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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 6-3

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    第六章 燃えろ……(承前)


     その日が来るのは思ったより早かった。手術で、手足の折れた骨に支えとなる金属のボルトを入れてもらったので、わたしはどうにか松葉杖をつきつき歩いて病院を出ることができた。
     とうぶんは激しい運動やストレスを控えろという話だったが、この足で運動もくそもないという気がする。それに運動なら、院内のリハビリ施設でイヤというほどやった。がちがちに固まった全身の関節が、ちょっと動かそうとするたびに悲鳴を上げたものだ。こんな経験、小学校の体育の時間に柔軟体操で股割りをやらされたとき以来である。外科の研修では、ぐずぐずする患者に対しリハビリの必要性をしたり顔で講釈した覚えもあるが、タイムマシンがあったら過去に戻ってそんな自分をぶん殴ってやりたいところだ。
     もう春だった。三月末。桜の花がほころび、万物が活動を始める季節。あの真冬の資材置き場からは隔世の感がある。とはいえ、人の噂の中心に鎮座ましましているのは、六本木ヒルズの回転ドアで首を挟まれて死んだ六歳の男の子だったけれど。
     いい天気だった。風はまだちょっと冷たさを残しているが、陽ざしはなかなか暖かい。わたしはぽかぽかした気分を楽しみながら、バス停のほうへ向かおうとした。タクシーは高価いのだ。いかに大野龍臣が金持ちだろうと、節約できるところは節約せねば、悪いというものだ。「プロティスタンティズムの倫理と資本主義の精神」にもそう書いてあった……ように思うのだが。
     ぼんやりとそんなことを考えていると、クラクションが鳴った。
     振り返った。
     タクシー降り場にミラが停まっていた。その窓から、よく知った顔がのぞいていた。
    「乗ってけよ」
     坂元開次はそういって身体を伸ばし、扉を開けた。
     わたしはありがたくお言葉に甘えた。松葉杖を引っ張り込むと、車はゆっくりと走り出した。
    「待っていてくれたのか」
    「いや。今来たばかりだ。ちょっとこっちでいろいろとあってな。早く来られなかったんだ」
    「それでもタイミングはぴったりだったぞ」
    「そりゃそうだ。病室を後にしたかどうか、受付に電話で聞いたんだからな」
    「なんてことだ。プライバシーはどうしたんだ。いったいどんな話術を使ったんだ」
     坂元開次はにやりと笑った。
    「企業秘密だ」
     フォト・ジャーナリスト、なかなかやるものだ。
    「で」
     わたしは真顔に戻っていった。
    「わたしはなにをやったらいいのかな」
    「下心が見えていたみてえだな」
    「まるわかりだ。で、なにがしたい」
    「お前がきつい言葉をもらった大学教授に会わせてくれ」
    「記事にする気か」
     坂元開次は首を振った。
    「プライベートに仕事を持ち込むつもりはねえよ。ただ、単に知りたいだけさ」
    「なにがだ。話せることは全部話しているぞ」
    「お前から聞くのと、もう一人の男から聞くのとでは、信憑性がだいぶんに違う。もうひとりのナイトメア・ハンターの女の子もいっしょだとなおいい。えーと、『ディ……』?」
    「『ディゾルブ』」
    「そう、それそれ。それを見せてもらわずにはいられない気持ちになってな。お前が夢に入れるのは納得している、その女の子もまたその能力を持つというとこまでもいいとしよう。しかし、夢が現実に……」
    「干渉しているというのは信じられないというのか」
    「そのとおりだ」
     わたしは難しい顔になっていたかもしれない。
    「どうした」
    「わかった。交渉してみよう。わたしも、『ディゾルブ』については自分の目で見てみたいと思っていたところだ。夢と現実が交錯するというのがどんなものか、またそれはわたしにもできることなのか、ぜひとも知りたい」
    「決まりだな」
     坂元開次はそういうとミラの速度を上げた。

     コンビニで電話と電気とガスと水道の払い込みを済ませ、アパートに戻ってほっと一息ついた。
     しかし、いざ身の回りのことをしようと思っても、不自由な身体では、メシを作るどころか電話をかけることすら難しかった。健康な身体というものがいかに大事かと痛感させられる。
     それでも、とりあえず、二箇所には電話を掛けなければならなかった。大野龍臣のところも入れれば三箇所だが、あの男の連絡先など、教えてもらっているはずもない。
     まずは……。
    「もしもし」
    『はい。森村探偵事務所です』
    「桐野ですが」
    『桐野さん! 失礼しました。ただいま、北村に代わります』
     良心の呵責。
    『はい、代わりました。北村です』
    「桐野です。あの……佐竹氏の件ですが……」
    『知ってますよ。佐竹一は狂いました。今は富山の病院にいます』
    「申し訳ありません」
    『あなたがやったんですか?』
    「したくてしたわけじゃないんです。あの、金を渡していたのは」
    『その話はこちらでしましょう。ところで』
    「はあ」
    『大怪我をなされたんですって?』
    「ひどい目に遭いました」
    『見舞いにも行けずにすみません』
    「いえそんな」
    『つもる話もありますし、こちらへいらっしゃっていただくわけにはいきませんか?』
    「とうぶんはつらいです。松葉杖が外れるまではちょっと」
    『そうですか。報酬についてもお話をしなければならないと思っていたのですが』
     あんな無様なことをしでかした男に金を払おうというのか。
    「銀行口座に振り込んでおいてください。一銭五厘でももらいすぎですがね」
    『報酬という考えかたがお嫌なら、見舞金がわりとでも思っていてください。桐野さんは充分にお役に立ってくれました』
     そうなのか。と、いうことは!
    「あの男を……!」
    『そのお話をしたいのです。すでに依頼人には話してあるのですが、桐野さんにもと』
     行かざるを得まい。
    「明日いいですか?」
    『かまいませんよ』
    「それじゃ、なんとかして行きます。午前中にでも」
    『桐野さん?』
    「なんです?」
    『責任を感じておられるようですが、そこまでかしこまらなくていいですよ』
    「……はい」
     電話を切り、すかさず是蔵忠道に電話をかけた。大学は休みだし、電話をかけてもなんとかなるだろう。
    『……はい、是蔵です』
    「桐野です」
    『桐野さんですか! 退院なされたんですか?』
    「ええ。今日」
    『それはよかった。おめでとうございます。今日はなにを?』
    「明日かあさって、空いていますか?」
    『ええ。明日でよければ、なんとか都合を……』
    「頼みます。お願いできれば、鈴音さんもお呼びしていただけますか?」
    『速水さんを……ですか?』
    「ええ。それと、わたしの知人を連れて行くこともお許し願いたい。ショック死寸前まで殴られたわたしを、病院まで連れて行ってくれた男なのです。頼みを断りきれなかった」
    『わたしたちのことは?』
    「ある程度知っています」
     裏切り行為かもしれなかったが。
     三十秒ほどの沈黙。
    「あの……?」
    『それで? そのかたが見たいのは?』
     そこまでお見通しだったか。
    「超能力です。……ついでにいうなら、わたしも見たい」
    『なんというかたで、職業はなんです?』
    「坂元開次。戦争カメラマン。ゴドフリーのカメラの事件でわたしが助けた男ですよ」
    『ああ』
     間。
    『いいでしょう。わたしも会ってみたい』
    「ついでといってはなんですが、クリスに関する情報がわかったそうなので、会えたときにはお話できると思います」
    『わかりました。それでは、四時ころ、「せらえの」で』
     電話は切れた。
     後は坂元開次にかけるだけだ。
     わたしは受話器をフックに戻すと、番号のボタンを押し始めた。

     坂元開次は、今日は一日休みにした、といっていた。こんな具合では塾のほうから首を切られるのではないかと思えたが、ネイティブ顔負けの実践的な会話能力は、塾にとっても貴重な戦力なのだろう。
     わたしはお言葉に甘えることにし、恐縮しながらミラの助手席に座っていた。
    「しかし、よく似顔絵なんか描けたな」
    「わたしがやったわけじゃない。森村探偵事務所に雇われている、斯界のプロだ」
     『虎奇亜』の近くの路上で商売をしていた爺さんだとはとてもいえなかった。
    「ふむ」
    「クリスという男は何者なんだろうな」
    「おそらくは、わたしと同じ『レジェンド』だろうと思う」
     車はしばらく走った。
    「すまねえ」
    「なにがだ」
    「二人に会いたいといったことだ。神に誓って違うが、おれが川畑議員側に寝返り、二人の情報を得ようと思われても仕方がない行為だった」
    「そのことか」
     わたしは進行方向に目をやった。
    「考えたんだが、お前を使わなくても、川畑議員があの二人にたどり着くことは、三ヶ月もの期間があれば簡単だったはずだ、という結論に達したんだ。わたしの電話の通話記録さえ手に入れば、あっという間にあぶりだすことができただろう。それでいて相手がなにもしていないということは、大野龍臣となんらかの話がついているとみて間違いないだろうな」
    「だったらよかった」
     坂元開次は車を停めた。赤信号だった。停まっている間、なんとなく言葉がとぎれた。
     信号が青に変わり、坂元開次はアクセルを踏んだ。
     わたしは口を開いた。
    「むしろ怖いのはクリスのほうだ。上が手打ちをしたとすれば、孤立したやつがなにをしでかすかわからない。やつの言葉を信じるなら、『ユニオン』に叛旗をひるがえす組織を率いていたそうだからな」
    「そう、それだ、『ユニオン』。そいつは本当に実在するのか?」
    「見たわけじゃない。しかし、クリスとあの二人に、示し合わせてウソをつく理由も見当たらない」
    「そうだな。あの店員の証言もあるし。ただ、おれには、お前たちが幽霊みたいな存在を意識したりおびえているんじゃないかと思えてならなかっただけだ」
    「そうだったらいいんだが」
    「……陰謀論というやつはどうも信用できねえ。っと、ここで曲がるのか?」
    「そうだ。ここが森村探偵事務所だ」
     坂元開次は車を駐車場の一角に停めた。わたしは扉を開け、松葉杖を外へ突き出し、運転席を振り返って訊ねた。
    「どうする?」
     坂元開次はハンドルにもたれてこっちを見た。
    「おれが行ってなんになるってんだ」
    「なんにもならんな。すまん。後でたっぷり話してやる」
    「知的好奇心が満足するようにしてくれよ」
    「努力する」
     わたしはよいこらしょと車を降りた。
     風が強い日だった。思わずわたしはよろけそうになった。
     駐車場から事務所の建物に入るまでの距離は、かなり長く感じられた。普通に歩けば十秒の距離だ。それがここまで長く重く感じられるということは、わたしが足を怪我しているからだけではないだろう。自分の罪がのしかかっているせいも多大にあるに違いない。
     受付で北村を呼んでもらった。ソファーでは高居がいびきをかいて眠っている。徹底的に夜型な男らしい。
     わたしは一室に通された。
     ソファに腰を下ろし、松葉杖を横に立てかけた。
     判決を待つ被告のような一人の時間がすぎた。
     扉が開いた。
     北村が入ってきた。
    「北村さん……」
    「かしこまらないでください、桐野さん」
     北村は向かいのソファに腰を下ろした。
    「ある意味、わたしたちはあなたに感謝しているのですから」
    「感謝……?」
     わたしは首をひねった。
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    ~ Comment ~

    Re: 有村司さん

    それがなぜ口を開くと漫才みたいな会話になってしまうかといえば、桐野くんは本質的にまじめな人ですから、からかうと面白い、という……(作者ながらひどいやつ。わたしはSか(笑))

    基本的に桐野くんがらみの話はどれも深刻でシリアスですのでご安心を(何に?(^^;))。

    うぬぬぬぬ…。

    桐野さんの周囲が桐野さんが思っているより好意的に見ているのは判りますが…桐野さんの自責の念はなかなかぬぐえないでしょうね。

    真面目な人だ。

    だから信頼も得られるのでしょうね。
    しかし、まだ事件は皆目解りません…。
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