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    ホームズ・パロディ

    高名すぎる依頼人 あるいは高名すぎる男の犯罪

     ←紅蓮の街 第二部 7-1 →プレゼントはこいつだぜ
     ベーカー街にも冬が来ていた。陽はすでに落ちかけ、夕闇になろうとしていた。

     薄暗くなった室内にランプを灯し、私はカレンダーをちらりと見た。

     依頼人は所在なげに、私が用意したクラレットをすすっていた。

    「ホームズさんは……」

     依頼人は何度目になるかわからない台詞をつぶやいた。

    「まだ、戻られませんか?」

     私はできるかぎり悲しい表情を作って依頼人を見た。

    「毎日いらしていただいて恐縮ですがね、ニコラウスさん。ホームズは、捜査をするといってここを出たまま、まだ帰ってこないのですよ。どうやら、モリアーティーを相手にしていたときよりも、もっと恐ろしい敵が現れたらしい」

    「しかし、それでも……」

     ニコラウスと名乗る依頼人は懐中時計と、壁のカレンダーを見た。髪の毛はふさふさと豊かだったが、雪のように真っ白だった。口ひげも然り。かなりの老人のはずだが、体格はかなりよかった。肌の白さからすると、どうやら、北欧から来たらしい。

    「遅くとも、今日中に解決していただけないと困るのです。私が知る限り、私が陥った難題を解決できるほど優れた探偵は、ホームズさんだけだ」

    「私でなんとかなりませんか?」

     私は、僭越であることを承知でいってみた。

    「陥られたという事件について、詳しく話していただければ、私でもお力になれるかもしれません」

    「ホームズさんにしか話さないことにしようと考えていたのですがね」

     ニコラウス老人は、ため息をついた。

    「しかたもありません。時間も残り少ないことですし、お話しましょう。実は、故郷の家から、橇が盗まれたのです」

    「橇?」

    「北極近くの極地に住んでおりましてね、トナカイに引かせた橇がないと、私はとても困るのです。交通手段は、ほとんどそれきりなもので」

     極地近くの住人が、トナカイに引かせた橇を使っているというのは、私も聞いたことがあった。しかし……。

    「ロンドンまでいらしていただいてまことにすみませんが、それは、やっぱり、現地の警察に頼るべきではないかと思うのですが。グリーンランドかアイスランドかは存じませんが、餅は餅屋と申しますし……」

    「警察の手に負える問題ではないのです」

     老人は、うなだれた。

    「早くしないと、とんでもないことに……」

    「その通りだよ、ワトスン君。これは、警察なんかの手に負える問題じゃない」

     その声に、私と老人は、びっくりして戸口を見た。

    「ホ……ホームズ! 今まで、どこにいたんだ!」

     戸口に立っていたのは、疲れた顔をしているが、私の長年の相棒、シャーロック・ホームズその人に間違いは無かった。

     ニコラウス老人は立ち上がった。

    「ホームズさん! あなたを世界最高の名探偵として、どうしてもお頼みしたいことが……」

    「ニコラウスさんですね。あなたの事件は、もう解決したも同然です。しかし、その前に、ワトスン君、一杯いいかな。身体が温まれば、なんでもいい。そのクラレットを、ぼくにも注いでくれ」

     ホームズは、私が注いだクラレットを一息で飲み干すと、いつもの自分の椅子に腰かけた。

    「ニコラウスさん、あなたが陥った事件について語る前に、ぼくから、それとはあまり関係しないのではないかと思える話をするのを許してください。最後まで聴けば、全ての疑問は氷解するでしょう。ワトスン君も、いいかね?」

    「かまわないよ、ホームズ」

     私は答えた。ほかにどう答えろというのだろう。

    「ありがたい。では、このことについて考えてみよう。フィクションと現実というのは、どこまで離れているものなのか?」

    「いきなりでなんだが、いいたいことがよくわからないのだがね、ホームズ」

     ホームズはちょっと苛立ったようだった。

    「少しばかり、今は黙って聞いていてくれないか、ワトスン君。さて、フィクションの中には、一人の人物として共通に認識されていながら、一人の人物にはとうていできないほどの行動力を示すタイプの登場人物がいる」

     ニコラウス老人は興味深げに聞き入っていた。

    「例えば、これは境界例だが、カトリックによる聖人の聖遺物がある。イエスが磔にされた十字架の木片は、全国各地の教会という教会を回って集めると、小山ができるほどの量になるそうだ。だが、それぞれの教会に、あなたの教会が所持している聖なる十字架のかけらは、偽物でしょう、といって回るような馬鹿はいない。信じている限り、それは全て本物なんだ」

    「話がどこへ向かっているのか、まったく見えないね、ホームズ」

    「お願いだから黙って聞いていてくれないか、ワトスン君。君やぼくにもかかわりのある話になってくるんだから。……どこまで話したかな」

    「信じている限り、全ての聖遺物は本物である、というところまでですよ、ホームズさん」

    「ご親切にありがとう、ニコラウスさん。それと同様のことが、ときおり、フィクションの登場人物にも起きる。読み手たちが、勝手に自分たちでいくつもいくつもの新しい物語をこしらえ、それを信じる人々をその中に登場させるのだ。また、明らかに架空の人物でも、それを信じている人があまりにも多かった場合、同じように物語を作って活躍させることがある……それもあまりにも多数に渡って」

     ホームズは立ち上がった。

    「紹介しよう、ワトスン君。遠く北極からいらしてくれた、サンタクロースさんだ」

     私は飛び上がりかけた。

    「なんだって! あれは、君、おとぎ話だろう?」

     ホームズは再び椅子に腰掛けると、パイプを取り、火をつけた。

    「それをいうなら、ぼくたちも、ぼくたちは知らないことがお約束になっているが、探偵小説の登場人物だよ、ワトスン君。クリスマスには……そう、明日にはだが、サンタクロースさんは、世界中を飛び回り、眠った子供の枕元にプレゼントを配って回らなければならないのさ」

     ニコラウス老人は、もうここまで来ると、私も彼を聖ニコラウスと認めざるを得なかったが、そのニコラウス老人は、立ち上がってホームズのそばに寄った。

    「ええ、そうなんです、ホームズさん。私には、どうしても、世界中を回れる橇とトナカイが必要なんです。なんとか、取り戻しては……」

     ホームズは、パイプを口から離すと、まじめな表情を作った。

    「ぼくも、自分の罪を告白しなくてはなるまい」

    「君が、罪だって? いつぞやの……」

     私はあのゆすり屋の事件を思い出して叫んだ。

     ホームズは爆笑した。

    「ワトスン君、君がなにを思っているかはわかるが、あれではないよ。もっと単純な、窃盗事件さ」

     ホームズはまたまじめな顔に戻った。

    「ぼくの解決した事件が『ストランド』に載ってから、ぼくを主人公にした、まったく別の話を、ありとあらゆる読者兼作者が書き出したのだ。その数はどんどん増え、今や何作あるのか見当もつかない。ぼくはそのひとつひとつの探偵として、犯罪を暴き、犯人を牢獄にぶちこまなくてはならないのだが、あいにくと生身の人間なので、そのいちいちを回って歩いていたら、身体が持たない。しかもその舞台は、遠く原始の過去から、はるか彼方の未来まで、地球はおろか宇宙から、君が想像すらしたことのないような異世界まで多岐に渡っている。そんな中で自分が名探偵としての責任を果たすには……失礼ながら、一晩で世界中の子供たちのベッドを回れる、サンタクロースさんの橇とトナカイを失敬するしかなかったのだ」

     ニコラウス老人は、電光に打たれたように直立した。

    「では、私の……私の橇とトナカイは?」

     ホームズはうなずいた。

    「あなたが、ご自身の身に起こった事件のため、世界一の探偵であるぼくを頼ってくることは、考えるまでもなくわかっていました。あなたの橇とトナカイは、今、この下宿の外に停めてあります。世界中の悪者という悪者を捕まえる旅を終えたばかりなので、ちょっと疲れているかもしれませんが」

    「ホームズさん」

     ニコラウス老人は、厳しい目でホームズを見た。

    「私の橇とトナカイを勝手に使われた以上、私には、あなたに対して賠償を求める権利がありますな」

    「なんでもいうことを聞きますよ。あなたのお手伝いをして、世界中の子供たちにプレゼントを配ってもいい」

    「それは私一人でもできますし、それでは私の気が晴れない」

    「ではどうすれば?」

    「ホームズさん、ワトスン博士の代わりに、あなたの冒険譚を書く栄誉をいただきたい。それも、贋作ではなく、本物の冒険譚を。これでおあいこです」

     ホームズは苦笑し、うなずいた。

    「どんな辛辣なぼくの像ができるか、楽しみですな。いいでしょう、好きにお書きになってください、サンタクロースさん」

     そしてこれが、私、医学博士ジョン・H・ワトスンが「最後のあいさつ」を書くことができなかった理由なのである。まさかサンタクロースが書いたとは書けないから、著者名は伏せて、アーサー・コナン・ドイルとしてあるが、「最後のあいさつ」を書いたのはニコラウス老人に間違いないのである。

     人はそれを犯罪的行為と呼ぶかもしれないが、なんにせよ、前代未聞のクリスマスプレゼントもあったものだ。

     クリスマス、万歳!



    ※ ※ ※ ※ ※


     毎年書いている恒例のクリスマス小説である。今回は趣向を変えてホームズ・パロディにしてみた。

     ワトスン博士の手記、けっこう真似してみると難しい。

     不自然でなくできていれば幸いである。

     ちなみに知っている人には常識以前だが、ホームズの冒険譚のうち、「最後のあいさつ」は三人称小説である。誰が書いたんだ、という疑問に対する解答としてはおふざけがすぎただろうか?(^^;)

     相互リンクしていただいているシャーロッキアンのかたに絶交されてしまったらどうしよう、とちょっとガクガクブルブルである……(^^;)
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    ~ Comment ~

    Re: シャオティエンさん

    この話は自分でも気に入っていて、ホームズには一家言あるかたを含む皆さんからも面白いといっていただけたので、作者としても満足な一作であります。

    でもオチは強引だったかな。(^^;)

    ホームズが「紹介しよう!」という場面。いろいろありましたが、今回ほど「唖然」とさせられたのは初めてですよ。やられましたね。この物語を、リアルタイムで拝見してれば、依頼人の名から早々に分かったかもしれませんが、2月15日深夜ではねぇ・・・

    >北極圏までサンタの橇を拝借に行ったホームズの行動力もハンパではありません

    ホームズは、またの名を「北欧の冒険家・シゲルソン」というではありませんか。サンタのところへ行くくらい
    朝飯前ですよ。

    Re: 神田夏美さん

    サンタの橇は便利ですよねえ。ドラえもんでもあんな道具は持ってないですからねえ。

    クリスマスになるとNORADが追跡と発表をしているようですが、実際の速さと小回りはあんなもんではないと思います(笑)

    お元気なようでなによりです~♪

    NoTitle

    おひさしぶりです!
    遅くなりましたが読ませていただきました~、面白いです!^^
    ニコラウスさんがサンタクロースだということは早い段階でわかりましたが、まさか橇を使っていたのがホームズだったとは^^

    「ぼくたちは知らないことがお約束になっているが~」と言いつつ、自分が探偵小説の登場人物であることをしっかり自覚しているホームズさんに驚きつつ、くすっと笑ってしまいました^^

    しかしサンタクロースさんの橇は便利そうなアイテムですね、私も欲しいです(笑)

    Re: スミレさん

    ありがとうございます。やっぱり、ホームズとワトスン博士のコンビは、ミステリファンなら一度は真似したくなりますよねえ(^^)

    もうわたしなんかなんだかんだで三回も真似してパロディショートショートを書いてしまいました(^^) うち一回は「神無月の巫女」のパロディ小説だからちとUPできないのが残念ですが。

    面白いです!

    今、「シャーロック・ホームズの冒険」を読んでいるんですが、それより面白いです……とか言ったらシャーロキアンの方からオレンジの種を贈られそうですが(笑)
    「最後のあいさつ」を読む時は、サンタさんが書いたものと思って読む事にします!

    Re: なかむらさん

    お元気なようでなによりです。というか、三ヶ月以上にわたってブログの更新をされていらっしゃらなかったから、こうしてお話しできてうれしくてうれしくてたまりません。

    もしも関東にまで凱旋公演することがあったら、ぜひお教えください。仙台まではおいそれとは行けませんが、都内だったらまだなんとか……。

    ごぶさたしております。

    ギャー。さすがですね。おもしろかったです。
    わたしの芝居の方は、じわじわと進んでいるような滞っているような状態で、もうしばらくかかりそうです。
    よいお年をお迎えください。
    また来ます。

    Re: semicolon?さん

    そうあってくれるといいんですが、どこの国でもテロリストたちがウロウロしている世の中では、ホームズさんもさぞやたいへんだったろうと思いますね。

    ああ、あんな人がほんとにいたらなあ。

    遅ればせながら。

    ホームズって律儀・・・(笑)
    世界中に今日は悪人がいませんね。

    Re: レオ・ライオネルさん

    北極圏から客船と鉄道を乗り継いでロンドンまでやってきたサンタさんもすごいですが、鉄道と客船を乗り継いで北極圏までサンタの橇を拝借に行ったホームズの行動力もハンパではありません。

    ちなみにこの小説、ミクシィのアプリにも載せましたが、そちらではロンリーホーリーナイト男でした(要するに誰も読んでくれなかった……(^^;))

    Re: ネミエルさん

    えー、毎度バカバカしいお笑いを……(落語家かわたしは)

    NoTitle

    楽しく読ませていただきました~♪
    ホームズもサンタさんから橇とトナカイwp拝借していたとは・・・
    サンタさんへの代価以上に世界中の子供達の目線が怖かったかも

    i-103メリークリスマスi-103
    楽しい夜を過してくださいなi-236
    • #2841 レオ・ライオネル 
    • URL 
    • 2010.12/25 01:09 
    •  ▲EntryTop 

    NoTitle

    なるほどーと唸ってしまいました。
    そういうことだったのかと。

    Re: 平山さん

    専門の研究書にまでタッチされておられる筋金入りのシャーロッキアンのかたにそうおっしゃっていただけるとは、最高のクリスマスプレゼントでした。

    星新一先生が、「人類が発明した人物はそう多くはないが、その最高傑作はサンタクロースだろうと思う」と書いていたのを読み、「なにをいっているんだ。シャーロック・ホームズ先生がいるじゃないか!」と思ったのが、この小説を書いたきっかけです。

    アマチュアだからこそ好き勝手書けた面というのもあるかもしれません。

    オチは蛇足だったかな。

    とにかく喜んでいただけてなによりです!

    NoTitle

    すばらしい!
    いやあ、これはやられました。下手なプロの作家が書いているパロディよりも面白いじゃないですか。
    太鼓判をおしますよ。
    いいクリスマスプレゼントでした!!!
    メリークリスマス!!!

    Re: 黄輪さん

    うーん、それは、きっと、あれだ。

    カーの「三つの棺」に出てくる「密室講義」と同じ理屈(?)だ。

    年季を踏んだミステリファン以外にはわからない例えでスマソ(笑)

    NoTitle

    今まで見たホームズのパロディものの中では、一番クスッときた話でした。
    どうやってホームズは、自分の存在を認識したのか……。
    それも卓越した推理力の成せる業、ですかね。

    Re: ぴゆうさん

    毎年クリスマスにはショートショートを一篇ものしているのですが、今年は特にコミケと「紅蓮の街」に追われて半ばやっつけ仕事で書いてしまいました(^^;)

    やっつけ仕事になればなるほどわたしの場合、メタフィクションがかってくる(要するに楽屋落ち)のがつらいところで(笑)。

    楽しんでいただければ幸いです~。

    Re: ミズマ。さん

    あっ、ヴィクトリア朝時代の交通機関をなめてる(笑)。

    客船もあるし鉄道もありますって(^^)

    女子高生二人組は今月中に一度は出したいですねえ。明日のクリスマス当日か、でなければ大晦日か。

    もしかしたら有馬記念に出てきたりして(笑)。

    メリクリ~♪

    NoTitle

    面白かったぁ~~
    まさかホームズが橇を拝借してようとはね。
    ウイットにも富んでいたし、ドイルが笑っているかも。
    秀作でした。

    ポールの脳はよく働くね。
    私にも分けて欲しいよ。

    v-255メリークリスマスe-489

    クリスマスは女子高生二人組が活躍すると思いきや!
    裏切られました。いい意味で!

    一年に一度しか使われないよりは、ホームズさんを乗せて駆け回っていた方が橇としても有意義、かも知れませんね。
    そしてサンタさんの手伝いをするホームズさん(そして巻き沿いをくうワトソンさん)も読みたかった気がします。また事件が起きたんだろうなあ。

    しっかし、サンタさんは橇もなしでどーやってロンドンまで…とかは考えない方が良さそうですね。
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