「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第一部 沈黙の秋
紅蓮の街 第一部 17-4
「そんな情報を手に入れて、どうしようと思ったんだ」
ガスの問いに、ナミは肩をすくめた。
「誰もやらなかったら、あたしがこの芋を売ろうと考えたのよね。博士は、とてもそんな商売を考える人じゃなかったから」
「商売だと! わしは、真理を……」
アグリコルス博士は、口に泡を噴いてまくしたてた。ナミたちは無視した。
「エリカ・バルテノーズという人は、情に篤く、正義を愛する人だと聞いていた……」
ガスはうつろな声でいった。
「これはエリカの命令なのか」
「エリカ公爵閣下は、なにもご存知ではありません。わたしの独断でやっていることです。もしも、エリカ様がわたしのやっていることを知ったら、ご立腹なされるでしょう」
「ご立腹だろうが、状況を活かすだけの頭は持っている、ということなんだろうな、そのエリカ様とやらはな」
ガスは、腹の底から悲痛な叫びを上げた。
「だが、おれはどうなる! おれはこれで、二重の裏切り者の名を背負うはめになる! 一度目はガレーリョスの、二度目はイルミールの! おれは、これからどうやってこの街で生きていけばいいというんだ!」
アクバはまじめな顔でいった。
「だから、我が主人に会っていただきたいと申しておるのです。もちろん、そこのナミ嬢も」
「あたしも?」
ナミはそういったが、その声には、どこか事態を楽しむような、もとからそれを予期していたような色があった。
「さようです」
アクバは、それに気づかないのか、わざと無視しているのか、声の調子をまったく変えずにいった。
「ナミ殿やガス殿のようなかただからこそ、我が主に逢っていただきたい。この飢饉という非常時において、最低限の正義が守られる街にするためにも」
ガスは浮かない顔で聞いていたが、やがて顔を上げた。
空は鉛を溶かしたような曇天に変わっていた。
「降って来やがった……雨だ」
ナミは手のひらを広げた。
「雨じゃないわ。……雪よ、これ」
その言葉通り、ごく小さな氷の結晶が、ナミの手のひらの上に落ち、溶けて水滴となった。
「雪……」
アグリコルス博士がつぶやいた。
「この時期に雪……」
「どうかされましたか、博士?」
アクバの心配そうな声に、博士はのろのろと答えた。
「『非情の冬』……まさか、ありえんが、まさか……」

ガスの問いに、ナミは肩をすくめた。
「誰もやらなかったら、あたしがこの芋を売ろうと考えたのよね。博士は、とてもそんな商売を考える人じゃなかったから」
「商売だと! わしは、真理を……」
アグリコルス博士は、口に泡を噴いてまくしたてた。ナミたちは無視した。
「エリカ・バルテノーズという人は、情に篤く、正義を愛する人だと聞いていた……」
ガスはうつろな声でいった。
「これはエリカの命令なのか」
「エリカ公爵閣下は、なにもご存知ではありません。わたしの独断でやっていることです。もしも、エリカ様がわたしのやっていることを知ったら、ご立腹なされるでしょう」
「ご立腹だろうが、状況を活かすだけの頭は持っている、ということなんだろうな、そのエリカ様とやらはな」
ガスは、腹の底から悲痛な叫びを上げた。
「だが、おれはどうなる! おれはこれで、二重の裏切り者の名を背負うはめになる! 一度目はガレーリョスの、二度目はイルミールの! おれは、これからどうやってこの街で生きていけばいいというんだ!」
アクバはまじめな顔でいった。
「だから、我が主人に会っていただきたいと申しておるのです。もちろん、そこのナミ嬢も」
「あたしも?」
ナミはそういったが、その声には、どこか事態を楽しむような、もとからそれを予期していたような色があった。
「さようです」
アクバは、それに気づかないのか、わざと無視しているのか、声の調子をまったく変えずにいった。
「ナミ殿やガス殿のようなかただからこそ、我が主に逢っていただきたい。この飢饉という非常時において、最低限の正義が守られる街にするためにも」
ガスは浮かない顔で聞いていたが、やがて顔を上げた。
空は鉛を溶かしたような曇天に変わっていた。
「降って来やがった……雨だ」
ナミは手のひらを広げた。
「雨じゃないわ。……雪よ、これ」
その言葉通り、ごく小さな氷の結晶が、ナミの手のひらの上に落ち、溶けて水滴となった。
「雪……」
アグリコルス博士がつぶやいた。
「この時期に雪……」
「どうかされましたか、博士?」
アクバの心配そうな声に、博士はのろのろと答えた。
「『非情の冬』……まさか、ありえんが、まさか……」
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~ Comment ~
NoTitle
こう来たか!
ナミ、おとなしくサシェルさんに利権を渡してしまうようなタイプには見えませんでしたが。成程ねー。
それにしてもガスが不憫です。
そして、「非情の冬」とは?
ネーミングがいいですねえ。第二部も楽しみに読ませていただきます。
ナミ、おとなしくサシェルさんに利権を渡してしまうようなタイプには見えませんでしたが。成程ねー。
それにしてもガスが不憫です。
そして、「非情の冬」とは?
ネーミングがいいですねえ。第二部も楽しみに読ませていただきます。
- #14458 椿
- URL
- 2014.10/31 19:45
- ▲EntryTop
Re: ぴゆうさん
ここでアグリコルス博士が「まさか……」といっているように、『非情の冬』は、『沈黙の秋』よりもはるかに珍しい、もうほとんどの人が忘れているくらいの伝説レベルの出来事なのです。
ガスもナミも、この場にいるほとんどの人間が、「おとぎ話」くらいにしか認識していません。
アグリコルス博士も、自分の言に自信が持てないでいます。
そんな中で、小事にかかずらうなといっても普通の人間には無理です(^^)
それにガスもバカではないですから、事態が深刻になる前に気がつきますしね。
しかし、これは醜い街で醜い連中が右往左往する話ですから、事態の深刻さを考えない連中は金だ地位だ権力だとこだわって、無用な死人ばかりが増えていくのであります。こればっかりはそういう小説なのですからしかたありません(^^;)
なんかリアリズム志向の映画の宣伝文句みたい(笑)
ガスもナミも、この場にいるほとんどの人間が、「おとぎ話」くらいにしか認識していません。
アグリコルス博士も、自分の言に自信が持てないでいます。
そんな中で、小事にかかずらうなといっても普通の人間には無理です(^^)
それにガスもバカではないですから、事態が深刻になる前に気がつきますしね。
しかし、これは醜い街で醜い連中が右往左往する話ですから、事態の深刻さを考えない連中は金だ地位だ権力だとこだわって、無用な死人ばかりが増えていくのであります。こればっかりはそういう小説なのですからしかたありません(^^;)
なんかリアリズム志向の映画の宣伝文句みたい(笑)
NoTitle
非情の冬。
惨く過酷な冬なのだろうか。
争っている場合じゃないよね。
裏切り云々の小事に拘っているようでは、ガスに未来はないね。
惨く過酷な冬なのだろうか。
争っている場合じゃないよね。
裏切り云々の小事に拘っているようでは、ガスに未来はないね。
- #2629 ぴゆう
- URL
- 2010.11/24 17:04
- ▲EntryTop
Re: れもんさん
裏切り裏切られ当たり前のゲームばかりやっているせいか性格が悪くなって悪くなって(笑)
ガスくんには強く生きてほしいですね(笑)
それと、イラストどうもありがとうございました!
範子と文子の、実にかわいいイラスト、謹んで貼らせていただきます!
るんるーん♪
ガスくんには強く生きてほしいですね(笑)
それと、イラストどうもありがとうございました!
範子と文子の、実にかわいいイラスト、謹んで貼らせていただきます!
るんるーん♪
Re: 佐佐木あつし先生
ようこそおいでくださいました。
拙いブログではありますが、プロのクリエイターたる先生のお眼鏡にかなうような作品を書いていきたいと思っております。
こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。
拙いブログではありますが、プロのクリエイターたる先生のお眼鏡にかなうような作品を書いていきたいと思っております。
こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。
NoTitle
とりあえず、ガスがどんまいですw
裏切ったりで、展開がすごく楽しいですv
あ、お知らせというか。
リクエスト頂いたイラストが一応できました!
見ていただけると嬉しいです(恐縮
裏切ったりで、展開がすごく楽しいですv
あ、お知らせというか。
リクエスト頂いたイラストが一応できました!
見ていただけると嬉しいです(恐縮
NoTitle
初コメントさせていただきます。
ちょこちょこ、こっそり寄せさせていただいては
作品を読ませていただいてます。
小説という表現は昔僕も少しやった事がありますが
自分の文才の無さに断念しました(;・∀・)
これからも遊びに来させていただきます。
よろしくお願いいたします。
ちょこちょこ、こっそり寄せさせていただいては
作品を読ませていただいてます。
小説という表現は昔僕も少しやった事がありますが
自分の文才の無さに断念しました(;・∀・)
これからも遊びに来させていただきます。
よろしくお願いいたします。
Re: 矢端想さん
額縁に凝る画家は二流の画家、といわれておりますが……。
それでも額縁に凝ってしまう男でありました。(^^)
だってそういうところに凝るの好きなんだもん(^^)
それでも額縁に凝ってしまう男でありました。(^^)
だってそういうところに凝るの好きなんだもん(^^)
なるほど。
そして第二部「非情の冬」につながるわけですね。
イキだなあ。
完結編は何の春になるんだろう。わくわく。
そして第二部「非情の冬」につながるわけですね。
イキだなあ。
完結編は何の春になるんだろう。わくわく。
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Re: 椿さん
ここから先は、怖いもの知らずだったわたしがリミッターなんか外して無茶をしまくった400枚が続きます。
たった四年前とはいえ、よくこんなものを書けたな、当時は……。遅れてきた「青春」だったのかのう。(^^;)