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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 5-9

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    第五章 ユニオン・ジャッカー(承前)


     今度は工場町の光景ではなかった。
     和室の一室だった。
     どういうところなのかは部屋の中を見れば一目瞭然だった。
     大き目のお膳の上に、山海の珍味が山と盛られている。使われている食器類、部屋にある調度品も、ひとつひとつがそうとうに手間ひまと金がかかっていると思われた。
     貧乏医者のわたしに、入った経験などこれまでに一度もあるはずがないが、これが噂の、高級料亭というやつに相違あるまい。
     こういうことをするやつは一人しかいない。
     そいつは悠然とお猪口を口に運んでいた。足元には犬をはべらせている。
     金髪のやせこけた男。イヤミな片眼鏡。
    「クリス……」
    「ふたたびいらっしゃると思ってましたよ、ドクター。そちらのお嬢さんは初めてですな」
     お嬢さん?
     わたしは横を見た。真紅のボディスーツに身を包んだ妖艶な女がいた。
     速水鈴音は無事に夢に入れたようだ。
    「紹介していただけますか、ドクター」
    「貴様のような下司に名乗る名前はないとさ」
    「これは手厳しい」
     クリスは苦笑いした。速水鈴音がわたしに聞いた。
    「こいつがクリス?」
    「そうだ」
    「いかさないおじさんね」
    「俗物志向もいいところだ」
    「わたしの趣味を云々するのはやめていただきましょうか。さて、駆けつけ一杯というやつで、どうぞご一献」
     クリスは銚子を取り上げた。わたしは手で遮った。
    「いらん」
    「そんなつれないことをおっしゃらずに。このカラスミはまさに芸術品ですよ」
     クリスの言葉に耳を傾けてはいけない。速水鈴音にいう。
    「出されたものを飲んだり食ったりするな。毒が入っている可能性がある。親にでも平気で薬を盛りかねん男だからな」
    「ドクター、この料理はサタケ氏の記憶をそのまま読み出したものですよ。毒なんか入っているわけがないでしょう」
    「政治に関する話し合いの席で出されたような食事をそのまま口にするようなバカがどこにいる。それに、ナイトメア・ハンターだったら、自分が食べるものくらい、自分で物象化させるものだ」
     クリスは不本意そうな顔をした。
    「本当のナイトメア・ハンターだったら、毒なんか盛っても精神力で無毒化するでしょうが……まあいいです。今日は、話し合いをしたいと思いまして。こうして顔を突き合わせて、われわれの大義をご説明させていただく機会を持てればとはつらつら考えておりましたが」
    「悪魔の弁明というやつか」
    「その思い込み自体が、ちょっとアンフェアではありませんか?」
    「よく回る口だが、その口を永遠にふさいでやる」
     わたしは散弾銃を物象化させようとした。
     速水鈴音がわたしの腕を引っ張った。
    「聞くだけ聞いてもいいんじゃない? 桐野さん」
    「こんなやつの言を? 耳が腐るだけだ」
    「敵を知り己を知りて戦えば、百戦して危うからず、と孫子もいってるわ。無知は力じゃないわよ」
     わたしは不承不承、精神集中を解いた。
    「後悔するだけだと思うんだが……」
    「弁明の機会を与えてくれたことに感謝しますよ、お嬢さん」
     クリスは姿勢を正した。
    「われわれはユニオンに属していました」
    「ユニオン……」
    「彼らについてはすでにご存知でしょう」
    「知ってるわ」
    「われわれは、彼らに叛旗をひるがえしたのです。いつかは、『金と銀の瞳の男』を倒して、ナイトメア・ハンターたちに昔日の自由と栄光を取り戻すために」
    「叛旗?」
     わたしはちょっと考え、頭の中でリレーがつながった。
    「ユニオンをジャックする、それでユニオン・ジャッカーか。別にイギリス人というわけでもなかったようだな」
    「わたしの素性については、隠させておいてください。ユニオンが狙っているのでね」
    「続けて」
    「われわれがやつらに対抗するために取った方法、それは、人類にとってもプラスになることでした。一口でいうと、『全人類のナイトメア・ハンター化』です」
    「全人類のナイトメア・ハンター化?」
     わたしは開いた口がふさがらなかった。
    「そんなことが原理的に可能なのか?」
    「原理的には可能です。思い出してください、黎明期のナイトメア・ハンターたちはどうやって生まれてきたかを。そう、彼らは、『訓練』によって生まれてきたのです。しかし、あの、『アントライオン』の夜より、『訓練』の方法は闇に包まれ、新しいナイトメア・ハンターは隔世遺伝などによってしか生まれなくなってしまった」
     ちらりと速水鈴音を見る。
    「このお嬢さんも、おそらくはそういったことにより生まれた、新参者ではないのですか?」
    「答える必要はない」
    「そう肩肘ばかり張ることもないでしょう。ナイトメア・ハンターで、そういう新参者でない人はドードー鳥よりも珍しい存在になってしまったんですから」
     さらに一杯飲む。
    「そんなご崇高な理想を持っているおかたが、なんのために人間の魂なんかを持っていたんだ」
    「カミサト嬢のことですな」
    「……桐野さんがいっていた、あの作られた精神生命体のことね」
    「そうだ」
    「勘違いなさらないでください。魂を捕えて、彼女のベースとなる存在を作り出したのは、ユニオンです。われわれじゃない」
    「責任転嫁できる相手がいるって便利だな。だが、貴様らが人間の魂をもてあそんで、いらなくなると潰したのは事実だ」
    「彼女は不幸なことをしました。よくできた作品だったのですが。ま、わたしとしてもひとこといわせていただければ、われわれは、ユニオンの手から魂を解放し、よこしまな目的のために使われることを回避したのですよ」
    「ユニオンはどうやって魂を集めたの?」
    「……っと」
     クリスは不意打ちを喰らったようにいいよどんだ。
     その日のわたしは冴えていた。頭に瞬間的にひらめいたものがあった。
    「カメラだ!」
    「カメラ?」
    「マイクル・ゴドフリーのカメラだ。あれを利用すれば、簡単に魂を集められる。マイクル・ゴドフリーもまさか自分の執念が、こんな形で悪用されるとは思わなかっただろうが」
    「……」
    「それが質屋に流れた。売った女はなんとかユニオンと名乗っていた……」
     ジグゾーパズルのピースがぴたりぴたりとはまりつつあった。
    「賭けてもいい。質屋に流して、撒き餌のように魂を集めようとしていたのは貴様らだな。自分たちの手で、カメラを使ってひとつひとつ魂を集めていたら、やがては怪しまれて足が着くもとだが、コレクターの手にカメラを流し、転々とさせ、程よいところで回収したら、流れるのはカメラに関する怪しげな呪いの噂、都市伝説だけだ。そんなもの、誰も信じやしない。うまいことを考えたものだ」
    「……頭は悪くないようですが、それは買いかぶりというものです」
     クリスはしかめつらをした。
    「カメラは、袂をわかつ際にユニオンから奪った後、研究対象として保管しておくつもりでした。だが、われわれが、身分を隠して提携している会社の社員のひとりが金に困った。そいつは、自分の女友達を通じて質屋にカメラを流したんですな。わずかの小遣いのために、われわれの苦労が水の泡ですよ」
    「どこまで本当だか」
    「いえね、わたしは確信してるんです。その、質屋に流した女友達というのは、ユニオンの関係者じゃないかとね」
    「ふん」
     こんな野郎のいうことが信用できるか。
    「で、どうやって全人類をナイトメア・ハンター化するわけ?」
    「教育によってですよ、お嬢さん。人間を訓練するノウハウは、ほとんどがユニオンの手に握られていますが、その一部はわれわれも持っています。今は、素質があるものに、不完全ですがナイトメア・ハンターの能力を……」
     不完全なナイトメア・ハンター?
     どこかで聞いたことがあるような気がした。
     あっ!
     わたしは叫んでいた。
    「貴様らか! 貴様らが、静川郁夫にあんなくそったれな能力を!」
    「静川郁夫?」
    「連続して若い女性を狂わせていた、卑怯者のサディストだ。わたしが狂わせて、今は病院にいる」
     わたしはなにかに憑かれたかのようにしゃべりだした。
    「クリス、貴様ら、ユニオン・ジャッカーの目指す世界は、ユニオンのそれと同等、いやそれ以下の暗黒の世界だ。貴様らは、犯罪的傾向をもつ人間に優先的にナイトメア・ハンターの能力を与え、その中で選抜した人間を忠実な自分の部下に仕立て上げた。そいつらには、求めるエサを満足に与えられる状況さえ作っておけば、よこしまな目的のためにコントロールすることは簡単だからだ。今になってわたしは確信したが、佐竹一を通して川畑敏則から金を受け取ったのは貴様らだ。貴様らはそうして得た配下を使い、夢の世界で行動させることにより都議選で川畑派を勝利へと導いた。違うか!」
     クリスは仏頂面になっていた。
    「なるほど、医学部を出ただけあって大した頭の切れですな。しかしそれもこれも大義のために」
    「なにが大義だ。貴様らの最終目標は、全人類をナイトメア・ハンター化するといえば聞こえはいいが、要は夢と現実との境を取り外し、一部の夢世界のエリートにより人類を支配することだろう。ファシストの野望と、いったいどこが違うのか教えてもらいたいもんだね」
     クリスの形相は一変していた。
    「ドクター、あなたを過小評価していたことを認めねばなりません」
     ゆらり、と立ち上がる。はべっていた犬を抱きかかえているところなどは、紳士らしいといえばらしいのだが、こんな性根の腐ったやつに紳士などという言葉はもったいない。
     わたしの横で速水鈴音が拳銃を物象化させた。
    「交渉は決裂ということでよろしいですか?」
    「決裂だ」
    「いいでしょう」
     クリスはぱちん、と指を鳴らした。
     ふっ……と、部屋が消えた。
     気がつくと、わたしたちは平原で、昨日見た機械の化け物に取り囲まれていた。
    「どうします? わたしに向かって引き金を引きますか? すると、次の瞬間、あなたがたはこいつらによって……ZAP! ですよ。わたしもただのやせっぽちではないので、一発で片付けられるなどとは考えないでほしい」
     わたしの額を汗が伝った。
    「そうなりたくなければ誓うんですな。われわれの大義のために共に戦うと。わたしは慈悲深い人間ですから、それすらも嫌だという場合には別のことも許しましょう。つまり、佐竹氏の夢から即座に出て、われわれとは二度と関わらないようにすることを。それくらいなら、できるでしょう?」
     わたしは絶望的な気持ちで周囲を見た。なにか……なにか……。
     目が、一点に留まった。
     ぱっと、全てが見えた。
    「犬だ! 犬だよ!」
     思わず、叫んでいた。
     バカなことをしたものだった。
     わたしがなにかするより早く、速水鈴音の拳銃が火を噴いていた。
     クリスの抱えていた犬の頭が、はじけた。
     わたしは悲鳴を上げた。
    「誰が撃てといったんだ!」
     ぐずぐずしている暇はない。速水鈴音の腕をひっつかみ、夢から出るように強く念じた。
     薄れていく景色の中で、わたしはクリスの手の中から、かつて犬だったものが、闇となって広がっていくのを、怪物たちが膨れ上がって暴走していくのを、わたしたちと同じように佐竹一の夢から逃げ去って行くクリスの姿を、ぼんやりとだが確かに見た……。

     しばらく後に、速水鈴音から、いったい自分はあのときどうするべきだったと考えていたのか訊かれた。わたしは答えた。あの怪物たちは、佐竹一の、機械に対する抑えきれない悲しみや憎しみが具象化したものだろう。そして、あの犬は、佐竹一が救おうとして救えなかったどころか、母親の仕事まで奪う結果になってしまったものだ。あのときわたしがしようとしていたことは、犬をクリスから取り上げ、怪物たちに投げてくれてやり、佐竹一の心を満足させてやることだった。
     今となってはそれが正解だったのかどうかすらわからない。
     ひとこと付け加えておけば、佐竹一はあの日から、謎の発狂をしたそうだ。

     わたしは汗びっしょりになって目を覚ました。
     速水鈴音を振り返る。一瞬その目が開き、わたしと視線が絡み合った。だが、すぐに目は閉ざされてしまった。本当に頭のいい娘である。
    「桐野先生……娘は大丈夫でしたか?」
     速水昇が重苦しい声でいった。
    「大丈夫か……とは?」
    「桐野先生、あなたがこの深夜の遠出を考えられたんでしょう? わたしの夢魔が、鈴音に取り憑いていないかどうかを確かめるために。普通に家に来て鈴音の夢に入っては、わたしたちに心配をかける。そのため、鈴音が疲れて眠ったときに、自然にそばにいるため、こうしたお膳立てをなされた。教えてください。鈴音には夢魔が憑いていたんですか?」
     わたしは心を決めた。
    「……いえ。今回のこれは、ただのイルミネーション見物ですよ」
     嘘をつくとわたしは顔に出る。だが、顔色を見るだけではどんな嘘かまで判別する術はないはずだ。
     本当のことをいえる神経など、もちろんわたしにあるはずもなかった。
     わたしは車を運転して帰途についた。
     敗北感と徒労感だけが、わたしの心に澱のように積もっていた。

    第五章 了
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    ほんとは連作短編にして最後の章でまとめる、なんてことを考えていたんですが、ちょっとわたしには無理でした。とほほ。

    反省点だらけだけどかわいいんですよね長編って(^_^)

    NoTitle

    四章、五章を一気読みさせていただきました。

    涼音ちゃんカワイイです(*^。^*)
    たくさんの設定が出て来て、世界が一気に広がった感じでした。

    原作ゲームの後付け設定がいろいろ出て大変だったとのことですが、それをキチンと作品に反映させるのがスゴイと思います。
    自分だったら、「続編とは別世界です」にしてしまいそう;;

    いろいろなエピソードが一本につながって、燃える展開でした。
    続きを楽しみに、またお邪魔いたします。



    Re: 有村司さん

    つながったけれどもまだ終わったわけではありませんからね(^^)

    桐野くんの死闘はここからが本番です。いや、死闘というより「災厄」ですな(^^;)

    わああ!!

    全部繋がっていたなんて…!!
    構成力に脱帽!!
    一気呵成のストーリー展開にびっくりです。
    桐野先生頭いい~!!

    Re: lime さん

    ここから最終章にかけては、「なにも考えずに書いたストーリー」を、どうつなげて収拾させるかを七転八倒しながら考えて書きました。
    島本和彦先生の名作マンガ、「燃えよペン」にしたがっていえば「そこにいたのはストーリーテラーではなかった。パズラーがひとりいるだけだった!」という状況です(^^)

    話がうまく収束していたらごかっさい(^^)

    NoTitle

    それぞれのエピソードや登場人物は、つながっていたんですね。
    構成力はさすがです。

    クリスとの決着はつくんでしょうか。
    読み進めて行きたいと思います。

    >佐槻勇斗さん

    ピースのつながりをお褒めいただいて恐縮です(^^)
    けっこう考えたもので……。
    ぜひとも残りの六章とエピローグもお楽しみください。まだまだ話は終わったわけではありませんので……。

    一章からのもろもろがここで一気に繋がりましたね!
    おおなるほど~と思わず拍手です(^ω^)

    すべてはクリス(たち)による仕業だったのですね。
    全人類のナイトメア・ハンター化かぁ。もしそんなことが起こったら大変と言えば大変ですけれど、それはそれで楽しそうでもありますよね笑

    桐野先生がこれからクリスとどう対峙していくのか楽しみです。

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