「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第二部 非情の冬
紅蓮の街 第二部 9-1
9
「公爵閣下! 閣下は、ご自分がなにをおっしゃっておられるのかわかっておられるのですか!」
はじかれたように立ち上がって声を荒げたのは、評議会議員、アルス男爵であった。
「わたしはじゅうぶんにわかっています」
評議会議長席で、静かに淡々とした声でエリカは答えた。
「今、詳しい人口を集計しておりますが、それによると現在、この街にいる人間の数は四十万人弱。少なく見積もっても三十二万を下回ることはないでしょう。対して、わたしたちが備蓄している穀物の量は、平年に比べて三分の一にも満たないものです。これは、商業会館の取引記録を見れば誰にでもひと目でわかります」
三日遅れで始まった評議会。まともに進むわけがないことは、議題を考えれば当たり前の話だった。
「だからといって……」
アルスは顔色を赤くし、そして蒼白にし、席に着いた。
「海産物があるのではないですかな」
好々爺然とした顔をして柔らかい声でいったのは、人情家で通っている、スラド男爵だった。
エリカは首を振った。
「荒天続きで船が出せないのはご存知のはずですが、スラド男爵。勇敢な男たちが魚を獲りに行く一方で、帰ってこない船もまた多い。今、わたしたちが直面している危機は、そのような小手先の技でどうなるというものでもないのです」
スラド男爵は、ハンカチを取り出すと汗をぬぐった。
「しかし、それにしても……公爵閣下。閣下の試算された調査結果は、あまりにも事態を悲観したものではないのですかな? この雪も、じきにやむのでは……」
エリカは冷たい目でスラドを見た。
「やんでくれたら、それはそれでけっこうです。しかし、われわれ、政治に携わる貴族は、常に最悪の事態を想像しなければなりません。外を見てくださいませんか、スラド男爵。まだ暦の上で初雪の降る日には四十日を残しているはずです。それなのに、すでに十日にもわたって雪が降り続いている……これを非常時といわずしてなんと呼ぶのです」
スラドは黙った。
「われわれは、なにをおいても、市民たちの生命を守らなくてはなりません。それが貴族そして評議会の存在する意味です」
エリカは議長席から、集まった評議会議員十五人をなめるように見渡した。
「事態は評議員の皆さんが考えるよりも遥かに悪い、とわたしは考えます。だがしかし、ここでこうして討議することで、犠牲者の何割かが救えるかもしれません」

「公爵閣下! 閣下は、ご自分がなにをおっしゃっておられるのかわかっておられるのですか!」
はじかれたように立ち上がって声を荒げたのは、評議会議員、アルス男爵であった。
「わたしはじゅうぶんにわかっています」
評議会議長席で、静かに淡々とした声でエリカは答えた。
「今、詳しい人口を集計しておりますが、それによると現在、この街にいる人間の数は四十万人弱。少なく見積もっても三十二万を下回ることはないでしょう。対して、わたしたちが備蓄している穀物の量は、平年に比べて三分の一にも満たないものです。これは、商業会館の取引記録を見れば誰にでもひと目でわかります」
三日遅れで始まった評議会。まともに進むわけがないことは、議題を考えれば当たり前の話だった。
「だからといって……」
アルスは顔色を赤くし、そして蒼白にし、席に着いた。
「海産物があるのではないですかな」
好々爺然とした顔をして柔らかい声でいったのは、人情家で通っている、スラド男爵だった。
エリカは首を振った。
「荒天続きで船が出せないのはご存知のはずですが、スラド男爵。勇敢な男たちが魚を獲りに行く一方で、帰ってこない船もまた多い。今、わたしたちが直面している危機は、そのような小手先の技でどうなるというものでもないのです」
スラド男爵は、ハンカチを取り出すと汗をぬぐった。
「しかし、それにしても……公爵閣下。閣下の試算された調査結果は、あまりにも事態を悲観したものではないのですかな? この雪も、じきにやむのでは……」
エリカは冷たい目でスラドを見た。
「やんでくれたら、それはそれでけっこうです。しかし、われわれ、政治に携わる貴族は、常に最悪の事態を想像しなければなりません。外を見てくださいませんか、スラド男爵。まだ暦の上で初雪の降る日には四十日を残しているはずです。それなのに、すでに十日にもわたって雪が降り続いている……これを非常時といわずしてなんと呼ぶのです」
スラドは黙った。
「われわれは、なにをおいても、市民たちの生命を守らなくてはなりません。それが貴族そして評議会の存在する意味です」
エリカは議長席から、集まった評議会議員十五人をなめるように見渡した。
「事態は評議員の皆さんが考えるよりも遥かに悪い、とわたしは考えます。だがしかし、ここでこうして討議することで、犠牲者の何割かが救えるかもしれません」
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うーー。
旅芸人は・・・
我慢我慢。
雪が十日も続いているのに、まったく。
エリカ以外にマトモな奴はいないのかねぇ。
旅芸人は・・・
我慢我慢。
雪が十日も続いているのに、まったく。
エリカ以外にマトモな奴はいないのかねぇ。
- #2979 ぴゆう
- URL
- 2011.01/05 13:47
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Re: ぴゆうさん
旅芸人は……どうなるんでしょうねえ?(笑)