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    「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
    探偵エドさん(童話掌編シリーズ・完結)

    エドさん探偵物語:7 不可能を探せ

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    不可能を探せ



    「もうし。探偵さん、おられるかな?」

     おだやかな昼下がり。扉の外から聞こえて来た声に、探偵事務所の主であるエドさんは、読んでいた冒険小説を閉じました。

    「開いてますよ、どうぞ」

     扉の陰から顔を覗かせた姿を見て、エドさんの口が、ぽかんと開きました。なぜならそこにいたのは、表紙にナポレオンの肖像画が描かれた、一冊の辞書だったからです。おまけにその辞書ときたら、漫画のような手足まで生やしているではありませんか。

    「ここで、なんでも探してくれるという話を聞いたんじゃがのう……これ、どうした」

    「い、いえ。なにをお探しなんです?」

     相手の、有無をいわせぬ雰囲気に、エドさんは慌ててそう返事をしました。

     辞書は咳払いをしていいました。

    「不可能じゃ」

    「不可能?」

    「わしは、フランス皇帝、ナポレオン一世を記念して作られた辞書なんじゃが」

     ナポレオンが、「余の辞書に不可能の文字はない」という言葉を残したことをエドさんは思い出しました。この言葉は、たとえ困難なことでも、やりもせずにはじめから不可能だなんていっていないで、とにかくやってみろ、という意味です。

    「なるほど。それで、あなたには『不可能』の項目が抜けている、ということですね?」

    「そうじゃ。『不可能』の項目は、わしにはない。無論、皇帝陛下のおっしゃられた意味もわかる。いい言葉じゃ」

    「はあ」

    「だがのう。齢を重ねるにつれ、その、項目がひとつ抜けている、ということが、たまらなく虚しくなってきたのじゃよ。それで、欠けている『不可能』を補えれば、完全な辞書になれるのではと思ってな」

     エドさんは、ずきずきと痛んできた頭をさすりながらいいました。

    「それじゃあ、印刷屋に行って、ページを挿んでもらえばいいでしょう」

    「だめじゃ。わしの本文を見てもらえればわかるが、項目が詰まっていて、入れることができん。できたとしても、美しくない」

    「じゃ、どうしたいんです」

    「不可能、というもの自体を探し出し、それをこの目で」辞書は、表紙の肖像画に描かれた、二つの目を指差しました。「見たいんじゃ。そうすればわしも満足できる」

    「不可能なんて、そこらへんにごろごろしているでしょう? 例えば、人間が百メートルを七秒で走るとか」

    「そのうちできるかもしれん」

    「じゃあ、こういうのは? 『AはAでないことを証明する』のは不可能でしょう」

    「そもそも、そのAというのはなんじゃ」

    「りんごでも、犬でも猫でも、なんでも」

    「明確にせい。いいか、わしが見て自分のものにしたいのは不可能そのものであって、そういった、バラバラのものの集合体ではないのだぞ」

     エドさんの頭痛はひどくなる一方でした。どうしてこんな気持ちのいい日に、辞書と哲学問答をしていなければならないのでしょう。これなら、冒険小説を読んでいたほうがはるかにましです。

     ぶつぶつ文句をいい続ける辞書の前で、エドさんはまじめにまじめに考えました。

     そうだ!

    「お手上げです。降参ですよ」

     エドさんは、両手を上げていいました。

    「あんたでも無理じゃったか……」

     辞書は、力なくつぶやきました。

    「ええ。あなたが、『不可能』を求めるのは、不可能なんです」にこりと微笑み、続けました。「つまり、あなたは、わざわざ探さなくても、自分の中に『不可能』を持っているんです! いわばあなたの存在自体がひとつの『不可能』であり、それはあなたがあなたである間、ずっとそうであり続けるんです」

    「わしが『不可能』?」

    「そうです。あなたは、最初から満たされていたんですよ。それが、辞書編纂者の思いだったのかもしれませんね」

    「なるほどのう……」

     辞書は、感ずるものがあるかのように、深くうなずきました。

    「ありがとう、探偵さん。わしは妙な迷いをしていたようじゃ。このことは忘れませんぞ。では、失礼するでな」

     辞書は去って行きました。エドさんは、それを満足そうに見守っていましたが、やがてはっと気がつくと、「ちょ、ちょっと待って、お金、お金!」と叫びながら事務所の外へ駆け出しました。しかし、どこかへ消えてしまった辞書から報酬をもらうことは、もうすでに、『不可能』でした。

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    ~ Comment ~

    Re: 神田夏美さん

    これを書くときは二番目のオチのほうが先に浮かびました。そこから逆算して、「不可能」問答を考えるのは今にして思えば楽しかったなあ。けっこう苦労もしたけれど……(^^;)

    NoTitle

    ポール・ブリッツさんはいつもオチをつけるのがお上手で読むのが楽しいです^^
    「不可能を求めるのが不可能」という解答でオチるのかと思いきや、更に「報酬をもらうことが不可能」という結末まで用意されているとは(笑)
    二つの「不可能」を見せていただき、なんだかお得な気分でした(笑)

    Re: けいさん

    これを書いていたのはブログを作る前のことです。あれから五年も経つとけっこう感慨ありますね。

    今にしていうのもなんですが、この辞書さん、以外と重要キャラクターになってしまったみたいです。現在進行形で(笑)

    まずはこちらのエドさんに来ました。
    楽しいですね。そしてエドさんの軽快さが何だか嬉しいです。

    人に何かを問うときって、答えを持っていることが多々あるんですよね。分かっているのに聞いてしまう、それも有りかな。なんて思ったり・・・

    またエドさんに会いに来ます^^

    Re: ヒロハルさん

    そういうことを考えるのが無上の楽しみ、という人間も少なからずいます。

    哲学ファンのSFファンです。

    だって楽しいんだもん(^_^;)

    ウマイことまとめましたね。笑。

    こういうことを考えだすと、頭がこんがらがってきますね。

    Re: しのぶもじずりさん

    うちの大学の先生は、「この大学の授業では、「哲学書の読みかた」しか教えません」とリファレンスのときにきっぱりといいました。

    自分が本ひとつまともに読めない人間であることに否応なく気づかされたのはそれからすぐのことでありました。

    それだけでも大学には感謝しております。
    • #8132 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.05/25 16:07 
    •  ▲EntryTop 

    哲学科中退だったんですか

    私は 哲学の授業には 苦い思い出があります。

    「哲学とは、哲学することである」
    最初の授業でそう言ったんですよ。あの先生。
    それなのに、テストの時、用紙の裏を目いっぱい使って私の哲学を書いたら……落とされた。
    授業で習った事だけちまちまと書いたら、良い点が取れた。
    羊頭狗肉でしょ。

    それ以来、哲学の人には近づかないようにしてたのですが。

    Re: ダメ子さん

    まあ哲学的な話に行ってしまうと、これは、「問題の立て方」が誤っているわけです。すなわち言葉の使いかたが間違っているわけですから、解答がない。解答がなければ、エドさんがいくら考えてもわかるわけがありません。世の哲学的な問題のほとんどは、そうした偽問題である、と、熟考に熟考を重ねた末にそういう結論にたどりついてしまった(らしい)のが、20世紀を真の意味で代表する哲学者のウィトゲンシュタイン先生であります。そこから先を説明すると長くなるうえ、哲学科中退のわたしには理解不能な世界に突入するのでやめますが……。

    えっと…不可能を見つけるのは不可能で
    でも見つかったってことは不可能じゃなくて
    そうすると見つけたのは不可能じゃなくて…

    混乱してきました

    Re: fateさん

    エドさんは、シリーズを書いていったら意外と作者の想像を超えて有能になってしまった珍しい人です(^^)

    ほかの作品では想像を超えて頭が悪くなるタイプの人もいますけど。

    と、いうことで…

    どゆこと?(--;

    いや、長編ファンタジーが終了してしまったので、こちらに舞い戻ってきました。

    やはり、エドさんって頭良いですね~
    でも、頭良い人ってヌケてるんですね~

    あちらは外伝? があるそうですが、いや、余韻をまだ抱いてますんで、ほとぼりが覚めたら伺うかも知れませ~ん!

    Re: YUKAさん

    それにより、ここからさらにどんどん開き直って無国籍映画みたいに(^^)

    なんだ当初の予定で合ってたんじゃないか(^^)

    こんばんは♪

    いい落ちでした^^
    なるほど~~と思っちゃいましたから。

    そうですね~~
    地球だと、雪だるまや缶詰は相談に来ませんね^^

    Re: 有村司さん

    それについては残りの話数を使ってたっぷりと(^^)

    エドさんシリーズは、どこか「地球とは違うがよく似た異世界」を書くつもりでしたが、よく考えるとここで「ナポレオン一世」を出したことで、「地球」の話になってしまっていました。

    不覚であります。(^^;)

    いちいちコメントしてすみません。

    これも、膝をぽんっ!と打っちゃうオチでしたねー。

    ナポレオンの辞書…キャラが立ってました(笑)

    エドさん、探偵業をやめてもカウンセラーとかで食べて行けそうです。
    柔軟な思考と優しさをお持ちなので。

    Re: 鍵コメさん

    最初の10篇は、ハードボイルド風私立探偵小説のフォーマットを律儀に守りすぎたかもしれません。

    いろいろとこれ以降の作品では工夫を凝らしたつもりですが……。

    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    Re: ぴゆうさん

    これも頭をひねってうんうんいいながら書いた覚えがあります。

    哲学問答シーンをコンパクトにまとめるのが難しかったなあ。

    オチからすべてを組み立てたので冒頭がちょっと弱いかな、いま読み返してみると。

    NoTitle

    最後の落ちが決まっている。

    哲学問答はいやだなぁと思っていたけど、うんと頷くようなエドさんの解答。
    ナポレオンの辞書みたいに私もすっきりした。

    お代は払わないヨーーー

    おひさしぶりです……って、ええっ!

    なんと!
    ひどいやつがいるものですねえ。ぷんぷん。

    最近ブログを更新していないと思ったら、そんな事情があったのですか。
    ぷろとん先生は、ご病気やごたごたでBBSを閉じておられるし。

    こんなうちみたいなむさいブログでよろしければ、どうぞなんでもコメントしてください。人があまり来ない(笑)ので、逃げ込むためのアジトくらいにはなりますぜ。

    どうしようもなくなったら、まずは医者かカウンセラーに相談することですね。少なくとも彼らは話を聞くことのプロですし、冷静な第三者だからそれなりの助言をもらえるでしょう。医者に話すのは筋違いなようですが、追い詰められてノイローゼになっているといえば、むげには扱わないと思います。

    ろくな助言もできなくてすみません。

    No title

    きました!!
    お久しぶりです。
    なんか、最近わたし、いじめにあってて・・・。

    助けてください・・・。
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