FC2ブログ

    「ショートショート」
    SF

    七十七回死んだ男

     ←悪魔の条件 →幻想の球音
    「で、田倉? 悩みってなんだよ」
     私はできる限り軽い調子に聞こえるようにいった。そもそも、うちの大学の医学部に来るなどというのは、なにかのっぴきならない理由があるはずだ。わたしには、その理由がうすうすわかるからいやなのだった。
    「暴れたいんだ」
     田倉は暗い顔をしてつぶやいた。
    「この世の中のものを、全部ぶっ壊して暴れたい。もうなにもかも、いやけがさしたんだ、ちくしょう!」
     私は息をついた。
    「で、なにをしてほしいんだ?」
    「決まってるさ。ここは精神科だろ。精神安定剤のきついやつをわけてくれ。お前も准教授だったら、そのくらいできるだろ!」
     ほら来た。いくら私が精神科の准教授だからといって、そう手軽にほいほいと精神安定剤を分け与えられるようだったら、この世に薬事法は存在しない。
     だいいち、私の手許には、もっといいものがあるし。
    「田倉」
    「な、なんだよ」
    「今度の土日は空いているか? 空いているなら、お前を思い切り暴れさせてやるぜ。ゲップの出るほどな。印鑑を持って来い。いいものがあるんだ……」

     土曜日。田倉は印鑑を持ってやって来た。
    「なんだよ、いいものって」
    「これを見ろ」
     わたしは、実験室の重い扉をもったいぶって開いた。
     ばかでかい機械が姿を現す。
    「な、なんだよ、これ」
    「開発中の、バーチャル・リアリティ・マシンだ」

    「なんだよ、その前世紀にはやったSFに出てくるみたいな機械は」
    「その名のとおりだ。前世紀のSFに、現代科学がようやく追いついたんだ」
    「そうはいっても……」
    「まあ聞け。この機械の中では、現実とそっくりな仮想現実の世界が楽しめる。仮想現実の中でこの機械から出れば、そこでなにをやろうと、お前の自由だ。人を殺そうが、女を犯そうが」
    「ははあ……」
     田倉は狐につままれたような顔をしていたが、
    「ちょっと待て。おれが見た映画では、こんな機械を使った主人公は、現実と仮想現実のただなかに放り込まれて悲惨な最期を遂げてたぞ」
    「それは安心しろ。この機械が見せられる仮想現実は、今日の一日、今が十時だから、昼から始めるとして十二時間だから、夜の十二時までしか持たん」
    「じゃあ、なにをするにしてもそれほど時間がないじゃないか」
    「十二時までだが、それが七十七回繰り返すんだよ。死んだり、眠ったりしたときには、気がつくとまた前日の昼の十二時という寸法さ」
    「七十七回! どういう計算なんだ、それ」
    「二十四時間でできる最高限度の数だ。つまりだ。機械から出てきたとき、ここのカレンダーが翌日になっていれば、お前は無事に現実世界に戻ってきたことがわかるというわけだ。わかるか?」
     田倉はうなずいた。
    「わかったよ。でも……、この印鑑は何に使うんだ?」
     私はにやりとした。
    「この機械は、まだ実験中でね。実験をする以上は、医者の診断書と、本人の誓約書が必要だろう?」

     簡単な診察の後、私は大急ぎで、しなければならないことをした。
     まず、実験室の時計と、大学の広場にある大きな時計を故障させる。それだけだった。
     田倉のイライラの原因が、彼の奥さんの不貞にあることは知っていた。なに、わたしがその浮気相手だったのだから当然だ。さらには、私は、本気で彼の奥さんを愛してしまっていたのだった。
     田倉と話をつける必要があったが、あにはからんや、彼をこの世から永遠に葬り去る絶好の機会が巡ってきたのである。
     おそらく、田倉は、仮想現実の世界で、やりたいことをやって過ごしてくるだろう。人を殺すのか、女を犯すのかは知らないが。仮想現実の世界では、なにをやろうと法には触れない。もし触れて、お巡りだとかヤクザだとかに殺されたとしても、すぐにもう一度別の人生をやり直すことができる。
     しかし、現実世界でそれをやったら、どうなるか? やつは罪に問われ、死刑は無理としても、社会的に抹殺されて奥さんとは離婚、ということになるであろう。
     だが、相手は自分が何回今日の一日を繰り返すのか知っているだろうって?
     いや、七十七回も繰り返すと、被験者は、自分が今一体何回目の世界にいるのか、自分でも判断できなくなってくるのだ。
     もう、わけがわからなくなっている中で、実験室のカレンダーで今日の日付が出ていると……やつは、自分が七十七回のうちのどれかの一日であろうと判断するに違いない。自分が七十八回目の現実世界にいるとは夢にも思わずに。
     私は、悲しい顔をして、人間のモラルの脆弱さと実験の難しさを語ることになるだろう。
     手が後ろに回る恐れはまったくない。教唆にもなんにもひっかからないのだ。
     完全犯罪だ!

     翌日の昼が来た。私は、何重にも戸締りをした研究室で、やつが暴れるのを今か今かと待っていた。戸締りをしたのは、やつが暴れるのに巻き込まれて、わたしまで殺される可能性があるからだった。警戒は厳重にするに越したことはない。
     だが、なかなか悲鳴は上がらなかった。
     もしかしたら、やつは仮想現実体験の末、本物の人格者になってしまったのでは? それもまた面白いことだが……。
     私の鼻に、焦げ臭いにおいが感じられた。
     ぱちぱちという音も聞こえて来る。
     おい!
     私は慌ててドアを開けようとした。だが、何重にも鍵をかけたドアはいっこうに開こうとしない。
     そうこうしているうちに、火災報知機が激しく鳴りはじめ、炎が壁を通して私の研究室へやってきた。
    壁に山積みされた資料に引火する。
     田倉のやつ、人殺しに飽き足らず、放火までしやがったのか!
     スプリンクラーが効果を発揮するには、炎の規模が大きすぎた。
     私は燃え盛る炎の中で呆然と立ち尽くしていた……。
    関連記事
    スポンサーサイト



     関連もくじ一覧 ▼ 
    総もくじ 3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ 3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ 3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ 3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 風渡涼一退魔行
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    もくじ  3kaku_s_L.png 焼肉屋ジョニィ
    【悪魔の条件】へ  【幻想の球音】へ

    ~ Comment ~

    Re: YUKAさん

    わたしだったら食道楽に走るな(^^)

    なにをどれだけ食っても太らないし、これまでお高くて敬遠していたものも食べられるし(^^)

    その後でビデオを見たり本を読んだり。

    休暇をすごすにはいいですね(^^)

    おはようございます^^

    わぁ!

    教唆に問われなくても、罪は返ってきますね。
    ブラックユーモアを感じる作品でした^^

    バーチャル・リアリティ・マシン――
    私だったら何をするだろうかと、ちらっと考えました。

    小説書いて出来上がったのに、また一から書くとなったら発狂するかも(笑)
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【悪魔の条件】へ
    • 【幻想の球音】へ