「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第二部 非情の冬
紅蓮の街 第二部 4-4
「そして、あたしがその栗の実ってわけ? 認めてもらえて嬉しい、というべきなのか、警戒されて悔しい、というべきなのか、悩むわね」
エリカはナミの皮肉にも動じなかった。
「あなたの今の申し出には、聞いておかなくてはならないことがいくつもあります。そもそも、あなたが鍛えて欲しいと思っている男たちとは、どんなものどもですか……」
エリカがその先をいうことはなかった。ナミもそれに答えることはなかった。
両開きの扉を跳ね飛ばすような勢いで、アグリコルス博士が、部屋に飛び込んできたのだ。
「公爵閣下! まことにもって、えらいことになりましたぞ!」
「えらいこと?」
エリカが困惑したようにいった。
アグリコルス博士は、いらだったように足を踏み鳴らした。
「ああ、もう! 公爵閣下も、この場にいる有象無象どもも、なんとはなしの肌寒さをおぼえないのかね!」
ガスははっとした。そういえば……。
博士が転がり込んできたその後から、息せき切って、バルテノーズ家の家士の一人が駆け込んできた。
「我が主に申し上げます! 雪です! 雪が降って参りました!」
「雪が……!」
エリカも血相を変えた。
「空見衆のそなたらが、毎日天をうかがっていながら、なにをしていたのですか!」
「それが……このような雲の動き、いまだかつて見たことも記録にもなく、今の事態を予測していたのは、アグリコルス先生だけで……」
「記録にないわけではない……それがあまりにも古すぎて、誰もが忘れていただけのことじゃ。『天訓集』巻の三、天変の章、その他古老に伝わる昔話、それらが示している指標に照らし合わせれば明確じゃ。二千年以上前に起こって、そのときに大陸のほぼ全土で生きて春を迎えられたのは千人にひとりと伝えられる、長く厳しく恐ろしい冬、『非情の冬』がやってきたんじゃ……」
「ほんとうに、『非情の冬』なの?」
エリカは叫んだ。
「嘘だと思うなら、窓を開いて外を見たまえ。この雪の降り方は、まさしく本降りだ。賭けてもいいが、『大陸』全土が、こうした突然の雪に見舞われておるはずじゃ」
「その……『非情の冬』というのは、そんなにすごいものなのか? こんな南の地方では、雪なんてすぐに上がってしまうものだったんじゃ……」
「昔話で、雪と氷の軍隊が攻めてきた、という話を聞いたことはないか。この話は、『大陸』全土に伝わっている。かなりの広い範囲にわたって長期の降雪があった証拠じゃ」

エリカはナミの皮肉にも動じなかった。
「あなたの今の申し出には、聞いておかなくてはならないことがいくつもあります。そもそも、あなたが鍛えて欲しいと思っている男たちとは、どんなものどもですか……」
エリカがその先をいうことはなかった。ナミもそれに答えることはなかった。
両開きの扉を跳ね飛ばすような勢いで、アグリコルス博士が、部屋に飛び込んできたのだ。
「公爵閣下! まことにもって、えらいことになりましたぞ!」
「えらいこと?」
エリカが困惑したようにいった。
アグリコルス博士は、いらだったように足を踏み鳴らした。
「ああ、もう! 公爵閣下も、この場にいる有象無象どもも、なんとはなしの肌寒さをおぼえないのかね!」
ガスははっとした。そういえば……。
博士が転がり込んできたその後から、息せき切って、バルテノーズ家の家士の一人が駆け込んできた。
「我が主に申し上げます! 雪です! 雪が降って参りました!」
「雪が……!」
エリカも血相を変えた。
「空見衆のそなたらが、毎日天をうかがっていながら、なにをしていたのですか!」
「それが……このような雲の動き、いまだかつて見たことも記録にもなく、今の事態を予測していたのは、アグリコルス先生だけで……」
「記録にないわけではない……それがあまりにも古すぎて、誰もが忘れていただけのことじゃ。『天訓集』巻の三、天変の章、その他古老に伝わる昔話、それらが示している指標に照らし合わせれば明確じゃ。二千年以上前に起こって、そのときに大陸のほぼ全土で生きて春を迎えられたのは千人にひとりと伝えられる、長く厳しく恐ろしい冬、『非情の冬』がやってきたんじゃ……」
「ほんとうに、『非情の冬』なの?」
エリカは叫んだ。
「嘘だと思うなら、窓を開いて外を見たまえ。この雪の降り方は、まさしく本降りだ。賭けてもいいが、『大陸』全土が、こうした突然の雪に見舞われておるはずじゃ」
「その……『非情の冬』というのは、そんなにすごいものなのか? こんな南の地方では、雪なんてすぐに上がってしまうものだったんじゃ……」
「昔話で、雪と氷の軍隊が攻めてきた、という話を聞いたことはないか。この話は、『大陸』全土に伝わっている。かなりの広い範囲にわたって長期の降雪があった証拠じゃ」
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~ Comment ~
NoTitle
エリカさん、魅力的ですね。
そしていよいよ「非情の冬」が。
さすがのナミも、ここまでは想定してないんでしょうね。
どうなっていくのか、楽しみに読ませていただきます!
そしていよいよ「非情の冬」が。
さすがのナミも、ここまでは想定してないんでしょうね。
どうなっていくのか、楽しみに読ませていただきます!
- #14477 椿
- URL
- 2014.11/02 19:40
- ▲EntryTop
Re: ぴゆうさん
氷河期というのは行きすぎですが、一時的な、数ヶ月に渡る異常気象です。
ファンタジーなので原因はあまり考えていませんが、火山の千年単位での周期的な噴火、とかいうことが、「大陸」外で起きているのかもしれません。そのせいで日光が遮断され、普通よりも早く雪の季節になるとか……。
冬の寒さだけでそんなに人が死ぬものか、という異論は出るかもしれませんが、そこはそれ、いろいろとサディスティックな道具を……(サシェル・イルミールみたいな笑い)。
この状況で、エリカ・バルテノーズ公爵閣下の両肩にはさらに重い荷物がずっしりと載るのでした。そして、いちおう一家を構える当主であるエリカちゃんには、泣き言をいう相手すら存在しないのであります。がんばれエリカちゃん。
ファンタジーなので原因はあまり考えていませんが、火山の千年単位での周期的な噴火、とかいうことが、「大陸」外で起きているのかもしれません。そのせいで日光が遮断され、普通よりも早く雪の季節になるとか……。
冬の寒さだけでそんなに人が死ぬものか、という異論は出るかもしれませんが、そこはそれ、いろいろとサディスティックな道具を……(サシェル・イルミールみたいな笑い)。
この状況で、エリカ・バルテノーズ公爵閣下の両肩にはさらに重い荷物がずっしりと載るのでした。そして、いちおう一家を構える当主であるエリカちゃんには、泣き言をいう相手すら存在しないのであります。がんばれエリカちゃん。
Re: limeさん
ふっふっふっ。
よう気づかれた……(悪魔のような笑い)。
ここからが「血と白刃のファンタジー」の本番であります。
とりあえず本人はそのつもりであります。
よう気づかれた……(悪魔のような笑い)。
ここからが「血と白刃のファンタジー」の本番であります。
とりあえず本人はそのつもりであります。
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Re: 椿さん
ナミはなにを考えているのか、それを教えるわけにはいきませんが、ただの女ではないのであります。
わたしの作ったキャラクターの中でも最高の悪知恵を誇る女ですからねえ(笑)