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    「ショートショート」
    ミステリ

    悪魔の条件

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    「中尉殿! 中尉殿ではありませんか!」
     平和な日本の平和な飲み屋街で、天木は前を行く恰幅のいい男に声をかけた。
    「天木二等兵! 生きていたか! こいつはたまげた! 飲むか?」
     確かに、園田中尉殿だ。天木は懐かしさに涙した。太平洋戦争末期、南方の小島で、アメリカ軍の上陸作戦があったときに行方不明になった、もと上官だ。天木は命からがら、撤退する海軍の艦船で日本に逃れることができたのだが。
    「中尉殿は、あの後……?」
    「俺はアメリカさんの捕虜になっちまってな。『生きて虜囚の辱めを受け』てきたわけさ」
    「でも、ご無事でなによりでした」
    「それは天木、お前もだ。……この店でいいんじゃないのか? 入るぞ。おやじ! 二人、空いてるかい?」
    「空いているようですよ、中尉殿。座ってください」
     焼き鳥と日本酒を注文した二人は、しばらく戦争時の思い出話をした。
    「中尉殿。カガクシャは覚えてますか?」
    「あいつか。神経質なやつだったな。え……いや、なんでもない」
     園田中尉のその言葉を聞いて、天木の表情が、ふと険しくなった。
    「中尉殿。覚えておられますか? あの、七月のことを」
     

    × × × ×

     陰気な男だった。福井という名のその男に心を開く兵隊は、誰もいなかった。
     来た時から、この男はなんとなく行動が怪しかった。妙にこそこそ動き回るかと思えば、楽な任務ばかりあてがわれている。天木は、福井を見るたびに腹が立ってしかたがなかった。
     虫が好かないにもほどがある。だが、人格者で鳴る中隊長の園田中尉は、福井二等兵を兵隊たちの輪に溶け込ませようと努力していた。
     だが、その思いも無駄になることになった。
     アメリカ軍の艦砲射撃の弾片が、塹壕の中に飛び込んできたのだ。
    「貴様ら無事かッ!」
     園田の大声が響く。
    「中尉殿! 福井がやられました! 上腕部をやられて、出血がひどいです!」
     戦友の大野二等兵の声に、天木はかぶりをふった。おしまいだ。輸血をしたところで、この雑菌だらけの塹壕内では、敗血症で死ぬのがオチだろう。
     しかし、園田中尉は、そうは考えなかったようだった。
    「衛生兵! 福井二等兵を、どこかへ連れて行け。そして、輸血だ! 福井の血液型は?」
     兵隊たちは顔を見合わせた。
    「……わかりません!」
    「福井に聞いてみろ!」
    「ダメです! 答えられる状況じゃありません!」
     園田中尉は額に青筋を立てた。
    「くそ、なんてことだ。……そうだ、カガクシャ、お前、頭がいいからなにか考えはないか」
     カガクシャと呼ばれていたのは、加藤木というやせこけた男だった。
    「はっ、中尉殿。中尉殿は、血液型別性格診断というものをご存知でありますか?」
     少なくとも、天木は聞いたことがなかった。
    「時間がない。早急に説明しろ」
    「はっ。血液型別性格診断とは、わが軍も採用を考えていた、血液型で人間の性格を分類するという理論であります。それによれば、神経質なのはA型、豪放磊落なのはB型、というように、人間は血液型で性格も分類できるのであります。福井は神経質であります。A型であることにかけて、間違いありません!」
     園田中尉の決断は早かった。
    「よし! A型のものはいないか!」
     天木は手を上げた。
    「自分がA型であります」
     すぐに衛生兵が、天木の腕と福井の身体をチューブでつないだ……。

    「……結局、福井は死んでしまいました。やつはB型だったのです」
     園田中尉は黙っていた。
    「今まで、これは戦争にはつきもののただの不幸な事件だと思っていました。しかし、今、中尉殿はおっしゃろうとした。カガクシャは『え……』と。これは、カガクシャはA型だ、とおっしゃろうとしたのではないでしょうか?」
    「考えすぎだ、天木」
     天木は、憑かれたようにしゃべり続けた。
    「もしも、戦後数十年を経た今でも、部隊にいたなんでもない二等兵の血液型を覚えておられるとしたら、実は、中尉殿は福井の血液型も頭に入れていたのではないか。それを知っていたうえで、わざとカガクシャの怪しげな血液型性格診断などというものに誘導したのではないか……。カガクシャは神経質ですが、口が軽い奴です。あいつから、血液型診断では誰がどうなるか、などというものを聞いていたとしたら……」
    「天木二等兵。もしそうだとしたら、おれがなぜ福井を殺さねばならん」
    「福井は、中尉殿の弱みを握っていたのでは? だから中尉殿は、やつに楽な任務をあてがって機嫌を取ったのでは。そう考えると、自分たち兵隊の輪に溶け込ませようとしたのも、どこまで弱みを握られているかを調べるためだったのではないかと……」
    「弱みとは」
     天木は頭をふった。
    「自分にはわかりません。しかし、機を見るに敏だった中尉殿のことです。アメリカ軍の捕虜になったのも、その弱みが明るみに出てもなんの影響もなくなるまで、つまり戦争が終わるまで、アメリカ軍に保護されるためだったのでは……?」
    「天木二等兵」
     園田中尉は重々しくいった。
    「戦場では、天使は悪魔となり、悪魔は天使となるんだ。そういうものなんだ……。この話は、もうよそうじゃないか。カガクシャはどうしてる?」
    「あいつは、日本へ帰る途中、駆逐艦の上で戦病死しました」
     そう答え、天木は、納得の行かないまま杯を干した。
     そのとき、またひとつのビジョンが頭に開けてきた。
     もしかしたら、園田中尉は、自分の罪を滅ぼし、隊の兵士全員を救うため、一番危険なポイントに飛び込んで捕虜になったのでは!
     天使が悪魔、悪魔が天使……。
     天木は底知れない思考の暗闇の中に飲み込まれていった。
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