「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第二部 非情の冬
紅蓮の街 第二部 9-2
「公爵閣下」
ひとりの評議員が手を挙げた。
その骨と皮だけでできたような腕とその様相は、まさしくサシェル・イルミール男爵その人であった。
「サシェル男爵、なにか意見が?」
「わたしには人間が生きるために必要な最低の糧の量というものはよくわからぬのですがな……」
サシェル男爵は顎をカタカタ鳴らすようにいった。
「それにしても、この配給量は、あまりにも民に対して酷ではありませぬか? まるでトレーンの籠城戦ですぞ」
サシェルは、目の前に置かれた紙を取ると、読み上げた。
「一日に、成人で肉体の労につくもの、パン四切れないしは等量の麦、それ以外の成人、パン三切れないしは等量の麦、子供、パン二きれないしは等量の麦、というのが基本ですな。芋や稗、黍については換算表通りに、か。そしてあれだけ命を賭けるようにして運んできたクワルス芋については、すべて、植えるために食することまかりならぬとのお達し。そして、そのわずかの麦か等量の食物以外には、民衆はなにも食ってはならぬとのことではないですか。ひと冬の間、こんな食事をすることになれば、民衆はみな、冬が明けたときにはひとり残らずわたしのような身体つきになってしまいますぞ!」
「男爵。あなたの話には、いささかの誤りがあります」
エリカは冷淡な声でいった。
「まず、この食事制限がつくのは、民たちばかりではありません。われら貴族もです。むしろわれら貴族こそ、率先して皆の範とならなければなりません」
静まり返った評議会議場を見回し、エリカは続けた。
「サシェル男爵。あなたは、今のこの終末港を指して、トレーンの籠城戦に例えられた。それは確かに炯眼でしたが、事実は違います。今や、われらは雪と氷の軍隊という、トレーンを囲んだ蛮族どもとは比べ物にならぬ恐るべき敵に包囲されたも同然なのです。むしろ、この終末港は籠城戦の真っ只中にあるといってもいいでしょう」
エリカは白い手を握り締めた。
「いいですか、男爵。そしてほかの皆さんも。『帝国』の食糧事情は、今やかなり悪化しているとみていいでしょう。『沈黙の秋』により、『帝国』最大の穀倉地帯かつ食料供給地であるこの一帯の農業が壊滅し、常より数十日も早い雪と氷により、陸路も海路も寸断されています。もはや食料を買い付けようにも、その道さえもがありません。これを籠城戦といわずしてなんと呼ぶのです!」
「しかし、公爵閣下のお考えを、『敬都』の陛下がご存知になったら、どう思われるでしょうかな?」

ひとりの評議員が手を挙げた。
その骨と皮だけでできたような腕とその様相は、まさしくサシェル・イルミール男爵その人であった。
「サシェル男爵、なにか意見が?」
「わたしには人間が生きるために必要な最低の糧の量というものはよくわからぬのですがな……」
サシェル男爵は顎をカタカタ鳴らすようにいった。
「それにしても、この配給量は、あまりにも民に対して酷ではありませぬか? まるでトレーンの籠城戦ですぞ」
サシェルは、目の前に置かれた紙を取ると、読み上げた。
「一日に、成人で肉体の労につくもの、パン四切れないしは等量の麦、それ以外の成人、パン三切れないしは等量の麦、子供、パン二きれないしは等量の麦、というのが基本ですな。芋や稗、黍については換算表通りに、か。そしてあれだけ命を賭けるようにして運んできたクワルス芋については、すべて、植えるために食することまかりならぬとのお達し。そして、そのわずかの麦か等量の食物以外には、民衆はなにも食ってはならぬとのことではないですか。ひと冬の間、こんな食事をすることになれば、民衆はみな、冬が明けたときにはひとり残らずわたしのような身体つきになってしまいますぞ!」
「男爵。あなたの話には、いささかの誤りがあります」
エリカは冷淡な声でいった。
「まず、この食事制限がつくのは、民たちばかりではありません。われら貴族もです。むしろわれら貴族こそ、率先して皆の範とならなければなりません」
静まり返った評議会議場を見回し、エリカは続けた。
「サシェル男爵。あなたは、今のこの終末港を指して、トレーンの籠城戦に例えられた。それは確かに炯眼でしたが、事実は違います。今や、われらは雪と氷の軍隊という、トレーンを囲んだ蛮族どもとは比べ物にならぬ恐るべき敵に包囲されたも同然なのです。むしろ、この終末港は籠城戦の真っ只中にあるといってもいいでしょう」
エリカは白い手を握り締めた。
「いいですか、男爵。そしてほかの皆さんも。『帝国』の食糧事情は、今やかなり悪化しているとみていいでしょう。『沈黙の秋』により、『帝国』最大の穀倉地帯かつ食料供給地であるこの一帯の農業が壊滅し、常より数十日も早い雪と氷により、陸路も海路も寸断されています。もはや食料を買い付けようにも、その道さえもがありません。これを籠城戦といわずしてなんと呼ぶのです!」
「しかし、公爵閣下のお考えを、『敬都』の陛下がご存知になったら、どう思われるでしょうかな?」
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~ Comment ~
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わ、びっくりした。サシェルもいたのね?笑
エリカ様、自ら粗食の覚悟。ご立派です。
(きのうTVで見た、故エレナ・チャウシェスクに聞かせてやりたい。ひどい独裁者だ!)
この粗食実行すればサシェルは、春にはりっぱな骨男爵になてるでしょうね。ふふ。
そうか。籠城戦ですね。敵は手ごわいぞ!エリカちゃん。
具合、どうですか?
エリカ様、自ら粗食の覚悟。ご立派です。
(きのうTVで見た、故エレナ・チャウシェスクに聞かせてやりたい。ひどい独裁者だ!)
この粗食実行すればサシェルは、春にはりっぱな骨男爵になてるでしょうね。ふふ。
そうか。籠城戦ですね。敵は手ごわいぞ!エリカちゃん。
具合、どうですか?
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Re: limeさん
エリカちゃんは、その前にまず厄介な敵をなんとかしなくてはなりません。すぐにわかりますが。
カゼはまだゲホゲホエホエホいっています。今年のカゼはほんとしぶといなあとほほほ。もう寝ます。