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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 5-8

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    第五章 ユニオン・ジャッカー(承前)


     結局、今日は患者は誰一人来なかった。こういうときに来られても困るのだが、いないと淋しいのも事実である。
     終業時刻を過ぎるや、カップめんの丼(体力をつけるために大盛りにした)を片付けるのも早々、ビートルに飛び乗り、一路、是蔵忠道の家を目指した。カーナビがないので、地図とにらめっこしながらの運転だった。
     是蔵忠道が、「すぐわかる」といっていたとおり、かなり目立つところに建っているでかい屋敷が是蔵邸だった。思わず自分のフロ・トイレ共同の安アパートと比較してしまう。くそ、こんなでかい家に住んでいるのなら、「せらえの」でおごってもらうのだった、とつぶやきながら、ビートルを降り、門のインターホンのボタンを押した。
    『はい……?』
    「桐野です」
    『ああ、よく来てくださいました』
    「車はどこに停めたらいいですか?」
    『これから車庫を開けますので、空いてるスペースに停めておいてください』
     車に戻り、ロシア貴族の豪奢な生活を横目で見ているボルシェビキの気持ちを痛いほど噛み締めながら、門の隣のシャッターが開いていくのを見守った。
     ビートルを車庫に入れ、玄関にたどりつくと、わたしはドアノッカーを鳴らした。すぐに扉は開き、わたしは暖かい空気に包まれた。蘇生する感じである。
     わたしを迎えたのはほろ酔い機嫌の是蔵忠道だった。部屋に通される。
     ストーブが燃えている部屋に、こちらもほろ酔い気分の速水夫妻と、車椅子を降りてソファーベッドに腰を下ろしていた鈴音がいた。速水鈴音は銀色のペンダントを指でいじっている。まさか高校生に飲ませたわけではないだろうな。三分の一ほど残った百パーセントオレンジジュースのビンを疑わしそうに眺めつつ、初対面の速水婦人とあいさつを交わす。
    「ま、ま、かけつけ一杯」
     と、是蔵忠道はわたしにマグカップを手渡そうとした。驚いて断る。
    「なにをいってるんですか。これから運転しなくちゃいけないのに」
    「落ち着いてください。ブイヨンです。スープですよ」
    「えっ?」
     よく見ると、マグカップで湯気をあげているのは透明なスープ以外の何物でもなかった。
     ありがたくいただく。
    「でも、なんでブイヨンなんです」
     是蔵忠道は頭をかいて答えた。
    「ブルショットやってまして」
     くそ。共産主義革命でも起こしてやろうか。
     複雑な表情で熱いブイヨンを飲んでいると、速水夫妻はトイレに立った。
     わたしは声を潜めて速水鈴音にささやいた。
    「佐竹一の写真は、結局用意できませんでした。しかし、やつの夢には一度入ったから、もう一度入ることもできるでしょう。そうしたら、鈴音さんは、わたしの夢に入ってください。うまく行けば、二人とも佐竹一の夢の中へ入れます」
    「わかりました。夢の話は是蔵先生から聞いています。あたしになにができるかはわかりませんが……」
    「あなたはわたしよりも夢の中での知識が豊富だ。助けてください。お願いします」
     速水夫妻がトイレから戻ってきた。
     わたしは飲み干したマグカップの持って行き先を探した。
    「流しはどこですか……?」
    「テーブルの上に置いといてください。後で片付けますから」
     是蔵忠道はそういうと手を叩いた。
    「じゃ、そろそろ行くとしましょう。桐野さん、鈴音さんを車椅子に乗せるのに手を貸してください」
     大学で教わったことを思い出しながら、是蔵忠道に手を貸して速水鈴音を車椅子に乗せた。
     わたしたちはぞろぞろと家を出た。

     日ごろ乗っているのがビートルみたいな車だと、いきなりでかい車を動かすのは少々度胸が要る。自分を入れて五人も乗ってりゃなおさらだ。わたしはひやひやしながらハンドルを手に取った。
    「安全運転で行きますよ」
    「当たり前です」
     助手席に座った是蔵忠道が、あきれ顔でいった。
     車にはカーナビがついていた。自分が今、どこを走っているかが手に取るようにわかる。やはり便利だ。
    「このカーナビ、いくらしました?」
     わたしの問いに、是蔵忠道は数字を挙げて簡潔に答えた。こちらも簡潔に悟った。財布にそんな余裕はない。ビートルにカーナビは似合わないさ、と小声でつぶやいた。まるでイソップ寓話の「きつねとブドウ」である。
     大通りに出た。
    「なにか音楽がほしいですね」
     是蔵忠道がスイッチのひとつを入れると、杏里の『コットン気分』が流れて来た。八十年代に流行った歌だ。
     わたしは是蔵忠道をちらっと見た。
    「こういう趣味だったんですか」
    「違います。これはCDじゃなくてラジオです。FM局が特番でも組んでいるんでしょう」
    「杏里の?」
    「知りません」
     わたしはミラーに目をやった。速水鈴音が会話に乗ってくる様子はない。くだらない話をして気分をリラックスさせようという目論見は空振りだったらしい。
    「速水さんは映画なんかご覧になりますか?」
     わたしは後部座席でぼんやりとしている速水夫妻に声をかけた。
    「え、ああ、わたしは、黒澤明が好きです」
    「ほう、黒澤!」
     是蔵忠道が反応した。
    「わたしは『椿三十郎』が好きでして。あのユーモア感覚は、まことに素晴らしい。最後の決闘シーンばかりが名高いですがね」
     是蔵という男はそういうやつかもしれないな、と思いながら話を聞いた。
    「速水さんは、黒澤のなにを?」
    「意外かもしれませんがね」
    「?」
    「『夢十夜』」
     妙な沈黙が流れた。
     先に気を取り直したのは、是蔵忠道のほうだった。
    「それはまた渋い趣味ですな。後期の黒澤明のもつ一種のカルト性というものは、わたしは実は『姿三四郎』に代表されるその最初期から萌芽を見せていたのではないかと思っておりまして……」
     是蔵忠道はとうとうと熱弁をふるったが、わたしは自分の動悸を強く意識した。
     速水夫妻はどこまで気付いているんだ……?

     イルミネーションはなかなかのものだった。車の渋滞もなかなかのものだった。
     展開は是蔵忠道の作戦通りだった。この男とチェスはやりたくない。
     速水夫人は携帯を持ち上げ、シャッターをばしばし切りまくっていた。
    「すばらしいわね、あなた。今度は三人で来ましょうよ」
    「そうだな……」
     速水昇が、大きくあくびをした。
     このまま二人とも眠ってくれないかな、と思いながら渋滞を抜けた。
     ダッシュボードの時計を見た。十一時三十分。いいころあいだ。
     大通りに出る道へ近道するふりをして、佐竹一の眠る選挙事務所への道を急いだ。
     速水鈴音は、頭を窓にもたせかけて目をつぶっている。頭のいい娘だ。はじめから眠ったふりをしているのである。
     昨日来たあの選挙事務所の前に着いた。わたしは車を路肩に停め、振り向いた。
    「すみません、ゆうべ働きづめだったもので、ひどく眠くなってきました。失礼ですが、しばらく仮眠を取らせてください。暖房のため、エンジンはかけておきますから」
     速水夫妻が口を開く前に、是蔵忠道が絶妙のタイミングでわたしの言葉を受けた。
    「どうぞ。事故なんかに巻き込まれたら困りますからね。一時間くらいしたら起こしてあげますよ」
     一時間。わたしはそれを心に刻み込んだ。
     頭に正六角形のイメージを思い浮かべる。色を変えながら六十度ずつ回転させていく。回転のスピードをどんどん上げる。
     回転速度と色の変化が頂点に達したとき……。
     わたしは佐竹一の夢にもう一度入った。
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    ~ Comment ~

    Re: 有村司さん

    単にわたしが哲学好きなだけです(^^)

    皮肉めいたことをいわせるには哲学者を引用するのがいちばんなので(笑)

    夢の中ではさらに……?(^^)

    桐野先生は元お医者様だけど、哲学の素養もあるのかな?などと思いながら拝読していました^^

    要所要所に哲学のかほりが…。

    一見和やかな歓談風景ですがさて夢の中は…!?
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