    もろにわたしの好みでして(^^)

    ナミなんて悪党といっしょにされたらジェーンさんがかわいそうであります。ジェーンさんは基本的に正義の士ですから。

    いつでもどこでも、誰の挑戦でも受けるけど、いつになるかわからない、というのは我ながら情けなくていい文句だなあ(笑)

    NoTitle

    おひょひょ、中々面白いなぁ。
    企画としても面白かったし、ノリノリで書いたのもわかった。

    誰から挑戦を受けるかわからんが、いいねぇ~~
    その意気でズドンと行ってもらいたいね。
    ニャハハハ

    物語はナミを彷彿させつつ、正義と云う不変的なテーマを最後に持って来たことで、モヤモヤがなくなる。
    白人の手前勝手な理屈、反吐が出る。
    それがあるから、痛快。

    久しぶりに活きのいいショートでした。

    Re: ネミエルさん

    挑戦は受ける! でも、いつになるかわからない!(じゃダメじゃん)

    NoTitle

    すげぇっ!
    やっぱりポールさんすごいわ・・・。

    すごい、考えられない。
    すごいっ!!

    もうポール仙人と呼ばせて頂けませんか?

    そしてさらに挑戦うけるんですかw

    『生まれながらのネメシエルの核として
     たった一人の乗組員としてすごしている蒼さんの
     ひそかな戦い』

    でお願いします(オイwww
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