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    ささげもの

    9996ヒット:ぴゆうさんに捧ぐ

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    「河童のガスと一夜の酒の友」

     河童のガスは、一人、川の中州で月を見ながら壺酒を一杯やっていた。ごきげんな表情である。

    「世の中にィ~

     酒よりましなものはなしィ~

     あるとするなら眠りだがァ~

     んなもの酒のみゃついてくるゥ~

     うーい!」

     そんなガスのいい気分は、ものの数瞬とたたぬうちにぶち壊された。

    「うるせえな爺さん……」

     中州に突き出た岩の陰から、誰かが一人身を起こした。

     ガスはその影を、まじまじと見た。

    「お主……人間か?」

    「おれ? 人間に決まっているだろう。そういうあんたは、なにもんだい。化けもんかい? ……あら、ほんとに化けもんだったか」

     人間の男は、なにかの液体が入った大きな瑠璃の瓶を片手に、頭を押さえていた。痛いらしい。

    「わしのような立派な河童をつかまえて、化け物呼ばわりはないじゃろう。そもそも、ここは人間の入っていい国じゃない」

    「人間の国じゃない? ……ってことは、ここではおれが化け物ってことか。たまには、化け物になるのもいいかもしれん。化け物と呼ばれるほうがまだましだな、裏切り者と呼ばれるよりは」

    「お主……裏切り者なのか?」

    「そうだろうよ。少なくとも、周りの連中は陰じゃそういってるぜ。恩ある主人を裏切ってやろうと思って裏切ったこと一回、裏切るつもりがなくて裏切ったこと一回、それだけじゃなくて、自分自身の誓いすら大きく裏切ってしまったことが一回、裏切りにかけちゃ専門家みたいな男だからな」

     河童のガスは目を凝らした。あまり幸せな生活を送ってきたとは思えない顔に見えた。それは頭痛で顔がしかめられているからかもしれない。

    「頭が痛いのか? わしは医者じゃが……」

    「頭が痛いのはほんとうだが、医者にかかるほどじゃない。一杯やれば一発で治る。化け物の国だろうと人間の国だろうと、どうせ明日は二日酔いなんだしな。……爺さん、でいいのか? 人間以外の生き物の歳はよくわからねえ。爺さん、持っていたら杯を貸してくれ」

    「爺さんでええ。杯というか、茶碗は持っておるが、あいにくとひとつしかない」

     人間の歳がよくわからないのは河童のガスも同様だったが、だいたい若者から中年の足音が聞こえて来ようとしているくらいではないかと推測した。

     男は河童のガスの答えを聞くと、歯で瓶に栓をしてあるなにかの詰め物を引き抜いた。

    「じゃ、爺さん、それを出してくれないか。へえ、化け物の国では、こんなもので茶を飲むのか。おれが住んでいた国では、ここにこう、取っ手がついていたんだが……。じゃ、そう。そのまま押さえておいてくれ。注ぐからな」

    「注ぐのはいいが、なんじゃその液体は。酒か?」

    「嗅いでみろよ、酒の臭いがするだろう。『帝国』北方から交易船が持ってきた、最上等の火酒を、アクバの野郎の目を盗んで、こうして大型フラスコに入れてきたんだからな。最上等のものなんて、普通の身分じゃ、飲めやしないぜ」

    「よくわからんが……おっとっとっと。こぼれるぞ、お主」

    「なあに、慣れてるさ」

     河童のガスは、椀に注がれた『火酒』と称する見たこともない酒をじっと見た。

    「ちびちび飲むのかの?」

    「火酒をちびちび飲むやつがあるか! 『終末港』じゃ、こいつをひと飲みにぐっと飲んでこそ、一人前の男と認められるってもんだ。だから、爺さんも、ぐっとやれ、ぐっと。おれの知っている女なんか、三杯飲んでふらつきもしなかったぜ」

     酒癖の悪いやつと出会ってしまったらしい。河童のガスは、あきらめて椀に口をつけ、中身をぐいっと飲み干した。

     思わずむせた。強い。強いなんてものではない。これは酒ではない。

    「焼酎ではないか」

    「焼酎? なんだそりゃ?」

    「焼いた酒と書いてな……」

    「だから、火酒といっただろう」

    「若いの、酒というものはな……」

     河童のガスは、持参した壺から酒を汲み取った。

    「飲んでみい。米から作った、本物の酒だ」

    「米? 米ってなんだ? 果物かなにかか?」

    「米も知らんのか。お主、いつもなにを食っているんじゃ」

    「麦粥とパンかな……」

     そういいながら受け取ると、茶碗を傾け、ぐいっと一息で人間の男は飲んだ。

    「ああ、そんなふうに飲んだら、まったく、酒の味というものが」

     純米大吟醸。河童のガスとしては、ちびちびと味と香りを楽しみながら飲むべき酒だった。

    「へえ、なかなかいけるじゃないか。水みたいに弱いけど、果物の香りがよく出ているぜ」

     果物みたいな香りがするのは当然だ。純米大吟醸なんだから、と、河童のガスはいいたかった。だが、文句をいう前に、人間の男は手酌で茶碗に火酒を注ぎ、ぐいっとひと飲みでむせもせずに飲み干した。そのまま再び手酌で酒を注ぎ入れ、河童のガスのもとに突き出した。

    「ほれ、ご返杯」

     人間の男の飲みっぷりを見て、河童のガスの闘争本能の危険なところに火がついた。

    「若いの、わしをなめるなよ。こう見えても、数百年昔は、この近辺で知らぬものはないといわれた……」

    「いいから飲めよ」

     河童のガスはぐいっと一息で椀を干した。

     人間の男は笑った。

    「そうこなくっちゃいけねえ」

     フラスコとかいう酒の容器には、まだまだ大量の火酒が入っていた。

     河童のガスと人間の男は、火酒も純米酒もお構いなしに、とにかく手元にある酒を飲んで飲んで飲んで飲み明かした。

     × × × × ×

     翌朝、河童のガスは椀を握り締めて中州で倒れている自分に気がついた。

     自分の持ってきた純米大吟醸の壺に目をやったが、いくらも減っていない。

     はて、昨晩は確かにあの、麦を食って焼酎を飲む人間の男と飲み比べをしたはずだが……夢だったのだろうか?

     立ち上がった河童のガスは、昨日のあれが夢ではなかったことに気がついた。

     頭が割れるように痛む。ひどい二日酔いだ。

     人間の酒など飲んだから、二日酔いになったのだろうか? あの若造、今度会ったら、酒飲みの道というものを諄々と説いてやるものを。

     それにしても、人間界ではありふれた名前なのだろうか?

     あの若いのも、たしか自分のことをガスと名乗っていたはずなのだが……。


    元小説:「紅蓮の街」

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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    こちらこそ、ぴゆうさんの温かくも厳しい作品世界と出会えてほんとうによかったと思っています。

    よいお年を~。

    東京に出陣するため、10分後には家を出なくてはならぬので今はこれで失礼をば。

    NoTitle

    おこんびんはー
    今年はポールと知り合えて本当に良かったなぁ~~
    あなたのような才能と友達になれた。
    そんな風にも云える。
    最初はショートからだった。
    落ちの面白さ、一番感心したのは輪ゴムのショートだった。
    ぞっとしながらも忘れられない作品。
    連載中の紅蓮の街。
    ガスが生き延びるように願っている。
    来年もヨロシクね。
    そして良いお年を~~
    v-398

    Re: ぴゆうさん

    「火酒」のモデルは、ロシアのウォッカと、寝かせていないイギリスのウィスキーです。どちらも麦から作り、透明で、めちゃくちゃ強い。当時の蒸留技術がどうあれ(この世界には、機械技術はありませんが、蒸留技術はあります)、アルコール度数は40度近くあるでしょう。
    日本酒の純米大吟醸が16パーセントくらいだったはずですから、ガスくんにとっては水みたいなもんですな。河童のガスさんが二日酔いになるのも当然でしょうかねえ。

    終末港でガスくんがどんなことになっているかはご想像に任せます。アクバさんにイヤミのひとつもいわれているかもしれませんなあ(笑)。

    NoTitle

    うっほーーーいv-410v-411

    ガス&ガスだ。
    酒飲み同士だものね。
    ガスガスコンビが読めるとは最高でしたv-218
    爺河童と札付きの悪。
    とても楽しかったです、呑んだらそんな会話をしそうです。
    ありがとうございました。
    お疲れさまです。
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