ささげもの
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「賞金稼ぎふたり」
西部の片隅。
エリーはいつになく真剣な顔で、岩陰から標的の住む小屋をうかがっていた。
「おたずね者でも探しているみたいね」
「……そうだけど、黙っていて。あの小屋に、大嵐のデクスビィの野郎が……」
答えたエリーは、はっと後ろを振り返った。
黒いコートを着込み、腰に短い剣を差した、黒髪に黒い瞳の女が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。
「なによあんた。あいつは、あたしの獲物よ。横から手出しするなんて……」
「いいじゃない。お金が手に入るんでしょう? 賞金ってやつが」
「千ドルと、やつが街からかっぱらった砂金十袋のうち、ひと袋がもらえるわ。だけど、あんたにはびた一文あげないからね。あたしが殺すんだから」
「殺してもいいの?」
「生死を問わず、よ。それにしても、あんた何者? 銃も持っていないみたいだけど」
「銃は嫌いよ。弾がなかったら使えないもの」
「剣が好きなの?」
「剣は好きだけど、気は許していないわ。折れると使い物にならなくなるし。それなら、足と拳の使い方を学んだほうがよっぽどいいわね」
「ふん」
エリーは胡散臭そうに相手を眺めた。
「名前は?」
「……ガラ。ナミ。なんとでも呼んでよ。いつ生まれて、どんな遍歴をして、どうしていまここにいるのかもわからない。覚えているのはただひとつ、金を稼がなくちゃ、生きている意味がない、ということだけね」
「あたしはエリー。で、ちょっと、話があるんだけど、あなた、囮になってくれない? デクスビィの野郎が、あの小屋から出てこないのよ」
「出てくるわけないわよ。やつは今、あそこにいないもの」
「……え?」
「一週間前、西の町に、稼ぎに行ったみたいよ。帰ってくるのは、今日の夕方ごろね」
「なによそれ。……でも、今日の夕方、帰ってくるのね」
「そういうことよ。だから、あたしも隠れさせてもらうわ」
「剣と拳で退治できるほど、ここらの悪漢はやわじゃないわよ」
× × × × ×
聞こえてきた馬の蹄の音に、エリーは飛び起きた。
ナミとかガラとか名乗った女は、いまだ寝ている。
揺り起こそうかと思って、エリーはやめた。どうせなら、賞金は全部自分のものにしたい。寝ているほうが悪いのだ。
デクスビィとおぼしき男は馬から下りると、覆面姿のまま辺りを見回し、小屋の中に入っていった。
小屋で待ち伏せるべきだったかもしれない。しかし、入ったことになんらかの事情で気づかれ、逃げられてしまったらまずいのだ。ここで張っておくほうが利口だ。
エリーは十分待つと、足音を殺しながら、デクスビィの小屋を目指した。
足音を殺して、ゆっくりと近づくと……。
ドアを蹴り破る。
「デクスビィ!」
足に、なにかの感触があった。なにか、膜のようなものが落ちてくる。
「カーテン?」
「伏せて!」
銃声が轟いた。
× × × × ×
「要するに」
エリーはすりむいた膝を不機嫌な顔でにらみながらいった。
「デクスビィは、いつ襲われてもいいように、カーテンで外の光を完全に遮って、自分は中で銃を握って待ち構えていた、ってことね。明るい光に慣れた目には、小屋の中の様子はうかがうことができないけれど、デクスビィにとっては、ちらりとでも明かりが見えたら、そこを狙って撃てばいい。射的より簡単だわね」
「そういうことよ」
ナミだかガラだかいう女は、砂金の袋を手に、笑った。
「でもさ」
エリーは女を恨めしそうな目で見た。
「あんた、銃は嫌いじゃなかったの?」
「嫌いだけど、使うときには使うわよ」
女は、コートの下に隠していた、銃身を切り詰めた散弾銃を愛おしそうに撫でた。
「弾があるうちは、これもなかなか役に立ってくれるのでね。特に、小屋みたいな狭い場所に潜んでいる相手には、この武器がいちばん重宝するわ」
「それで、このあたしを囮というか、捨て駒にしたわけね。卑怯でクソみたいな女よ、あんたは」
「生き残って文句叩くんじゃないの」
女は散弾銃をコートの下に戻すと、立ち上がった。
「さて、あんたは近くの保安官事務所に行くんでしょ? じゃ、あたしとはこれでお別れね」
「ちょっと! 千ドルはいらないの?」
「あたしがいるべき場所では、銃も紙幣も、使い物にならないような気がするのよ。あたしがいるのは、この砂金だけ。千ドルは、あなたにあげるわ、エリー」
「そりゃどうも」
「じゃ、あたしは、これで。たぶん、二度と遭わないと思うけどね」
「そう願ってるわよ、こっちも」
黒ずくめの女は、エリーの向かう方角とは反対方向に歩き出し、夜の闇に溶けるように消えていった。
エリーには、今の一幕が、まるで悪夢の中にでもいたかのように思えるのだった。
だが、千ドルは別だ!
元小説:「紅蓮の街」
西部の片隅。
エリーはいつになく真剣な顔で、岩陰から標的の住む小屋をうかがっていた。
「おたずね者でも探しているみたいね」
「……そうだけど、黙っていて。あの小屋に、大嵐のデクスビィの野郎が……」
答えたエリーは、はっと後ろを振り返った。
黒いコートを着込み、腰に短い剣を差した、黒髪に黒い瞳の女が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。
「なによあんた。あいつは、あたしの獲物よ。横から手出しするなんて……」
「いいじゃない。お金が手に入るんでしょう? 賞金ってやつが」
「千ドルと、やつが街からかっぱらった砂金十袋のうち、ひと袋がもらえるわ。だけど、あんたにはびた一文あげないからね。あたしが殺すんだから」
「殺してもいいの?」
「生死を問わず、よ。それにしても、あんた何者? 銃も持っていないみたいだけど」
「銃は嫌いよ。弾がなかったら使えないもの」
「剣が好きなの?」
「剣は好きだけど、気は許していないわ。折れると使い物にならなくなるし。それなら、足と拳の使い方を学んだほうがよっぽどいいわね」
「ふん」
エリーは胡散臭そうに相手を眺めた。
「名前は?」
「……ガラ。ナミ。なんとでも呼んでよ。いつ生まれて、どんな遍歴をして、どうしていまここにいるのかもわからない。覚えているのはただひとつ、金を稼がなくちゃ、生きている意味がない、ということだけね」
「あたしはエリー。で、ちょっと、話があるんだけど、あなた、囮になってくれない? デクスビィの野郎が、あの小屋から出てこないのよ」
「出てくるわけないわよ。やつは今、あそこにいないもの」
「……え?」
「一週間前、西の町に、稼ぎに行ったみたいよ。帰ってくるのは、今日の夕方ごろね」
「なによそれ。……でも、今日の夕方、帰ってくるのね」
「そういうことよ。だから、あたしも隠れさせてもらうわ」
「剣と拳で退治できるほど、ここらの悪漢はやわじゃないわよ」
× × × × ×
聞こえてきた馬の蹄の音に、エリーは飛び起きた。
ナミとかガラとか名乗った女は、いまだ寝ている。
揺り起こそうかと思って、エリーはやめた。どうせなら、賞金は全部自分のものにしたい。寝ているほうが悪いのだ。
デクスビィとおぼしき男は馬から下りると、覆面姿のまま辺りを見回し、小屋の中に入っていった。
小屋で待ち伏せるべきだったかもしれない。しかし、入ったことになんらかの事情で気づかれ、逃げられてしまったらまずいのだ。ここで張っておくほうが利口だ。
エリーは十分待つと、足音を殺しながら、デクスビィの小屋を目指した。
足音を殺して、ゆっくりと近づくと……。
ドアを蹴り破る。
「デクスビィ!」
足に、なにかの感触があった。なにか、膜のようなものが落ちてくる。
「カーテン?」
「伏せて!」
銃声が轟いた。
× × × × ×
「要するに」
エリーはすりむいた膝を不機嫌な顔でにらみながらいった。
「デクスビィは、いつ襲われてもいいように、カーテンで外の光を完全に遮って、自分は中で銃を握って待ち構えていた、ってことね。明るい光に慣れた目には、小屋の中の様子はうかがうことができないけれど、デクスビィにとっては、ちらりとでも明かりが見えたら、そこを狙って撃てばいい。射的より簡単だわね」
「そういうことよ」
ナミだかガラだかいう女は、砂金の袋を手に、笑った。
「でもさ」
エリーは女を恨めしそうな目で見た。
「あんた、銃は嫌いじゃなかったの?」
「嫌いだけど、使うときには使うわよ」
女は、コートの下に隠していた、銃身を切り詰めた散弾銃を愛おしそうに撫でた。
「弾があるうちは、これもなかなか役に立ってくれるのでね。特に、小屋みたいな狭い場所に潜んでいる相手には、この武器がいちばん重宝するわ」
「それで、このあたしを囮というか、捨て駒にしたわけね。卑怯でクソみたいな女よ、あんたは」
「生き残って文句叩くんじゃないの」
女は散弾銃をコートの下に戻すと、立ち上がった。
「さて、あんたは近くの保安官事務所に行くんでしょ? じゃ、あたしとはこれでお別れね」
「ちょっと! 千ドルはいらないの?」
「あたしがいるべき場所では、銃も紙幣も、使い物にならないような気がするのよ。あたしがいるのは、この砂金だけ。千ドルは、あなたにあげるわ、エリー」
「そりゃどうも」
「じゃ、あたしは、これで。たぶん、二度と遭わないと思うけどね」
「そう願ってるわよ、こっちも」
黒ずくめの女は、エリーの向かう方角とは反対方向に歩き出し、夜の闇に溶けるように消えていった。
エリーには、今の一幕が、まるで悪夢の中にでもいたかのように思えるのだった。
だが、千ドルは別だ!
元小説:「紅蓮の街」
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NoTitle
わざわざ拙ブログへのお返事ありがとうございました。
やっぱりそうなんだー。難儀な世の中になったなぁ。
そのうち言いかえの「氏ね」みたいのも規制されるのかな。
無粋で文化を枯らし、しかもよけいに人を苛立たせて刺激する、問題の本質もわからない低能愚劣な馬鹿どもが推進する「言葉狩り」を僕は断じて許したくありません。
(これでちゃんとアップされればおなぐさみww)
やっぱりそうなんだー。難儀な世の中になったなぁ。
そのうち言いかえの「氏ね」みたいのも規制されるのかな。
無粋で文化を枯らし、しかもよけいに人を苛立たせて刺激する、問題の本質もわからない低能愚劣な馬鹿どもが推進する「言葉狩り」を僕は断じて許したくありません。
(これでちゃんとアップされればおなぐさみww)
Re: 矢端想さん
当時の西部で、拳銃を撃って一発で相手に倒れるほどの負傷を与えたら、普通死にます(笑)
FC2のコメント欄の禁止ワードはけっこうきつくて、わたしも「死なせる」とか「命を奪う」とかという言葉を使わないといけないのでフラストレーションが……。
FC2のコメント欄の禁止ワードはけっこうきつくて、わたしも「死なせる」とか「命を奪う」とかという言葉を使わないといけないのでフラストレーションが……。
NoTitle
(年越しのすっごい亀レスで恐縮です。去年コメントになんか失敗して何度やっても「重複してます」とか出て書き込めなかったので、これで文面変えてまた出してみました↓)
------------------------
>「まけるな! エリーちゃん」17、7月30日矢端想さんコメント
わははー。確かに自分で「一発で撃ち倒し」と書いてますねー。「撃ちコロし」じゃないとこがミソ(しかも作中じゃないし)。仮面ライダーとかいろんなアニメとかでも「倒す」「倒す」と言ってますが、結局「=コロす」なんですけどね。
>最初はナミもエリーと一緒に牛に踏み潰させようかと
いくらなんでもそれはさすがに・・・「紅蓮の町」終わるまで待ってあげてー!
------------------------
(↑大したこと書いてないけどwwずっともやもやしてたものですからwww)
------------------------
>「まけるな! エリーちゃん」17、7月30日矢端想さんコメント
わははー。確かに自分で「一発で撃ち倒し」と書いてますねー。「撃ちコロし」じゃないとこがミソ(しかも作中じゃないし)。仮面ライダーとかいろんなアニメとかでも「倒す」「倒す」と言ってますが、結局「=コロす」なんですけどね。
>最初はナミもエリーと一緒に牛に踏み潰させようかと
いくらなんでもそれはさすがに・・・「紅蓮の町」終わるまで待ってあげてー!
------------------------
(↑大したこと書いてないけどwwずっともやもやしてたものですからwww)
Re: 矢端想さん
>エリーは未だ作中では誰も殺しておりませんので
「まけるな! エリーちゃん」17、7月30日矢端想さんコメント参照。(そういうところだけやたらと記憶力がいい(爆))
最初はナミもエリーと一緒に牛に踏み潰させようかと考えていたのですが、ナミには似合わん、と思ったもので……。
ガンファイトについては、散弾銃を調べているときに知った、塹壕内での戦闘や要塞内での戦闘といった状況下では散弾銃はかなり有効であり、条約で禁止されているとか言う記述を参考にしました。それにしてもわたしのヒーローはショットガンの武装率が高いなあ。
「まけるな! エリーちゃん」17、7月30日矢端想さんコメント参照。(そういうところだけやたらと記憶力がいい(爆))
最初はナミもエリーと一緒に牛に踏み潰させようかと考えていたのですが、ナミには似合わん、と思ったもので……。
ガンファイトについては、散弾銃を調べているときに知った、塹壕内での戦闘や要塞内での戦闘といった状況下では散弾銃はかなり有効であり、条約で禁止されているとか言う記述を参考にしました。それにしてもわたしのヒーローはショットガンの武装率が高いなあ。
ありがとうございます。
ありがとうございます! またも夢の競演!
いつになくハードボイルドなエリー。ふだんのエリーが住むスチャラカな西部とはやや空気が違いますな。
相手がナミじゃあかないっこないでしょう。いきなり囮になれとは、なんて命知らず。ナミは余裕たっぷり。彼女から見たらただの威勢のいい小娘なのでしょうな。
敵をナミに討たせたのはポールさんの配慮? エリーは未だ作中では誰も殺しておりませんので。
では「いただきもの」ってことで、いずれ拙ブログでも紹介させていただきます。挿絵はどうしようかな。ナミのビジュアル化についてまったく自信がないのです・・・。
いつになくハードボイルドなエリー。ふだんのエリーが住むスチャラカな西部とはやや空気が違いますな。
相手がナミじゃあかないっこないでしょう。いきなり囮になれとは、なんて命知らず。ナミは余裕たっぷり。彼女から見たらただの威勢のいい小娘なのでしょうな。
敵をナミに討たせたのはポールさんの配慮? エリーは未だ作中では誰も殺しておりませんので。
では「いただきもの」ってことで、いずれ拙ブログでも紹介させていただきます。挿絵はどうしようかな。ナミのビジュアル化についてまったく自信がないのです・・・。
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Re: 矢端想さん
ネットって諸刃の剣ですね。