「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
第三部 殺戮の春
紅蓮の街 第三部 6-1
6
「……ガス様、ガス様、起きていらっしゃいますか。お食事をお持ちしました」
ガスは夢中で読みふけっていた本から顔を上げた。
「読みにくいと思ったらもう夕刻か……」
そのとおりだった。空は夕暮れを示す鮮やかな橙色に染まっていた。
「今、鍵をお開けしますので少々お待ちください」
「メアか」
ガスはようやく、相手に気づいたとでもいうかのように、目を宙に泳がせた。
「公爵閣下とアクバ様のおいいつけで、パンと、香りをつけたお水をお持ちしました」
メアはかんぬきに悪戦苦闘していた。物資の不足はまだ改善されたとはいえず、蝋燭もランプも使えないため、手元が暗い中で鍵を開けねばならなかったのだ。
「アクバ……」
ガスは一瞬間をおき、叫んだ。
「すぐにあのアクバの野郎を呼んでくれ!」
メアは混乱していた。
ようやく、かんぬきをがたがたいわせながら引き抜くと、扉を開け、しつらえられた小さな机にパンの皿と水の器を置いた。
「ガス様、その前にお食事を……」
「食事なんて後だ!」
「いいえ」
混乱から立ち直りつつあったメアは、厳しい声でガスにいった。
「アクバ様は、すぐに呼んでまいります。しかし、その前に、ガス様、お食事をお取りください。公爵閣下からも、そのことについてはきつく言い渡されております」
「別に断食なんかするつもりはない。飯は食う。その前にアクバを!」
「いいえ」
メアは本格的に腹を立てつつあった。
「自責の念などにかられて、お食事を取られないことを公爵閣下は特に心配しておられました。パンを食べて水を飲むには、わずかな時間しかかからぬはず。それを待てぬガス様ではないと、わたしは思っていたのですが」
メアの、怒りと心配とが入り混じった瞳の色を見て、ガスは観念した。
「わかったよ。食うよ。食えばいいんだろ」
ガスは皿を見た。
「なんだよ、これ。数が違うぞ。おれは今、力仕事をしていないから、配給は一日パン三切れ、だから一食につきひと切れだろう。この皿にはふた切れも載ってやがるぜ」
メアはガスに対し、悪童を叱りつけるような声でいった。
「それはアクバ様とわたしからの志です。今日の夕食のぶんの配給の半分を出したのです。水に落とした葡萄酒は公爵閣下からです」
「あのアクバの野郎ときみと姫様が? 泣けてくるね。塩味がきいてそうだ」

「……ガス様、ガス様、起きていらっしゃいますか。お食事をお持ちしました」
ガスは夢中で読みふけっていた本から顔を上げた。
「読みにくいと思ったらもう夕刻か……」
そのとおりだった。空は夕暮れを示す鮮やかな橙色に染まっていた。
「今、鍵をお開けしますので少々お待ちください」
「メアか」
ガスはようやく、相手に気づいたとでもいうかのように、目を宙に泳がせた。
「公爵閣下とアクバ様のおいいつけで、パンと、香りをつけたお水をお持ちしました」
メアはかんぬきに悪戦苦闘していた。物資の不足はまだ改善されたとはいえず、蝋燭もランプも使えないため、手元が暗い中で鍵を開けねばならなかったのだ。
「アクバ……」
ガスは一瞬間をおき、叫んだ。
「すぐにあのアクバの野郎を呼んでくれ!」
メアは混乱していた。
ようやく、かんぬきをがたがたいわせながら引き抜くと、扉を開け、しつらえられた小さな机にパンの皿と水の器を置いた。
「ガス様、その前にお食事を……」
「食事なんて後だ!」
「いいえ」
混乱から立ち直りつつあったメアは、厳しい声でガスにいった。
「アクバ様は、すぐに呼んでまいります。しかし、その前に、ガス様、お食事をお取りください。公爵閣下からも、そのことについてはきつく言い渡されております」
「別に断食なんかするつもりはない。飯は食う。その前にアクバを!」
「いいえ」
メアは本格的に腹を立てつつあった。
「自責の念などにかられて、お食事を取られないことを公爵閣下は特に心配しておられました。パンを食べて水を飲むには、わずかな時間しかかからぬはず。それを待てぬガス様ではないと、わたしは思っていたのですが」
メアの、怒りと心配とが入り混じった瞳の色を見て、ガスは観念した。
「わかったよ。食うよ。食えばいいんだろ」
ガスは皿を見た。
「なんだよ、これ。数が違うぞ。おれは今、力仕事をしていないから、配給は一日パン三切れ、だから一食につきひと切れだろう。この皿にはふた切れも載ってやがるぜ」
メアはガスに対し、悪童を叱りつけるような声でいった。
「それはアクバ様とわたしからの志です。今日の夕食のぶんの配給の半分を出したのです。水に落とした葡萄酒は公爵閣下からです」
「あのアクバの野郎ときみと姫様が? 泣けてくるね。塩味がきいてそうだ」
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