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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/死が招く(その2)

     ←趣喜堂茶事奇譚/死が招く(その1) →小咄
    「いててて。そんなに引っ張るなよ」

    「お前のためを思ってやってるんだ。ちょっとはぼくの好意も受け取れ」

     ぼくは井森のやつを、駅前の本屋へ無理やり連行した。

    「こんなところでなにをしようっていうんだ。本なら、あの喫茶店に山ほどあったじゃないか」

    「いいから二階に上がるぞ」

     駅前の本屋は三階建てで、一階が雑誌やベストセラー、二階が文芸書や文庫本、三階が各種専門書になっている。

     ぼくは二階の文庫本売り場の、早川書房や創元推理文庫といった海外ミステリの文庫本が並んでいるスペースへ井森を連れて行った。

    「さあ見ろ。さあ見ろ。ここになんて書いてある?」

     ぼくはその一角を指で指し示した。

    「ディクスン・カー……おい、まさか、舞ちゃんが話していた『カー』ってこれのことか!」

     井森は目を白黒させた。

    「その通りだ。ジョン・ディクスン・カー先生。不可能犯罪ものを書かせたら、天下に並ぶものがないミステリ作家だ。そして、ポール・アルテは、こっちだ」

     ぼくは早川のポケミス、新書版のサイズでこれまた海外ミステリを精力的に紹介しているハヤカワ・ポケットミステリの棚に井森を連れて行き、その一冊を取った。

    「これはフランス人のポール・アルテという作家の書いた謎解きミステリだ。さっき舞ちゃんが話していた『死が招く』がこれだよ。ほら、ここを見ろ」

    「ツイスト博士……」

    「そう。ポール・アルテの小説によく登場する名探偵。それが、ツイスト博士だ。このポール・アルテという作家、ジョン・ディクスン・カーのファンが嵩じて、そういう謎解きミステリの傑作を次々と発表した人だ。『第四の扉』で日本のファンを狂喜乱舞させたけれど、ぼくは二作目の『死が招く』のほうがとっつきやすいと思っている。おそらくは、舞ちゃんもそう思ったんだろう」

    「聞いたことない作家ばかりだ……ポルシェの話なんか、しなければよかった。舞ちゃん、おれのことを軽蔑したろうな……」

    「舞ちゃんが軽蔑したかどうかは知らないが、あの人の話についていくとしたら、カーの一冊くらいは読んでおくべきだと思うね。とりあえず、この『死が招く』とカーの……なんにしようか。とりあえずこれかな。『カー短編全集1 不可能犯罪捜査課』を持ってレジへ行け。長編のほうが評価は高いんだが、いきなり長編を読んでミステリ嫌いになってもしかたないからな」

    「そういうもんか」

    「そういうもんだ。次にあの喫茶店に行くまでに予習しておけ」

     井森は首をひねりながら二冊の本を手にレジへと向かった。

     井森にはああいったが、純粋に『死が招く』は面白い。後は食べるのを待つだけの、湯気を立てているできたての料理が並んだ密室状態の書斎で起った殺人事件に、名探偵ツイスト博士が挑む。現在と過去の二重の密室殺人の謎に、謎の人影だの、窓に意味ありげにおかれていた水の入ったコップだのといった雰囲気を盛り上げる様々な小道具が華を添える。真相ももちろんよくできている。よく考えれば読者にも謎が解けるように書かれているのがまた心憎い。

     『不可能犯罪捜査課』は、不可能犯罪を専門に扱う、ロンドン警視庁D3課の課長マーチ大佐が次から次へと起こる難事件を名探偵として片端から解決していく、これまた面白い短編シリーズだ。ぼくは中学生のとき読んだが、あのときの興奮は忘れられない。

     これで読む本といったら漫画ばかりのあの井森にいい影響があったら万々歳なのだが……。

     まあ、目の前に舞ちゃんというニンジンがぶら下がっていたらあいつもちょっとはやるだろう。

     翌日、倫理学概論の講義が終わって、さて帰ってなにをするか、という気分になったとき、ぼくの携帯が鳴った。

     井森からだった。『趣喜堂』に行こうという。

     ぼくは『趣喜堂』の前で井森と会い、その充血した目を見て、なにがあったかを理解した。あいつ、一晩で二冊の本を読了したらしい。げに恐るべきは目の前のニンジン。

     ぼくたちはがらんがらんとドアの音を立てて中に入った。

     テーブルにつくと、舞ちゃんが心配そうに話しかけてきた。

    「昨日はどうなさったんですか? 急にお帰りになって……」

    「いや、なにね。ははは……」

    「そちらのお客さんに、読んでいただきたいマンガを用意しておきました」

    「マンガ?」

     いやな予感がした。

     舞ちゃんは、ビニールカバーがされた本を持ってきた。

    「『サーキットの狼』です」

     井森の目が輝いた。

    「噂には聞いたことがあったけど……!」

    「それはよかったです。全巻そろっていますよ。お飲み物はなににしましょう?」

    「なんでもいいです、なんでもいいです!」

     井森は取り憑かれたように頁をめくっていた。

     呆然としてその様子を見ることしかできなかったぼくに、捻原さんはミルを回しながらいった。

    「お客さん、ここはいちおう、漫画喫茶ですよ。それで、お客さんはなににしますか?」

     ぼくはテーブルで頭を抱えた。

    「昨日注文したのと同じでいいです。エアードの『そして死の鐘が鳴る』を読ませてください」

     ぼくがその日の帰り道、本屋での例の出費について井森からさんざん文句をいわれたことはいうまでもない。

    (この項終わり)
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    ~ Comment ~

    Re: しのぶもじずりさん

    ひえ~、あの読みにくさには定評のある創元のやつが中学校の学級文庫に。

    わたしがあれを楽しめるようになったのは高校生になってからですよ。

    小学四年生のときに角川の「刺青殺人事件」と「人形はなぜ殺される」を読んで、神津恭介ファンを気取っていたわたしなんかの及ぶところではございません。

    拝みますへへーへへーm(_ _)m
    • #8083 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.05/21 16:54 
    •  ▲EntryTop 

    伏して拝んでください

    創元文庫です。

    二番目に読んだのが、同じく創元文庫、クロフツの「樽」です。
    跪いてみますか?

    Re: しのぶもじずりさん

    もしかしてあかね書房の子供向けリライトですか? 挿し絵に劇画チックのイラストがあるやつ。

    いきなり創元や早川の大人向け文庫本だったら、伏して拝んでしまいますが。

    HMならユダの窓も好きです。
    • #8080 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.05/21 14:32 
    •  ▲EntryTop 

    あっ、思い出しました。

    私が初めて読んだ海外ミステリーは、カーの「盲目の理髪師」でした。

    中学の学級文庫にあったのでした。
    メリヴェル卿のドタバタミステリー。
    面白くて病みつきになったものです。
    その後 エラリー・クイーンに走りましたが。

    趣喜堂コメント返信

    >ぴゆうさん

    林不忘とは渋いところを……。

    「しぇいは丹下、名はしゃ膳!」

    「百萬両の壺」好きです。いつかネタにしようかな。

    >歌さん

    楽しいですよ脳内漫画喫茶を考えるのって。

    藤子A先生のお気持ちがよくわかるでありますな(^^)

    >ねみさん

    「惑星大戦争」はご覧になりましたか?(^^)

    ある意味「すごい」映画であります(笑)

    >llamaさん

    自分にとっての夢の空間なので、なにをチョイスするか考えるだけでも楽しいですよね。

    このシリーズ、ほかにもいろいろとやりたいことを考えています(^^)

    >スミレさん

    てっきりクリスティを読んでいるものかと思ってました(^^)

    カー先生はとにかくサービス精神が過剰なまでにある人ですから、読んでいて実に楽しいです(^^)

    短編(もはや中編ですが)の最高傑作は、「妖魔の森の家」でしょうなあ。ぜひとも2巻もお読みください。3巻の「パリから来た紳士」も、結末のショックはすごいものがありますがね。

    >limeさん

    井森くんは、これからもちょくちょく出てきます。

    妙なファンばかりの世界の中で、「普通の人」というのは大事にしないといかん(笑)。

    limeさんの本棚に、「画集」がないのがちと意外だったりして。(^^)

    NoTitle

    そうか、井森くんの役どころがわかってきました。
    こういうキャラは、必要ですよね^^
    メンバー入りです。

    私の本棚は。
    生物学、宇宙物理学、毒学、そしてミステリー。
    まあ、私の好きなミステリーには、偏りがありますがww

    NoTitle

    うわぁ!
    今ちょうど『カー短編全集1 不可能犯罪捜査課』を読んでる途中だったので、ビックリしました(☆w☆)
    面白いですよね。

    NoTitle

    このシリーズ、さすがです!
    とっても、面白いです!!

    私の本棚には・・・古典落語全集、星新一、馳星周、相田みつを。
    他にも引き出し一杯の船箪笥状態。
    後は、ベートーベン、バッハ、モーツァルト、リストなどの楽譜が、山の様に。

    あら・・・書籍から逸脱しちゃいましたわ。



    NoTitle

    俺の本棚・・・ですか。
    まずは戦艦大全からはじまって
    ドリルとか空母とか・・・。

    そんな感じでしょうかw

    NoTitle

    舞ちゃん恰好良いですねぇ(笑)!

    土曜にしてようやく、モノポリーディールから続けて読ませていただきました! すごい楽しいですww カー読みたいですねぇ。

    NoTitle

    わたしの脳内喫茶はどんな棚揃えになるかなぁ。
    先ずは猫国の棚はあるな。
    それから器や料理の棚。
    横溝正史や池波正太郎、古い処で牧逸馬なんてのもある。
    落語もいいな、それに絵もあるな。
    東山魁夷や鏑木清方とか。
    出すのはお茶だな。
    それにお湯。
    所により、温度によりお湯は最高の飲み物、甘露になるんだよねぇ。

    なんて想像してみた。
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