「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第三部 殺戮の春
紅蓮の街 第三部 4-2
しばらくして、小者ふたりが、えっちらおっちらと蜜酒の重そうな樽を運んできた。台の上に据え付け、栓を抜いて中身を盃に注ぐと、ひざまずいて盃をヴェルク三世に手渡した。
ヴェルク三世は、蜜酒をひと口含んだ。
「うまい」
小者は、頭を下げた。バルはひやひやしていた。酒がまずいなどという理由だけで、殺された小者は数知れなかった。それでいながら反抗するものがいないのは、殺された者たちの死体が、めぐりめぐって自分たちの食卓に乗る、ということを知っているからだった。ガレーリョス家に仕えれば、とにかく腹は満たされるのだ。人間としての倫理や道徳などというものは、しばらくは飢えの前に席を譲ってしかるべきだ、というのが家士たちの空気だった。
地獄だ、とバルは思った。そして、同時に、自分がその地獄に首まで浸かって一生這い出ることができない、ということもよく知っていた。
「お呼びですか、伯爵閣下」
のんびりとした声で、男が入ってきた。
バルにはその姿が目に見えるようだった。悪趣味な服を着て、悪趣味な装飾をつけ、悪趣味な歩き方をする、自称やさ男。
トイスが生きていたら、この寵臣気取りの男を、簡潔かつ明晰な言葉で、木っ端微塵にしていたに違いない。
しかし、今のヴェルク三世は。
「おお、待ちかねたぞ、ジェス。お前の耳に入ったことをわたしに伝えよ。あのバルテノーズ家に動きはないか」
「はっ」
ジェスは短く答えた後、吟遊詩人か何かのようにしゃべり出した。そこがまた、バルの嫌うところだった。
「バルテノーズ家は、どうしようもないところまで追い詰められた、という噂が流れています。なんでも彼らは、来るはずもない船と、どうせわれらが手に落ちる芋の収穫を待って、食糧を切り詰めて死ぬのを一日伸ばしにしよう、などと考えておるとか」
ヴェルク三世は、それを聞いて呵呵大笑した。
「はは。……はは……はは。それはいい。やつらはその手持ちのわずかな食料で、十年でも二十年でも生きる気でいるのではあるまいな。ほかに、わたしをもっと楽しませるようなことはないか?」
「ございます」
ジェスもくすりと笑った。
「アクバが、しきりにわれわれと連絡を取りたがっているようです」
「あのバルテノーズの家令がか。どうせ、われらと和議を結ぼうとかいう魂胆だろう? しばらく焦らせておけ。ほかには?」
ジェスは口ごもった。
「市中に、妙な噂が流れております」

ヴェルク三世は、蜜酒をひと口含んだ。
「うまい」
小者は、頭を下げた。バルはひやひやしていた。酒がまずいなどという理由だけで、殺された小者は数知れなかった。それでいながら反抗するものがいないのは、殺された者たちの死体が、めぐりめぐって自分たちの食卓に乗る、ということを知っているからだった。ガレーリョス家に仕えれば、とにかく腹は満たされるのだ。人間としての倫理や道徳などというものは、しばらくは飢えの前に席を譲ってしかるべきだ、というのが家士たちの空気だった。
地獄だ、とバルは思った。そして、同時に、自分がその地獄に首まで浸かって一生這い出ることができない、ということもよく知っていた。
「お呼びですか、伯爵閣下」
のんびりとした声で、男が入ってきた。
バルにはその姿が目に見えるようだった。悪趣味な服を着て、悪趣味な装飾をつけ、悪趣味な歩き方をする、自称やさ男。
トイスが生きていたら、この寵臣気取りの男を、簡潔かつ明晰な言葉で、木っ端微塵にしていたに違いない。
しかし、今のヴェルク三世は。
「おお、待ちかねたぞ、ジェス。お前の耳に入ったことをわたしに伝えよ。あのバルテノーズ家に動きはないか」
「はっ」
ジェスは短く答えた後、吟遊詩人か何かのようにしゃべり出した。そこがまた、バルの嫌うところだった。
「バルテノーズ家は、どうしようもないところまで追い詰められた、という噂が流れています。なんでも彼らは、来るはずもない船と、どうせわれらが手に落ちる芋の収穫を待って、食糧を切り詰めて死ぬのを一日伸ばしにしよう、などと考えておるとか」
ヴェルク三世は、それを聞いて呵呵大笑した。
「はは。……はは……はは。それはいい。やつらはその手持ちのわずかな食料で、十年でも二十年でも生きる気でいるのではあるまいな。ほかに、わたしをもっと楽しませるようなことはないか?」
「ございます」
ジェスもくすりと笑った。
「アクバが、しきりにわれわれと連絡を取りたがっているようです」
「あのバルテノーズの家令がか。どうせ、われらと和議を結ぼうとかいう魂胆だろう? しばらく焦らせておけ。ほかには?」
ジェスは口ごもった。
「市中に、妙な噂が流れております」
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