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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 6-2

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    第六章 燃えろ……(承前)


     救急病院で、わたしは即座に全身麻酔を打たれ、集中治療室に運び入れられた。
     後から担当医に訊いて、自分でも確認したところによると、右上腕部、左大腿部、肋骨数本が骨折。頭蓋骨に骨折とまではいかないが中程度の損傷。内蔵はいくつかがかなりのダメージを受け、全身が打撲傷だらけ。もうちょっと身体が弱ければショック死していてもおかしくない負傷だったそうだ。しかし、それ以上に深刻だったのは。
    「肺炎?」
    「ひどいものだったとさ。抗生物質がない時代だったら確実に死んでいたそうだ」
    「沼地に潜んでいたのはワニじゃなくて北極熊だったのか」
     身体中をギプスと包帯で固められ、左腕からは点滴のチューブが伸びている状態でベッドにいたわたしを見下ろしながら、坂元開次は見舞いのブドウをうまそうに食べていた。やつが持ってきたのではない。季節はずれのブドウを持ってこられるような余裕があるのは是蔵忠道みたいな男くらいである。先日、わたしが寝ているうちに置いて行ったのだ。
    「助けてくれてすまなかった」
     ブドウの種を皿に吐き出して、坂元開次は鷹揚に手を振った。
    「礼をいう相手はおれじゃない。大野龍臣にいってくれ」
     思わず咳き込んだ。
    「知っているのか?」
    「知り合い、というわけじゃない。おれも名前しか知らねえよ。あのときは、余目というやつから急に電話がかかってきてな。お前をめぐっての話がついたから、奥多摩の、聞いたこともないような山奥にある資材置き場へ行ってくれ、と」
    「それで」
    「桐野になにがあった、話がついたってなんだ、それになぜおれなんだ、と聞き返した。当然だわな。それに対してやつはまともに答えず、ただ、お前の命に関わる問題だ、ということと、引き受けてくれたら大野龍臣先生からかなりの報酬を払う、ということと、おれが政治的に中立だから選んだ、ということを繰り返すだけだった。怪しげだったが、おれは行くことに決めた。塾に欠勤の電話を入れ、ミラで悪路を走り、たどりついたら、死にかけのお前がいたという寸法だ」
    「わたしは救急車じゃなくてミラで運ばれたのか。聞いて驚く意外な事実だ」
    「助かったんだから文句いうな。で、お前が人事不省だった数週間の間に、銀行口座を調べてみたら、本当に、バイト半年分プラスアルファの額が振り込まれていたんだ」
    「大野龍臣か」
    「ほかに考えようがねえ。お前だってそうだろう。こんな立派な病院、まさか自分の稼ぎで入っているわけじゃあるめえ。大野龍臣の金だ。違うか?」
     そのとおりだ。
     二人ともしばし、黙った。
    「わざと知らないようにしていたんだが……」
     わたしはそう切り出した。坂元はブドウを口に放り込み、なに、という感じでこちらを見た。
    「大野龍臣という人間は、いったい何者なんだ?」
    「なんだ、知らなかったのか」
     口をもぐもぐさせながらそういうと、種を皿に吐き出す。
    「投資家だ。むしろ、もとは投機屋といったほうがいいだろう。金儲けと情報収集に天賦の才を持った男だな」
    「金儲けと情報収集?」
    「戦後日本において、いやこれはどこの世界でも同じだが、情報あるところに金は集まる。逆もまた然りだ。その道理はわかるな? あの男は戦後間もなくの焼け跡に、どこからともなくふらりと現れた。もとは青森の貧農の五男とも六男とも、特攻上がりともいわれているが、詳しいことはまったくわからない。なにせ混乱状態で一般庶民の経歴などたどりようもなくなってるもんでな。一介の闇屋としてスタートしたあの男が最初に経済界の番付の幕下付け出しあたりに躍り出たのは、シャウプ税制のあおりによる株の大暴落時に、大々的に空売りを成功させ、莫大な利益を手にしたときだ。その元手は進駐軍の物資の大量の横流しを成功させて稼いだといわれているが、伝説の域を出ない」
    「そのころから生きているのか。化け物みたいな爺さんだな」
    「お前、会ったのか」
    「話せば長くなる」
    「元気になってからゆっくりと聞かせてもらうぜ。なにせ最近では表にほとんど出てこない爺さんだからな。続けるぞ。その後は、その莫大な財産をフル活用させて、実に効率的な投資を行い、投資家としての地位を不動のものとした。表向きには投資コンサルタント会社を作っていたが、その実際の活動はよくわからない。コンサルタント活動より、自分で投機で儲けた金のほうが遥かに多かった、らしい。むしろ、やつは政界に食い込んだ。有望そうな新人議員のグループを主宰して、いや本人は陰に回っているがな、その便利な財布および卓越したアドバイザーとなって、法外ともいえる利益を得た、という噂だ。あくまでも噂だぞ。噂続きになるが、そのとき親密な関係になった議員は……」
     坂元開次はずらずらと十数人の名前を挙げた。閣僚に常連として名を連ねる高名なお歴々ばかりで、その中には総理大臣経験者も数名含まれていた。
    「どこまで本当なんだ?」
    「おれが知るかよ。裏の意味で、ナポレオンばりにシャトーブリアンのいうところの栄光の霧が多いやつだからな。人間、ここまで金を儲けると、後は金が金を産んでいくという、たいへんうらやましい境地に達する。あの男もそうだ。今では資産総額がいくらになるのか、本人でさえよくはわかっていないんじゃないのか」
    「家族は?」
    「わからん。内縁の妻に子供を産ませたらしい、という話もあるが、信憑性には乏しい。それが本当なら孫ができていてもおかしくねえが、あんな怪物が孫を抱いている姿など想像できるか?」
     わたしにはできた。『登志子のために』か。
    「名前だけしか知らない割りにはよく知っているじゃないか」
    「後から調べてみたんだ。使い走りをしただけでバイト代半年分もくれる男はどんなやつかと思ってな」
     坂元開次はブドウの最後の一粒をねじ取った。口に入れる。
    「うまいか」
    「病人に食わすにはもったいない。食わずに腐らせるのはさらにもったいない。せめて愚僧の糞となれ。喝」
    「禅の講話じゃないんだから。それにあれは魚だろう」
    「知ってたのか。お前医学部でなにを勉強していたんだ」
    「一般教養も取ったし本も読んだ」
    「お前さん、根は精神科医だったな。そこらへんでもっと芸達者になれば、診療所に閑古鳥が鳴くこともなくなるんだ。ところで、さっきからおれが答えてばかりだな。質問もさせてくれ」
     腹に力を込めた。
    「なんだ」
    「いったいあの資材置き場でなにがあったんだ」
    「二人組の男にいきなり拉致されて、殴られた」
     わたしは経験を手短に語った。
    「質問から考えて、あの二人は川畑議員の手のものだろう」
    「短絡的すぎるんじゃねえのか。大野龍臣がお前に更なる忠誠を誓わせるために、自作自演でこれをでっち上げたのかもしれん」
    「わたしには政治的センスはないが、その線は薄いと思う。第一に、まずわたしは大野龍臣の意に叛くようなことはしていない。第二に、わたしを罰したければ、別段あんなことをしなくても、わたしの診療所への援助を打ち切ればいい。第三に、とことんまでわたしを利用しようと思ったのなら、あれはやりすぎだ。今のところ、目立った後遺症が見られないのは奇跡だと担当医はいっていたし、自分で自分を診察した結果も同意見だ」
     しゃべって喉が渇いた。わたしは視線をサイドテーブルに向けた。
    「吸飲みを取ってくれないか。ひと口、水をくれ。……すまん。というわけで、大野龍臣を疑う理由はないだろう」
    「それもそうだな。で、お前が佐竹一を狂わせたことを川畑議員はどうして知ったんだ」
    「たぶん、クリスが告げたんだろうな。そうでなくとも、二晩続けてあれほど堂々と車を停めたんだ。わたしの姿を見ていても不思議はない。車のナンバーと形式さえ覚えておけば、いくらでも探す手段はある。政治に関わっているようなやつらだ、そのくらいのことはやってくるだろう」
    「ふむ」
     坂元開次は腕を組んだ。
    「そこで、お前が危険人物として拉致され、処刑されようとしたわけか」
    「だいたいそんなところだろう。川畑議員はクリスとつながっている。である以上、夢に入れるもうひとりの男は不要どころか有害だろうからな。わたしが気にしているのはむしろ速水鈴音やその家族のほうだ。あの人たちに議員の手が伸びてきたら、わたしは死んでも死にきれん」
    「なにか手は?」
    「打てるわけがないだろう。今は、クリスや川畑議員が強引な態度を自重し続けることを期待するしかない」
    「罪なやつだなお前は」
    「その罪はリアルなものになる可能性があるんだ。坂元、わたしは自分を過信していた。拷問くらい、耐えられるような精神力を持っていると思っていた。幻想だ。殺してもいい、と判断したら最後、最初にひたすら徹底的に苦痛を与えて理性を鈍磨させれば、人間はいくらでもいうことを聞くロボットになってしまう。わたしは怖い。覚えていないんだ、質問に対してなんと答えたか。速水鈴音について、しゃべるべきではないことまでしゃべってしまったのではないのか。わたしは嘘をつくとそのまま顔に出る人間だからな」
    「……」
    「恐怖の源はもうひとつある。最初に水をぶっかけられて気がついたとき、わたしは妙にしゃべりたかった。なんでもいいからしゃべりたくて身体がむずむずした。思うに、なにか薬を打たれていたんじゃないか? おそらくはスコポラミン」
    「桐野」
     坂元開次はわたしのほうに身を乗り出した。
    「自分で考えるのはいい。自分の考えに捕らわれるな。お前はやれることをやったんだ。自分でそう思っていればいい」
    「しかし」
    「どうにもならねえものはどうにもならねえ」
     坂元開次は立ち上がった。
    「退院はいつごろだ?」
    「この骨が問題なくくっつくまで、ざっとひと月半ほど先というところだ」
    「日時が決まったら教えろ。また来る」
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    ~ Comment ~

    Re: 有村司さん

    ジグゾーパズルのピースは最後の第七章で全部きれいに収斂するはずです……たぶん(^^;)

    ここから先は一気呵成の怒涛の展開です……たぶん(^^;)

    いざという時の大野さん、そして余目。

    しかし物語のピースが頭の中で全く繋がらず、先が全く分かりません。

    このもやもやを抱えたまま年の瀬か…。

    >佐槻勇斗さん

    大野先生についてはまあそのごにょごにょ。

    桐野くんも悲惨な目にばかり遭っていますな。

    今後のシリーズでもさらに悲惨な目に遭うことになっているのですが(爆)。わたしは桐野くんに対してなにかサディスティックな欲望でもあるんだろうか(核爆)。

    うむむ。。
    だんだん混乱してまいりました(。。;)

    大野龍臣さんは一体なにがしたいのでしょうか??

    さすが終章、先がまったく読めません。

    とりあえず、今は桐野先生の骨がくっついてくださるのを願うばかりです。。
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