「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第三部 殺戮の春
紅蓮の街 第三部 4-1
4
ヴェルク三世は上機嫌だった。この飢饉だというのに、いまだ酒をたしなんでいるらしい。
家令のバルは、そんなどこか酩酊したようなしゃべりかたをする主人を思い、心が暗澹としてくるのを感じた。
「バルテノーズ家のやつらも、そろそろ音を上げるころではないのかな? そうだろう、バル?」
「……御意」
バルは答えた。
トイスが死に、ツァイも死んだというのに、この妙な自信と、どこか誇大妄想じみた言葉はなんだ。
この冬のおかげで、ヴェルク三世はすでにどこか精神の平衡を失ってしまっているのではないだろうか。
そう思えてくるバルだった。
だからといって生活が楽になるわけではまったくない。
むしろ気苦労は増大する一方だった。
ひとことでも対応を間違えれば……。
バルはトイスの、その他いく人もの家臣たちの運命を思った。
この危険な綱渡りで、『御意』以外の言葉を答えるのは、あまりにも自殺行為でありすぎた。
バルはただひたすら頭を下げ続けた。
「……それにしても」
ヴェルク三世は含み笑いをした。
「あの娘もかわいそうといえばかわいそうであるな。女として生まれながら、子を孕むことすら許されんのだから」
「御意」
「バル!」
ヴェルク三世は急に叫んだ。
バルの心臓は縮み上がった。
「は、はっ! な、なんでございますか!」
思わず顔を上げたバルに、ヴェルク三世はどこかどんよりとした笑顔を向けた。
「ジェスを呼べ。また、誰か小者に蜜酒の代わりを持って来させろ」
「……御意」
バルは再び頭を床に擦り付けると、立ち上がって外に控えた小者に、蜜酒の樽と、ジェスを連れてくるよう命じた。なぜなら、すでに主人が、盃に一杯の蜜酒では、満足しなくなっていることを勘で悟っていたからだ。ここまで気が回る男でないと、貴族の家令などやっていられない。
用件を短く伝え、再びバルは主人の前に這いつくばった。
ジェスか。耳ざとい男だ。街で流れている噂を聞きつけてくる点では、天下一品の男だ。だが、その軽佻浮薄ぶりが、バルは嫌いだった。同じような態度や言葉遣いでも、まだ、トイスのほうが遥かにまともで信頼できる男であるように思えるのだ。

ヴェルク三世は上機嫌だった。この飢饉だというのに、いまだ酒をたしなんでいるらしい。
家令のバルは、そんなどこか酩酊したようなしゃべりかたをする主人を思い、心が暗澹としてくるのを感じた。
「バルテノーズ家のやつらも、そろそろ音を上げるころではないのかな? そうだろう、バル?」
「……御意」
バルは答えた。
トイスが死に、ツァイも死んだというのに、この妙な自信と、どこか誇大妄想じみた言葉はなんだ。
この冬のおかげで、ヴェルク三世はすでにどこか精神の平衡を失ってしまっているのではないだろうか。
そう思えてくるバルだった。
だからといって生活が楽になるわけではまったくない。
むしろ気苦労は増大する一方だった。
ひとことでも対応を間違えれば……。
バルはトイスの、その他いく人もの家臣たちの運命を思った。
この危険な綱渡りで、『御意』以外の言葉を答えるのは、あまりにも自殺行為でありすぎた。
バルはただひたすら頭を下げ続けた。
「……それにしても」
ヴェルク三世は含み笑いをした。
「あの娘もかわいそうといえばかわいそうであるな。女として生まれながら、子を孕むことすら許されんのだから」
「御意」
「バル!」
ヴェルク三世は急に叫んだ。
バルの心臓は縮み上がった。
「は、はっ! な、なんでございますか!」
思わず顔を上げたバルに、ヴェルク三世はどこかどんよりとした笑顔を向けた。
「ジェスを呼べ。また、誰か小者に蜜酒の代わりを持って来させろ」
「……御意」
バルは再び頭を床に擦り付けると、立ち上がって外に控えた小者に、蜜酒の樽と、ジェスを連れてくるよう命じた。なぜなら、すでに主人が、盃に一杯の蜜酒では、満足しなくなっていることを勘で悟っていたからだ。ここまで気が回る男でないと、貴族の家令などやっていられない。
用件を短く伝え、再びバルは主人の前に這いつくばった。
ジェスか。耳ざとい男だ。街で流れている噂を聞きつけてくる点では、天下一品の男だ。だが、その軽佻浮薄ぶりが、バルは嫌いだった。同じような態度や言葉遣いでも、まだ、トイスのほうが遥かにまともで信頼できる男であるように思えるのだ。
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