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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 5-2

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    第五章 ユニオン・ジャッカー(承前)


     今日は、患者は一人しか来なかった。二十六歳のOLである。夢魔がついているという感じはしない。話だけ聞いて帰した。久しぶりに精神科医らしい仕事だ。今度もまた来てくれるといいのだが。診察券を作るべきだったかもしれない。
     今日の晩飯は赤いきつねにした。栄養学的にはボロボロだ。新鮮な野菜を食べないと本当に参ってしまいかねない。行ったことがないからわからないが、『高麗』にも、サラダくらいあるだろう。
     虚しい食事の後、わたしは医学雑誌を読んで客を待つことにした。
     午後九時ごろ、電話が鳴った。坂元からだろうか。
    「はい、桐野メンタルヘルスです」
    『桐野さんですか? 森村探偵事務所です』
    「北村さんか。どうしたんだ?」
    『明日お越しいただけますか? お時間をかなり取ることになってしまうのですが」
    「かまわない」例の、議員秘書の夢に入れという話だろう。「何時に行けば?」
    『午後一時ではどうですか?』
    「わかった」
    『それでは、よろしくお願いします』
     電話は切れた。
     明日の診察は全部キャンセルだ。北村は仕事のことに関しては嘘はつかない。時間がかかるといっている以上、時間はそうとうかかる。
     まあ、キャンセルしようにも、来る客がいるかどうかすらわからないのだが。
     やることもないので医学雑誌に戻った。
     時計が九時三十分を回り、わたしは診療所の片づけを始めた。ゴミをまとめたところで電話が鳴った。
    「はい、桐野メンタル……」
    『桐野。おれだ。坂元だ。今、お前の事務所の前にいる』
    「わかった。ちょうど片づけが終わったところだ。ゴミを出すまで、ちょっと待ってくれ」
    『了解』
     電話を切ったわたしは、電気を消して外に出、扉に鍵をかけると、ゴミ置き場にゴミを捨てた。
     戻ってくると、停まっていた車のライトがパッとついた。ダイハツのミラだ。
     乗っていたのは坂元開次だった。
     わたしは右手を挙げ、気付いたことを示すと、ミラの前部ドアに手をかけた。中に乗り込む。
     坂元は車を発進させた。
    「桐野、あんた、夜中にゴミなんか出してきまり悪くはならねえのか」
    「ゴミ収集車が来る頃にはわたしはここにいないんでね。それに、ゴミといっても、カップ麺のスチロール製容器と割り箸くらいのものだ。カラスもつっつかないだろう」
    「最近のカラスの傍若無人ぶりを知らねえな」
    「そっちこそ、そんなでかい図体で軽に乗るなんて、乗りにくくてたまらないんじゃないのか?」
    「おれは軽が好きなんだよ。趣味でな。だいたいそれをいっちゃ、お前が乗ってるビートルのほうがよほど狭苦しいじゃねえか」
    「狭苦しいだと? あの体格のいいドイツ人でも乗れる設計をしてあるんだぞ」
    「じゃ、おれがミラに乗って悪いわけもねえだろ」
    「ふん」なにが、じゃ、だ。
     車はしばらく走った後、一軒のしょぼくれた外観の店の前に停まった。ネオンサインで、『高麗』とある。
    「ほら、ここだぞ。降りてくれ」
     促され、わたしはミラを降りた。しょぼくれた店の割に、駐車場はこの時間にも関わらず車でいっぱいだった。
     坂元開次の後ろに続いて入り口のドアをくぐった。
     中は八割ほどの入りだった。典型的な大衆食堂である。
     見ると、皆、なにかの丼ものを食べている。なんだろう。
     空いているボックスのひとつに、向かい合って腰を下ろした。
    「ここ、韓国料理の店だよな」
    「ほかにどう見えるんだ」
    「焼肉食っているやつがいないぞ」
    「メニューを見ればわかる」
     そういわれて、わたしはメニューを見た。
     大盛りビビンパ六百五十円。大盛り石焼ビビンパ七百円。大盛りクッパ六百五十円。大盛りカルビクッパ七百円。大盛りチゲ鍋セット七百五十円。
     焼肉セット二千八百円。
     納得だ。
     悩んだあげく、大盛りカルビクッパにした。坂元開次は大盛り石焼ビビンパである。
    「それにしても、戦場カメラマンが、いったい日本でなにをしているんだ」
    「バイトだよ」
     坂元開次は首を振った。
    「バイト?」
    「おれみたいなフリーが、外国へ行くための渡航費用をどこから調達してると思ってたんだ」苦笑いしながらいう。「マルクスがいっていたことは正しかったんだ。フリーとは失業する自由、飢え死にする自由なりってな」
    「バイトっていっても……どんなバイトなんだ」
    「今日は珍しく、カメラを使ったバイトだ。五流のカストリエロ雑誌の、ヌードグラビアを撮ってきた」
    「面白そうな仕事じゃないか」
    「おれには合わない。どうもおれが撮ると、読者の劣情を刺激するというよりは、現代日本に対する危機意識とか社会的正義感とかのほうを刺激してしまうらしい」
    「それでよく使ってくれたな」
    「社長が奇特な人でな。おれが身体を張って戦場に行ってるから使ってくれるんだ。いわば慈善事業みてえなものだ。雑誌が売れないとわかっていて、おれを使ってくれる社長の温情を思うと涙が出るぜ。給金が雀の涙だからって、それがどうした」
    「でもそれだけじゃ渡航どころか生活も難しくないか?」
    「いつもは学習塾で、高校生に近現代史と英語を教えている。それと、土方だな。土方が一番金になる」
     大野龍臣に頼りっぱなしの自分を思うと申し訳なくなった。
    「この店も仲間から聞いたんだ。ちょっと値は張るが、量が多くて精のつくものを……来たみてえだな」
     カートを押したおばちゃんがやってきて、わたしの前に料理を置いた。
     ばかでかい石の丼、いやむしろ鍋といったほうが正確か。そこに、たっぷりと入ったカルビクッパが、ぐつぐつと沸騰していた。おばちゃんはさらにテーブルに、一口サイズのチヂミやカクテキやキムチの小皿を並べていく。真向かいの坂元開次のほうも似たような状況だった。やつの丼にはスープがかかっていないだけだ。
    「すごいな」
    「だろう?」
     わたしはスプーンを取ってカルビクッパのスープを一口すすった。
     舌が焼けるほど熱く、口から火を吐きかねないほど辛いが、すばらしくうまい。
     しばらくの間、わたしたちはそれぞれ自分の料理にかかりきりになった。
     食べ終わり、大やけどした口の中を冷水で冷やしていたところで、坂元開次がいった。
    「で、どんなことがあったんだ」
    「どんなこと?」
    「お前がゆうべ痛飲することになったわけだよ。おれはテリー・レノックスでもないし、君子でもないが、甘酒には甘酒なりの良さというものがあるぜ」
    「『長いお別れ』と、『荘子』か。妙な引用をするのはやめたほうがいい」
    「おれも少し後悔していたところだ」
     わたしは氷を噛み砕き、いった。
    「医者の守秘義務が関わる問題ではないが、聞いたって面白くはないぞ」
    「聞いてみねえとわからねえだろ」
    「わかるさ」
     わたしは、隠すところは隠して、是蔵忠道が話したことを簡潔に伝えた。
    「……要するに、わたしは時代遅れの旧式モデルで、これまで一人でなんとかできたのも、単に運が良かったのに尽きるということらしい。まあ骨董品みたいなものだな。超能力も使えずに、これからどうしていくのかと心配された」
    「確かに、つまらない話だ」
     まったくだ。自分でもわかっているからどうしようもない。
    「それでお前はどう思ってんだ、桐野」
    「どうもこうも、今のままでなんとかやりくりしていくしかないだろ。それしか手段がないんだから」
    「じゃあなにを悩んでいる」
    「野戦病院を想像してくれ。医薬品はない、機材もない。そのくせ患者だけは次から次へと休みなしに運ばれてくる。そのうち、助かる患者も見捨てなければならなくなる。医者としての限界をまざまざと見せ付けられることになるんだ。わたしは……」
    「おれも仕事上、野戦病院にはさんざん行ったがな」
     わたしの言葉を遮って、坂元開次はいった。
    「そこで会った医者や看護婦は、疲れきってはいたが、今のお前よりもずっと輝いていたぜ」
    「だろうな」
     わたしは力なく笑った。
    「わたしが甘やかされているだけだろう。わかってはいる。それはわかってはいるのだが、この無力感と敗北感だけはどうにもならない」
    「わかっているならいい。お前がヤバい仕事を請けたのと、今のそれとは関係ないんだろうな?」
     背筋にドライアイスを当てられたようなショック。
    「な……なんだって?」
    「カン、ってやつだ。ヤバい任務を授かって、二度と戻ってこなかった兵隊ばかりを見続けてきたんだ、そういうやつはツラを一目見りゃわかる」
     わたしは水を一口すすった。
    「危険はない……はずだ。少なくともそういうことにはなっている。これ以上の詳しいことはいうわけには行かない」
    「そっちのほうには医者の守秘義務があるわけでもねえだろ」
    「マスコミがかかわるとろくでもないことになりかねない話なんだ」
    「おれはマスコミじゃねえぜ」
    「でもフォト・ジャーナリストだろう」
    「まあな」
     坂元開次は立ち上がった。
    「注意しろよ、桐野。危険は危険を呼ぶ。ぼんやりしていると、黒い沼地の中に引きずり込まれるぞ。そして、沼地のなかにはワニがいるんだ」
    「心しておくよ」
     わたしはそう答えた。
     勘定を払い、坂元開次のミラに再び乗り込んだ。
     今度は二人とも無言だった。
     耐えかね、口を開いた。
    「選挙違反というのはよくある話なのかな」
    「人間が選挙というものを発明して以来、ずっとついてまわるものだと聞いているぜ」
    「だよな」
     このやりとりだけでわかってくれることを祈った。
     わたしのアパートの前で車を降りたとき、別れ際に坂元開次はいった。
    「権力は敵にまわすとやっかいだぞ。面白えことは面白えがな。何度でも繰り返すが、沼地に足を取られるとワニの餌食だぜ。気をつけるこった」
    「ありがとう」
     とだけ、わたしは答えた。
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    ~ Comment ~

    Re: しのぶもじずりさん

    わたしも、孔子か孟子だろう、と思って図書館で出典を調べました。「論語」の索引をひいて、「大学」をひいて、「中庸」をひいて、「孟子」をひいて……。

    これには載っていないだろうと思った「荘子」の索引をひいたときのわたしの顔を想像してください(笑)

    後はネットで調べれば簡単でした。

    例えばこれ。

    http://www.iec.co.jp/kojijyukugo/vo24.htm

    間違ってたらごめんなさい

    甘酒って荘子でしたっけ。
    孔子だと思ってました。

    「君子の交わりは 淡きこと 水の如く
    小人の交わりは 甘きこと 甘酒の如し」ってヤツでしょ。


    Re: 有村司さん

    自作を読み返してみて、それほど破綻していないことに安堵してます。

    これから怒涛の展開が……お楽しみに(^^)

    坂元さんと桐野さんの会話の応酬にシビレました…!
    いいですねえ!まさにハードボイルド!!

    それにしてもヤバい任務とは…!?

    またイイところで以下次号!!ですねえ^^;

    >神田夏美さん

    桐野くんはああいう人ですから。(^^)

    坂元くんのいった「ヤバい任務」とは、たとえば、捨て駒になるとか、危険な敵地への強行偵察に行くとか、そういったもろに死につながりかねない任務のことだと思ってください。
    ほかにも生徒会塔へ単身潜入するとか(笑)。

    他のナイトメア・ハンターとの出会いやそれにより知った事実によって、桐野の心にも色々な葛藤が生まれているのですね。一人の人間ができることというのは限られていますが、それでも人を助けるべく、これからもナイトメア・ハンターとしてやっていこうとする桐野はすごいですね、尊敬します^^

    しかし坂元開次の言った「ヤバイ任務」というのが気になります。ポール・ブリッツさんの小説はいつも先の展開が読めず気になることだらけです^^
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