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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    1 ナイトメア・ハンターの掟(完結)

    ナイトメア・ハンターの掟 6-5

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    第六章 燃えろ……(承前)

     速水鈴音は首に手をかけると、ペンダントをはずした。
    「それが?」
    「念を込める道具になります」
    「写真は?」
    「いりません。あたしも、夢の中であの男を見ました。雰囲気は今でも心の中に焼きついています。写真は、かえってあの男のイメージをぼやけさせます」
     テーブルの上に汚れないよう気を配って地図を広げていた是蔵忠道が注意をうながすようにいった。
    「しばらく、鈴音さんには声をかけないようにしてください。集中が途切れます」
     わたしは息を潜めて、速水鈴音がペンダントを、振り子のように地図の上にぶら下げるのを見た。よく見ると、ペンダントの飾りの下には、針のように細い突起が突き出ていた。これで地図を指し示すのだろう。
     速水鈴音が目をつぶった。
     その瞬間だった。
     世界が、二重写しになったように、ずれた。
     そのように思えたのは一瞬きりだったが、驚いて目をしばたたかせたわたしに、是蔵忠道は無言でうなずいた。
     これが「ディゾルブ」か!
     異様な感動がわたしをとらえていた。夢が現実と触れあい、重なる瞬間をこの目で見たのだ。これが……これが!
     隣の坂元開次をちらりと見た。やつが顔色を変えた様子はなかった。
     速水鈴音がいっていたことは確かだった。夢の力を持たない人間が、力が発動する瞬間を知覚することはできない。
     だが、その現在進行形の状態ならば。
     地図上で精神を集中してなにごとかをやっている速水鈴音のまわりには、犯しがたい聖域のような気配が漂っていた。速水鈴音はその中央で祈祷する巫女だ。巫女の手から垂れた振り子は、ゆっくりと、ゆっくりと、振動を刻みながら、地図上をぐるぐると、円を描くようにさまよっていく。
     だんだんとその円と振幅が小さく、小さくなっていき、そして、振り子の動きは、とある一点で、ぴたり、と止まった。
     わたしたちは身を乗り出すようにして地図を見た。
     坂元開次がすっとんきょうな声を出した。
    「なんだ、こりゃあ……!」
     その声に、集中が途切れたのか、速水鈴音は、糸の切れた操り人形のようにテーブルに倒れ伏した。
    「おい、坂元!」
    「いや、だって、見ただろ、お前も。彼女が指し示したのは……ここだぜ!」
     返す言葉もなかった。
     速水鈴音が示したのは、港区の会社ではなく、確かに、そこから遠く外れた、郊外の住宅地にあるファミリーレストラン……この、「せらえの」そのものだったのだ!
    「とにかく、速水さんを」
     是蔵忠道は速水鈴音を車椅子にもたせかけた。坂元開次を疑わしそうに見る。
    「坂本さん、もしかしてあなたが……」
    「是蔵さん。それは考えすぎです。わたしはかつてこいつの夢の中に入っています」
    「でも、ここにいるのは、二十年来なじみの店員をのぞけばわたしたちだけ……じゃない!」
     終わりのほうは悲鳴のようになっていた。
     部屋の隅の席でパフェに専念していたはずの、太った外国人ビジネスマンがぬっと立ち上がった。
     顔に手を当ててなにごとかをやっていたかと思うと、男はこちらを向いた。
     髪の色も肉付きも違うが、その皮肉をたたえた目つきと、嫌みったらしいファッションセンス、そしてなによりも、その片眼鏡は、見間違えようがなかった。
     男は口を開いた。流暢な日本語がこぼれる。
    「グラス貿易の日本支社長をしております、カッツ・グラスです。人はクリスと呼んでおります。皆様、どうぞよろしく」
     速水鈴音を除いたわたしたち三人は、思わず立ち上がっていた。
     クリスはにやにやと笑いながら制するように手を前に突き出した。
    「おっとっと。皆さん、そのまま、そのまま。こちらに近づかないでくださいよ。一歩でも近づくと」
     世界が急に、止まった。さっき、速水鈴音がダウジングの力を使ったときと同じ感覚。
     クリスの手から、稲妻のようなものが走ったように見えた。
     一瞬の後、再び世界は正常に戻った……が、坂元開次がうめいて、よろよろっと後ずさりし、うずくまった。
    「どうした!」
    「わからねえ。身体が、ビリッときて……スタンガンを喰らった感じだ」
    「『エレクトリック・プロフェット』……!」
     是蔵忠道が呆然としてつぶやいた。
    「そういうことですよ。皆さん、こちらには飛び道具があります。わかりますね? そちらの大きいかたには、ちょっとお休みいただくことにして、次に戦力になりそうなのはそちらのかたですかな」
     クリスの言葉に、是蔵忠道はファイティング・ポーズを取った。
    「やってみるか」
    「ドクター・コレクラ。なにも、あなたに電撃を見舞おうとは思っておりません。なにしろ、あなたにはウィークポイントがある。一歩でも動いたら、そこのお嬢さんが感電することになりますよ。車椅子は電気をよく通しますからな」
     是蔵忠道は唇を強く結ぶと、ファイティング・ポーズを解いた。
    「そうそう、それでいい」
    「夢の中の姿とずいぶんと違うんだな」
     わたしは絞り出すような声でいった。自分の松葉杖が憎かった。
    「ドクターならおわかりでしょう? 食べることがなにより好きな人間が、自由気ままな食生活を送っていたらどうなるかを。とと、ドクター・コレクラもドクターでしたな。これは失敬」
    「なんで貴様がクリスなんだ」
    「ハイスクールのころ、友人に、人の名前で『クリスタル・カッツ・グラス』などと、くだらないダジャレをいうやつがいましてね。それ以来、裏での通り名にしております」
    「ニコラス・チャーチは」
    「わたしの部下、というか、囮、ですな。たいていの人は向こうに食いついてくれるもので。あなたがたがいきなり、わたしの所在地を突きとめにに来たのには驚きましたよ。もうちょっと時間をかけるつもりでおりましたからな」
    「時間をかける? なににだ」
    「ドクター・キリノと、そこのお嬢さんに、わたしどもの同志になっていただくことに決まっているではないですか」
    「わたしたちが?」
    「『ユニオン』の手にかかるよりは遥かにマシだと思うのですが」
     クリスはにやにや笑いながら、それでもすまなそうな口ぶりで続けた。
    「それとも、ここでわたしに?」
     ハッタリだ。とは思ったが、動くことはできなかった。やつなら本当にやるかもしれない、その疑いが、わたしに一歩を踏み出させることをためらわせていた。
     もっとも、この身体ではなにもできないのだが。
     是蔵忠道が、そっと目配せをした。
     降伏しろというのか? いや、あの目つきは違う。ではなにを?
     一瞬考えて、理解した。
     待て! それを、わたしに求めるというのか? 無理だ。できるわけがない。
     だが、是蔵忠道の目は、やれ、と、いっていた。
     大博打を通り越して、ただ無謀なだけだが……いいだろう。やってやろうじゃないか。
     わたしはクリスに対し、抵抗をあきらめたふりをして目をつぶった。
     脳裏に、正六角形を思い浮かべる。
     わたしは、色の変化はそのままで、正六角形を、逆に回転させてみた……。
     是蔵忠道の目配せの意味ははっきりしていた。
     事態を混乱させるために、わたしが「ディゾルブ」し、あるかないかもわからない超能力を発現させろ、というのである。
     無茶もいいところだ。これならばまだ、裸で真冬の南氷洋の海に飛び込み、素手でシャチと戦えといわれたほうが目がありそうな気がする。
     もし万が一「ディゾルブ」に成功したとしても、わたしが持っている超能力が(持っていたとして)、速水鈴音と同様、ダウジングだったりしたらどうするつもりなのだ。
     反対する理由は山とあったが、クリスのいうことが嫌ならば、のるしかないギャンブルであることもまた確かだった。
     正六角形を逆回転させることにこれといって根拠があったわけではない。夢に入るのに右回転させるのだったら、夢を現世に出現させるのには左回転ではないか、という思いつきにすぎない。
     要は、精神を集中する、いつもと違う焦点さえ得られればいい……。
     炎が見えた。
     なんだ?
     これまで忘れていたなにか……。
     わたしは六角形を回転させ続けた。速度はぐんぐんと上がり、そして。
     見えた!
     わたしははっきりした意識のもとでクリスを、夢と現実が二重に映った中に見ていた。
     時間が止まった世界。「ディゾルブ」だ。
     クリスの顔が驚愕に歪んだ。
     そこから先は、まるでコマ送りにされたビデオ映像のように思えた。
     わたしの身体のなかで、なにかがはじけようとする感覚があった。身体が熱い。どうしようもなく熱い。なにかが渦を巻いて荒れ狂っている。左回りに……。
     それに先がけて、クリスが、なにかをしようとした。
     わたしは、できるかぎり早く、これまで押さえつけてきたものを解放したいという、自分の内なる欲求にすべてを任せた。
     一瞬にも満たない時間の間に、どちらが先になにかをやるか、という激しい意志のぶつかりあいがあり、そして。
     わたしは、勝った。
     深奥から、「熱さ」があふれ出してきた。それは、わたしの身体を包み込み、ひとつの炎の奔流となって……。
     クリスめがけてほとばしった!
     がくん、とでも音を立てたかのように、時間が動き出した。
     最初に聞こえたのは、絶叫だった。
     わたしは自分が見ているものが信じられなかった。
     クリスの立っている場所を中心として、燃え盛る炎が、火柱を吹き上げていた。まさにそれは灼熱地獄の現出だった。
     クリスだった肉体が、火焔のど真ん中で、咆えながらのた打ち回っていた。
     わたしは、魅入られたようにその姿から目をそむけることができなかった。どこかで、見たことがある。どこかで……!
     誰の声ともわからない叫びがこだまする中、執拗にわたしに呼びかける声があった。
    「……げろ、桐野さん!」
     なんだ?
     是蔵忠道の声だとわかるまでに一瞬の間があった。
    「逃げろ、桐野さん! 逃げるんだ! 店が、店が焼けてしまう!」
     はっと我に返った。
     店は危険な状態になっていた。炎がなめるように家具を、床を、天井を飲み込んで燃え広がり、スプリンクラーはほとんど役に立っていなかった。
     わたしは慌ててくびすを返そうとした。だが、松葉杖の悲しさ、うまく歩けない。
     だが、もっと動けない人間もいた。坂元開次と速水鈴音だ。
     速水鈴音は、勇敢なウェイトレスが車椅子を押して、出口へと向かっていた。
     わたしは叫んだ。
    「是蔵さん! 坂元を頼みます!」
     是蔵忠道は坂元開次を抱えるようにしてわたしの前を進んでいった。
     わたしは松葉杖をつきながら、慌てて急いでその後を追った。
     入り口から、なにか黒い影が飛び込んできた。影はましらのように走ると、わたしの肩をふわり、とかつぎ、引きずるようにして、外へと走り出した。
     わたしと影とがもつれ合いながら店の戸口をくぐって、外のありがたいアスファルトに倒れこんだとき、ついに炎が行くところまで行ってしまった。
     大爆発が起こった。
     わたしは、とっさに飛び込んできてわたしを救ってくれた影、森村探偵事務所の高居と顔を見合わせながら、炎が燃え盛るのをただ呆然と見守っていた。
    「いらない……」
     自分のものとは思えないほど疲れきった声が、口から漏れた。その場にいたみんなが、こちらを向いた。
    「こんなもの、いるもんか!」
     わたしは地面を叩き、叫んでいた。涙が、駐車場のアスファルトを濡らしているのに、しばらく経つまで気がつかなかった。

     気がつかないうちに負ったやけどの治療で再び包帯だらけになったわたしは、翌朝、アパートで新聞を読んでいた。
     社会面には、昨日の大火災が大きく取り上げられていた。
     「せらえの」をはじめ、二軒の家が全焼し、五軒の家が半焼していた。消防隊の到着は速やかだったが、炎があまりにも大きかったのだ。援軍が到着するまでに、折からの強風に煽られて、周囲に燃え広がったのも一因である。
     火災の原因は、港区在住のイギリス人貿易商、カッツ・グラス容疑者が、不法に多量の可燃物を持ち込み、それがなんらかの原因で引火した、という線で警察は調べているようだった。ウェイトレスをはじめ、わたしたち全員が、なんの前ぶれもなしに、クリスが燃え上がるところを目撃していたのがきいていた。
     この火事で、クリスの他に、寝たきりの老人が一人と、五歳と三歳の幼い兄弟二人が死亡していた。
     その夜、わたしは自分に眠ることを許さなかった。
     酒だけが唯一の心の支えだった。

    第六章 了
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