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    ささげもの

    9995ヒット:limeさんに捧ぐ

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    桐野俊明の優雅な一日


     わたしは滅多に着ない一張羅を着て、転がしてきたビートルから降りたった。

     レストラン「白磁のアルバトロス」。

     ここは、わたしがかつて訪れた中では、サービスでも味でも都内でも一二を争うレストランで、わたしたちのためにワインのボトルを開けてくれるということになっていた。

     わたしたち、すなわち、わたしと、わたしの未来の妻になる女性のために。

     一緒にこられなかったのが残念だ。彼女は、なにかの都合で遅れるらしい。

     なに、遅れるとしても、三十分程度だろう。その間に、やっておくことは山ほどある。ワインの確認、メニューの確認、その他その他。

     わたしはウェイターに案内されるまま、席に向かった。予約席の札が立っていた。

     席に着くと、わたしはウェイターにささやいた。

    「ワインは?」

    「モーゼルの一九三七年ものの白にございます」

    「魚は?」

    「上質な舌平目を用意いたしました」

     完璧ではないか。いや待て。

    「デザートは?」

    「エスコフィエ氏のレシピに基づくピーチ・メルバを再現いたしました」

     わたしはうなずいた。完璧なうえにも完璧だ。

     扉に、人影があった。

     彼女が来たのか?

     わたしは目を凝らし、それが若い男であることに気づいて嫌な思いになった。

     今日はここは貸し切りのはずなのだ。

     若者は、まっすぐわたしのテーブルに歩いてきた。

    「桐野さんだっけ?」

     若者は妙に明るい声で話した。満面の笑顔だった。例えるなら天使のそれだったが、わたしが思い描く天使は別にいる。

     わたしは不機嫌そのものの声で答えた。

    「そうだが」

     若者は、しれっとした顔で、わたしの心の中に手投げ弾を放り込んだ。

    「あの人は、来られないってさ」

    「馬鹿をいえ」

     わたしは内心、動揺していたが、それでも虚勢を張って答えた。

    「彼女との間には、すでに約束があるんだ。それに、今日はわたしも渡さねばならないものがあるんだ」

    「なんなの? 渡さなくちゃいけないものって」

     こんな若造に答えてやらねばならない義理もないのだが。

    「自営業者の月収の三ヶ月分だ。これでわからなかったら、お前は野暮の骨頂だ」

    「そりゃわかるけど」

     若者は、天使の笑みを崩さずにいった。

    「あの人、どうやらそれは受け取れないみたいだよ。なんでも、仕事が忙しすぎるんだって」

    「なにをいってるんだ!」

     わたしは怒鳴った。

    「わたしはこの店で彼女と舌平目を食べるんだ! モーゼルの一九三七年もので! 変なことをいって邪魔をするな!」

    「なんていっていいんだか、桐野さん……」

     若者は同情でもするかのような声でいった。

    「あの人は、あなたよりも、仕事のほうを選んだみたい。今さっきも、忙しくしていた」

    「うるさい! わたしよりも大事な仕事って、なんなんだ!」

    「なんなんだと思う、桐野さん?」

     若者の口調が変わった。

    「あなたに大事な人がいることはわかっているけど……桐野さん、あの人の仕事、知ってるよね?」

     わたしははたと詰まった。

     そういえば……。

    「知っていたら、あの人がこんなところに来れないことも、わかっているよね?」

     やめろ。やめてくれ。

    「それに、桐野さん、あなた、こんなところで食事ができるほどのお金持ちに、いつ、なったの……?」

     さっきまで落ち着いた雰囲気のレストランだったはずの室内は、いまや一面の闇と化していた。

    「君……君は?」

    「あの人にいわれて、メッセージを届けに来たんだよ」

    「名前を教えてくれ!」

    「陽……」

     わたしは闇と冷気の中に包まれていった。


    × × × × ×


     わたしは雑居房の中で、毛布に包まれて目を覚ました。

     冬の網走刑務所の朝の冷気は、それは凄まじいものだ。精神がロボットのようになっても、寒いものは寒い。

     夢の中でも、沢守澄麗に逢うことはかなわないのか。

     一年前、わたしが散弾銃で撃ち殺した、最愛の人には。

     あの人は、今も夢の世界の最下層で、苦しむ魂の、その苦しみを癒し続けているのだろうか。

     すると、わたしの目の前に現れた、陽、という若者もまた死者なのか?

     なんでもよかった。

     ロボットと化した人間にはどうでもいい話だ。

     今日もこれから囚人としての一日が始まるのだ。


    元小説:「ナイトメアハンター桐野」シリーズ
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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    書いてみて思ったこと。

    「自分のキャラクターを他者の小説のキャラクターとクロスオーバーさせてショートショートを書くよりは、ごく普通のキリ番企画のように、『お題』をいただいてそれで書くほうがはるかに楽みたいである」

    陽くんをどうやって登場させるかについては、そりゃもう頭をひねりましたとも。なにせお亡くなりになっておりますし、桐野くんは桐野くんで重罪で網走刑務所に収監中ですし。この小説では坂木さんと余目くんとかいう中年男性ふたりの組み合わせも考えたんですけど、そこまでlimeさん読んでたっけ? と思い……。

    Re: 秋沙さん

    じゃあlimeさんとふたりで半分こということで(^^)

    では次回の、15000のときをお待ちになってくださいね。とはいえ、わたしはそのときまでブログをやれるだろうか果たして(汗)。

    多謝!!

    わ~~~♪
    び、びっくりした!!
    朝、出勤前に見つけたんだけど読む時間なくて、
    職場の食堂で読みましたよ~~~。

    まさか陽が出てくるなんて思わなかったから、どきどきするやら、にやにやするやら。
    いやはや、すんごいプレゼントでした!
    ありがとう~、ポールさん。

    そっかあ、こんなSSも出来ちゃうんですね。
    桐野さん、悲しい思いをさせちゃってごめんなさいね。
    澄麗ちゃんと、甘い時間、すごせなかったね。
    陽が邪魔しちゃったかな。

    読んでる途中に、ポールさんが書きそうにない青年が登場したんで、「ん?」と思いましたよ・笑
    しっかり陽は陽の感じがでてるのがすごい!
    そして、ポールさんのカラーと、私のカラーの違いを再認識しました。
    ね?一度書いたら、陽にも愛着がわくでしょ? わかない?笑

    よし、次も切り番ふもう! ね、秋沙さん♪

    NoTitle

    うわわわわわわ、こんなところに陽が!!!???

    私もキリ番ふんでみた~い(^^)と思ったら、すでに10068まで行ってた・・・orz
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