「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第二部 非情の冬
紅蓮の街 第二部 10-2
サシェルはうまくやっていた。少なくとも、ヴェルク三世の目にはそう見えた。
「善良なる市民諸君! いま、わたしはこの目で見、この耳で聞いたのだが、エリカ公爵閣下は、諸君に以下のような苦役を貸された。ここにそれを読み上げよう。成人で肉体の労につくもの、一日にパン四切れないしは等量の麦……」
サシェルは、手にした紙に書かれていることを読み上げていった。
ささやき声が、群衆の中を広がっていく。サシェルの演説を、その声が遠くて耳に入らぬもののために、一言一言口伝えに伝えていくのだ。
それは、市民たちの怒りの炎を燃やすのには絶好の焚き木であり、油だった。
集結した市民たちの間で、不満と呪いが渦を巻くように高まっていく。
「市民諸君!」
読み上げ終わったサシェルは、再び市民に呼びかけた。
サシェルも、また半分、自分の言葉に酔っていた。無理もない。酔うように『いかさま賽』のトイスが、その技巧をこらして書いた原稿なのだから当然だ。
「市民諸君、この秋が『沈黙の秋』であり、食料が不足しているのは、今さらいわれなくともわたしや諸君の知るところである。しかし、だからといって、食を絶って死ね、と命じられるいわれがあるだろうか!」
サシェルは手にした紙を何度も大きく振り回した。
「皇帝陛下より市民諸君の生命を預かった公爵閣下ともあろうものが、かような死をもたらすも同然のことを、諸君に命じてよいものであろうか!」
市民が、口々に叫び始めた。
否!
違う!
許されぬ!
それを聞きつつ、サシェルは続けた。
「いかにもそうであろう。市民諸君、ここは公爵閣下に、じきにやむであろう雪のことはすっぱりと忘れ、何よりの重大事である諸君の生命を守るために、この過酷にすぎる措置を緩めてもらうよう願おうではないか! 世に、手もなければ足もなく、武器を取りて立つこともできぬ、傷つきし老いた人間であろうとも、祈ることだけは変わりなくできるという。市民諸君、祈ろうではないか。この無慈悲な世の中を、さらに無慈悲にさせぬように」
ヴェルク三世は、サシェルの熱弁をほくそ笑みながら聞いていた。民から搾り取ることに関しては右に出るものがいないような吝嗇漢が、よくもいったものだ。しかし、ここまでしゃべるとは予想外だった。やはり危険人物だ。殺しておくにしくはない。
そのとき。エリカがしなやかな動きでサシェルを押しのけ、バルコニーへ向かった。

「善良なる市民諸君! いま、わたしはこの目で見、この耳で聞いたのだが、エリカ公爵閣下は、諸君に以下のような苦役を貸された。ここにそれを読み上げよう。成人で肉体の労につくもの、一日にパン四切れないしは等量の麦……」
サシェルは、手にした紙に書かれていることを読み上げていった。
ささやき声が、群衆の中を広がっていく。サシェルの演説を、その声が遠くて耳に入らぬもののために、一言一言口伝えに伝えていくのだ。
それは、市民たちの怒りの炎を燃やすのには絶好の焚き木であり、油だった。
集結した市民たちの間で、不満と呪いが渦を巻くように高まっていく。
「市民諸君!」
読み上げ終わったサシェルは、再び市民に呼びかけた。
サシェルも、また半分、自分の言葉に酔っていた。無理もない。酔うように『いかさま賽』のトイスが、その技巧をこらして書いた原稿なのだから当然だ。
「市民諸君、この秋が『沈黙の秋』であり、食料が不足しているのは、今さらいわれなくともわたしや諸君の知るところである。しかし、だからといって、食を絶って死ね、と命じられるいわれがあるだろうか!」
サシェルは手にした紙を何度も大きく振り回した。
「皇帝陛下より市民諸君の生命を預かった公爵閣下ともあろうものが、かような死をもたらすも同然のことを、諸君に命じてよいものであろうか!」
市民が、口々に叫び始めた。
否!
違う!
許されぬ!
それを聞きつつ、サシェルは続けた。
「いかにもそうであろう。市民諸君、ここは公爵閣下に、じきにやむであろう雪のことはすっぱりと忘れ、何よりの重大事である諸君の生命を守るために、この過酷にすぎる措置を緩めてもらうよう願おうではないか! 世に、手もなければ足もなく、武器を取りて立つこともできぬ、傷つきし老いた人間であろうとも、祈ることだけは変わりなくできるという。市民諸君、祈ろうではないか。この無慈悲な世の中を、さらに無慈悲にさせぬように」
ヴェルク三世は、サシェルの熱弁をほくそ笑みながら聞いていた。民から搾り取ることに関しては右に出るものがいないような吝嗇漢が、よくもいったものだ。しかし、ここまでしゃべるとは予想外だった。やはり危険人物だ。殺しておくにしくはない。
そのとき。エリカがしなやかな動きでサシェルを押しのけ、バルコニーへ向かった。
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よ~~~し。
ここからがショーの始まりですね!?
ヴェルクの書いた筋書き通りになるのかしら?
ここいらでヴェルクにもキツ~~~イおしおきをしてほしい気もしますが、そんなお楽しみはもっと後かしら?
骸骨がだんだん滑稽なピエロに思えてきました。アーメン。
ここからがショーの始まりですね!?
ヴェルクの書いた筋書き通りになるのかしら?
ここいらでヴェルクにもキツ~~~イおしおきをしてほしい気もしますが、そんなお楽しみはもっと後かしら?
骸骨がだんだん滑稽なピエロに思えてきました。アーメン。
Re: ぴゆうさん
次回から、エリカちゃんの独演会をお楽しみください。ヴェルク三世の解説付きです(こればっか(^^;))
演説シーンは書いていると高揚しますなあ。しすぎて筆が滑ってしまったかもしれません。
演説シーンは書いていると高揚しますなあ。しすぎて筆が滑ってしまったかもしれません。
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Re: 秋沙さん
あと半分で、伏線全部消化しきれるか、非常に不安……。